act.10 通解

 「……やるねぇ、少年!」

サトリの部屋――先の診療室とはまた別の――に入るや否や、サトリは後手で鍵を閉めつつ俺を茶化した。

「茶化さないでくれ。なんだかこそばゆいから」

「かっくよかったぞ~~~~」

 冷やかすサトリの案内に従って入った部屋は、診療室と同じような質素な造りをしていた。内開きの押戸を開けて入ったその空間は、どこか懐かしさを思わせる。

 壁二面に備え付けられた滑車付きのホワイトボード。押戸近くの一段高くなった床と、何らかの代表として話をする際や、幾人かの前で自らの企画を提示する際に使われる移動式の大型の机。天井には12セットの蛍光灯が抑え目に光を届け、蛍光灯と垂直に交わるようにして置かれた白い長机がその光を受けて淡く反射している。椅子は、長机1つに対して3つの割合で、簡素なものが15セットほど備え付けられている。

 「……講義室、なのか?」

懐かしさの原因を見つけて呟く。それをすかさずサトリが拾う。

「お、察しがいいね。現世うつよでは高校生やってたんじゃなかったっけ?」

「学園祭とかで行く事があったんだよ。それよりお前、なんで俺が高校生だったなんて知ってんだよ?」

 霊獄こっちに来てから、現世あっちでの俺の身の上話は一度もしていない。何故知っているのか。種はすぐに割れた。

「リンノから聞いた」

患者の機密を保持するという事を懸念しないのは、ここの医者連中だけだと信じたい。

「君が起きるのが遅かったのが悪い」

まったく悪びれることのないこの医者紛いは、そんな瑣末な事はどうでもいいと、俺を机に座るよう促して、自分はホワイトボードの前に立つ。

「んで、何が聞きたい?答えられる範囲で答えるよ。ヤヒロちゃんのスリーサイズとか体重は教えらんないケドね~」

 白衣のポケットから眼鏡を取り出して装着しながら、減らない軽口を叩く。そんな減らない軽口にちょっとだけ、ほんのちょっとだけ反応してしまうのは、若さ故だと信じたい。

「…………それは教えてくれなくていい。あのヤヒロが展開していた門について教えてくれ」

「『悶』ね」

 サトリは再び白衣のポケットからマーカーを取り出して、何やらホワイトボードに書き出した。

「門じゃないよ、悶」

書かれた漢字は『悶』。いや、意味がわからない。

Gateじゃないのか?」

「ゲートだよ。でも、門じゃない」

「なんだ?その、禅問答みたいな」

「禅問答みたいだよね、この会話」

楽しげに鸚鵡おうむ返しをしてくるサトリ。からかわれているのだろうか。

 そんな俺の心情を察したのか、「さて閑話休題」とサトリが話を切り替えた。

「この二字の違いってわかる?」

レーザーポインターで指示されるホワイトボードに書かれた「門」と「悶」。違いなんて聞くまでも無い。

「意味が違う」

「んー、そりゃそうだ」

俺の回答を受けて、サトリの眉間にしわがよる。はて、なにか間違ったことを言っただろうか。

「……それもそうなんだけど、まだひらがなしか読み書きできない子どもでもわかるような違いって何かわかる?」

「中に何かがあるのとないのの違いか?」

「そう!もっと詳しく言うと?」

「門以外で心が入っているかいないか」

「That’s Right!」

「お、おう」

それが欲しかったんだよ、君!と言葉以上に顔で語ってくるサトリ。正直ウザイ。

 そんな俺の反応など気にも止めずに、サトリは講釈を再開する。

「門ってのは家とか学校とか、まぁ、至るところにある建築物といわれる物体を構成している一部だよね?まぁ無い事もあるんだけど」

「そんなに難しい表現使わなくても門くらいわかるさ」

馬鹿にすんなし。

「あらそう?『門』という構成物に対する認識が君とオレとで共通の物を指しているという確認のためでもあったんだけど……どうやら問題は無いみたいだね」

「さっきヤヒロも言ってたけど、俺の常識というヤツはそこまでここじゃ異質なものなのか?」

そんな素朴な質問に困ったように肩を竦めて、サトリは口を開く。

「わからないね。人の常識ってのは似たり依ったりしているもんなんだけど、全てが同じではないからね。だからこうやって少しのことでも探り探り質問していってるのさ。」

「はあ」

「それじゃあ説明に戻るよ。気になることがあったらじゃんじゃん質問しちゃって」

「わかった」

 俺が頷いたのを確認したサトリは、眼鏡を指で押し上げながら説明を再開した。

「んで、『悶』についてなんだけど、さっきユウキが指摘した通り、中に『心』が入ってるよね、これは、心があるところに開く門なんだよ。ちょっとしたダジャレみたいなもんだと思ってくれてかまわない」

「???」

「えー……っと説明が悪かったね。ユウキはお嬢と町に出向いたと思うんだけどさ、どんな風に感じた?」

「江戸時代のような街並みで、色んな見た目をした妖人あやかしびとがいたと思う。皆さんとても朗らかでいらっしゃったよ、初めて会う俺にもすごく親しげにしてくれたし。八百屋の店主の張り手は痛かったけど……」

先ほどの鮮明な記憶は、思い出すまでもなくするりと脳内で再生される。なんとも素敵な町だった。

「うんうん、ヤヒロちゃんに対して、町の人達はどうだった?」

こちらは思い出すまでもない。

「すごく慕われてたよ、老若男女問わず人気者なんだね」

「そうなんだよ、これは先代の影響もあるけど彼女の努力に因るところも少なからずあるんだよね。まぁそれは今はどうでもいいか」

「どうでもいいのか?」

「どうでもいいよ」

「どうでもよくないと思うんだが」

「どうでもいいんだよ。だって、端から見て皆から慕われているって状況が大事なんだから」

「?それはどういう」

「今から説明するよ」

 サトリは白衣の中から水筒らしき物を出して、口を潤してから、再びその口を開いた。

「『第三者から見て、ヤヒロちゃんが慕われているように見えた』という状況は、『彼ら町の人の心の中に、ヤヒロちゃんがいる』という状態なわけなんだよね。どういうわけかさっぱりわからなかったら、『Aという人が居なくなったとき、Aが、居なくなったら悲しい』って思える状態が、『心の中にAがいる』って状態だよ」

「なんとなくならわかった」

 小難しく言っていてわかりにくいが、『自分が消えたときに悲しんでくれる人が何人いてくれるだろう』って疑問の『悲しんでくれる』優しい方の心の中に、『自分』という存在がいるかどうかっていう事で間違いないだろう、きっと、たぶん。

 「んで、あのヤヒロちゃんの『悶』は、さっき言った『心の中にドウモトヤヒロという人物がいる』人がたくさん居る所に飛ぶ門なんだよね」

「ええと、『道元八尋』という人物を認知している人が多く滞在している所に、好きなように移動できる転移門って認識であってる?」

「あってる、あってる」

「なるほどなぁ、俺の上司は超能力者でお嬢様だったのか」

 そんな俺のぼやきを聞いたサトリは「面白いこと言うね」と拭いていた眼鏡をかけ直した。

「???変なこと言ったか?」

顔にクエスチョンマークをたくさん浮かべた俺の顔を見て、サトリは先ほど閉じたばかりの口を再び三日月にした。

 「変じゃないさ、面白かっただけ。言ってなかったかもだけど、君もオレも潜在的にはヤヒロちゃん程ではないけど、現世人うつよびと達の言うところの超能力者なんだゼ?」

「初耳だよ」

そんな俺の反応が面白かったのか、ケラケラと笑いながらサトリは言い訳を始めた。

「だって君も俺も現世人彼らが言うところの妖怪だぜ?なんかしら能力持ってない方がおかしいべ。診断書にも種族名が書いてあったろう?」

そういえばそうだった。俺は……なんだっけ。

「君は木霊ね」

 俺の心を見透かしたかのように疑問に答えるサトリにハッとする。

「もしかしてサトリって」

「おっとその先は言わせねぇぜ?ちなみにだが、俺はサトリじゃないぞ?」

遮った後での心を読んだかのような先回りの否定。名前だって同音。覚妖怪以外考えられない。

「違うのか」

「違うよ、俺はこっち」

 俺の疑りをさらっと流して、サトリは半歩後ろに下がると。

「……■■■■」

 何事か呟く。

 その呟きはくぐもっていたし、顔を手で覆われたせいもあって、よく聞き取ることができなかった。

 しかし、何が起きようとしているのかはすぐにわかった。サトリの身体が、先ほどの呟きに反応するかのように異質なものへと変わっていく。


 背丈は伸び、口は耳まで裂け、耳は失われ、頭頂部付近と前髪の一部が合わさり、天を衝くように上に伸びた。犬種動物の耳のように形作られたそれが、毛髪だけでは出すことのできない温もりを放つ。

 伸びた背は丸まって、視線は元の高さへ、肉食獣のように変わってしまったその顔は、元の整った顔立ちの一切を感じさせない。しかし、その瞳が湛えていたのは、サトリと同じ緑色。

 細い首筋は、伸びた襟足がたてがみのように覆っていて、直接見ることは叶わない。

 白衣の袖口から除く色素の薄い細腕は、太く逞しい獰猛な獣の四肢のように形を歪めている。その末端に収まるはずの人々を救う優しげな五指は、その一本一本が荒々しく、強欲に貪る悪魔のようで、元の形状など見る影もない。

 気がつくと、彼の両足は腿が大きく膨らみ、脛だった箇所は逆にへし折れて、どう見ても人のものではなくなっていた。

 いつの間にか靴は消え、パンツはニッカーのようなだぶついたものへ、裾口から顔を出しているのは、獣の足だ。股の間からは大きな羽箒のような尻尾が覗いており、ゆらゆらと振り子のように揺れている。


「これで信じてもらえるかな?」

 先ほどのニヤニヤ笑いとは違う、人懐っこい笑みを浮かべたそれ――狼男はサトリと同じ声で俺に話しかけてきた。

「…………どちら様で?」

座ったまま呆けるのでいっぱいいっぱいな俺には、この質問をするのが精一杯だ。

「どちら様も何も、サトリ様だよ?」

おどけて見せる狼男。目の前にいる狼が、先ほどまで講釈を垂れていたサトリだということを心で理解ができても、理性が追いついてこない。

「ま、オレが何者なのかなんてどうでもいいことだったね」

 言うが早いか、瞬きの内に彼は元の胡散臭い居候に戻っていた。

「じゃーん。どんなもんよ?はじめて狼男を見た感想は?」

「…………」

「…………」

「………………カハッ」

忘れていたかのように呼吸を開始した俺を見て、呆れたようにサトリがぼやく。

「そんなに驚くもんかね~?珍しくも、なんともないぜ?これくらい」

「……お前の常識が、俺の常識であるとは限らないんだよ」

「ごもっとも」

サトリは肩をすくめて俺の言葉を流す。

「オレの『変化』は一例に過ぎないんだけどね。あともう一例挙げるとしたら」

「呼んだかしら?」

天井が一部くりぬかれたように穴が開き、そこから凛乃さんがひょっこり顔を出した。

「別にキミを呼んじゃいないよ」

「今挙げようとしてた『もう一例』さんが来てあげたのに?連れないのね」

「『変化』と『変質』じゃ似たり寄ったりでややこしいでしょうに」

「似ているのは性質であって効果は別物でしょ?それなら『もう一例』足り得るんじゃないかしら?」

「完全上位互換であるオレという特例を見たんだ。キミ程度の端役が、一例足りえるとは到底思えないんだけど」

「『特例』サマは特別な例であって一般的ではないわ。私のような平々凡々なモノこそ、一例に相応しいのではないかしら?」

「オレ達のような存在自体が『一般』とは程遠いんだけどなぁ?」

「あなたは特例が過ぎるのよ、それはお嬢様にも言えることだけれど」

「………………はぁ―――」

 穴からぬるんと飛び降りるリンノさんと、面倒くさそうなサトリの問答(?) は、サトリの長いため息と共に終幕した。肩をすくめて見せるサトリに、先ほどのような熱っぽさは感じられなかった

「そうだ、オレが間違ってた。キミの業がオレの業と別物なのは事実だもの。効果だってまったく別物だ。やれやれ、オレは何を熱くなっていたんだか。少し頭を冷やしてくるとするよ」

バツが悪そうにボサボサ頭を更にボサボサにしながら、サトリは部屋を立ち去った。

「「まったくもう……いつまで経っても変わらないわね」」

肩をすくめるリンノさんの声が、二重になって聞こえたのは気のせいだろうか?

「さて、ユウキくん」「私の能力を紹介するわね」

今度は前後で声色が変わった。

「あら、ネタが割れちゃったかしら?」

その一言と共に左半身から侵食するように覆われていくのは、白いナース服。覆っていくのは、黒染めの執事服。

「「まぁ、どちらでも変わらないから、問題は無いわよね♪」♪」

じわじわと染みのように広がっていく黒。先ほどとはまた違った異質な光景。世界が、とまではいかない。しかし、まざまざと迫りくる不和は、ナイフをぬるりと腹の中に埋められたような、異物感を訴える。

「じゃーん」「どう?」「そんなに」「びっくりは」「しなかった」「みたいだけど」

交互に聞こえる女声と男声。しかし口調は変わらない。腹の中を泳ぎまわるナイフのような感覚を、どうにか抑え込む。

「こういうとき、女性になんて言葉をかけたらいいか、俺の貧相な語彙じゃちょっと思いつかないッス」

「そこはびっくりした、でいいのよ」

カラカラと笑いながら話しかけてくるのはオネエの家令さん。

この人が先ほどの魅力的で、蠱惑的なお姉さんと同一人物だなんて、夢にも思わないし思いたくもない。しかし、それがどうやら現実のようで、夢を見ているわけにははいかない。ありのままを受け入れるしか、ないのだろう。

「じゃあ、びっくりした、で」

「じゃあってなによ、じゃあって」

いつの間にか元に戻っていたリンノさんは、少し不服そうだ。

「そういえばリンノさん」

「?」

「どっちが本当の性別なんですか?」

「「さぁ?どっちであってくれたらうれしい?」」って、聞くまでもないわよね」

したり顔で声を女声に固定したリンノさんは、勝手に楽しそうである。

「それで」

こほん。と咳払い一つして、リンノさんはどこから持ってきたのか、指し棒を持ってホワイトボードの前に立った。

「私と彼、何が違うかわかるかしら?」

「いやまったく」

「…………即答ですか。まぁ、正直でよろしい」

「君が見て、感じたこと、彼と私でそれぞれ教えて欲しいのだけど、いいかしら?」

 これは第一印象を聞かれているのだろうか?なんだか違う気がする。

「サトリがガサツそうなイケメンで、リンノさんが美人ってことですか?」

眉根を寄せているところを見ると、やはり違ったらしい。

「アリガト。でも、それじゃないわ。さっき私と彼の両方が君の目の前で変わった……言ってみれば変身したわよね?それについてそれぞれどう感じたか、教えてもらってもいい?」

 改めて少し考えて出た、不明瞭を口にする。

「サトリはこう、全体が……ていうか、なんというかこう、くまなくじゃないけど…………よくわかんなかったです」

「そっか、なら私は?」

「リンノさんはなんというか、こう一部から全体に広がるというか、塗り換わるというか……そんな感じでした」

「そうね、じゃあそんな私と彼の、サトリの違いについて教えて欲しいのだけれど、お願いできる?」

 満足げに頷いたリンノさんは、更に質問を続けた。何だか家庭教師と生徒のような気分だ。

「えっと…………サトリはこう全体的に変わって、リンノさんは一部から塗り換わるようにして変わった、ですか?」

 「That’s Right!そこに気付いたあなたには、このひ○しくん人形をあげる♪」

リンノさんは、どこからともなく取り出した○としくん人形を机において、楽しげに続ける。

「それがさっきサトリの言っていた『変化』と『変質』の違いよ」

「どういうことですか?」

「私のごうは上書き、サトリの業はリビルド、つまり私は表面上の変化で、サトリは全面的変化ってこと、これで理解できる?」

 なるほど、

「形式上は似通ったものでも、その法則はまったく異なる、ということですか?」

「そういうことよ。そして業は千差万別、大まかな系統上に分けられて、そこから更に属性に派生していくの」

「なんだかRPGみたいですね、この世界」

「そうね、人生も言ってみれば一種のRPGだし」

リセット利かないしセーブポイントもないけれどね、と付け加えつつ、サトリの記述を消し終えたリンノさんは、くるりとこちらに向き直った。

「で、キミの業について説明していくわね」

「質問いいですか?」

さっきから気になっていたことを口にする。

「そもそも業ってなんですか?特殊能力みたいなもんだなとは、思ってたんですけど」

「んー、説明が難しいのよね。さっきの例えに乗っけて言うと、スキルツリーで覚えていく形式のスキル……みたいなものかしら」

「じゃあ、いくつも覚えられるものなんですか?」

「……場合によっては、ね」

なるほど。

「それで君の業なんだけど、種別は『契約』ね」

「契約……?」

名刺交換をした段階で契約を成立させてしまうとかいう能力だろうか。最強なのでは。

「大まかに種別すると契約、ね。『契約』系統は、誰かに従属する、誰かと物理的距離を無視して繋がるというものが多い傾向にあるわ。といっても、業というのは十人十色で千差万別、玉石混合だから、同じものが同じ時期に現れることはないと言われているのだけどね。とりあえずどんな能力か、私に試してみてくれないかしら?」

ほら、と諸手を広げるリンノさんに対して不安が過ぎる。

「安心していいわよ。例え稀に見る攻撃系だったとしても諸々様々な事情によって、私が死んでしまうことはないわ」

「余計に不安なんですが」

「そうよね、ならこれならどうかしら?」

くるりとターンしたリンノさんの姿は、先ほどのナース服から、アイア○マンもかくやというパワードスーツに早着替えへんかした。

「さぁ、来なさいな♪」

バリッとポーズを決めてこちらに使用を促すリンノさんは何故だかとても楽しそうだ。

「といってもどうやってその業、ですか?発動するんです?」

「今ユウキ君は『業』という異質なものが自分に備わっているらしいということを理解できているかしら?」

「リンノさんの言葉を鵜呑みにするなら理解している、と思います」

「今だけでもいいから鵜呑みにしてちょうだい。理解しているなら、おのずとその使い道がわかるはずよ。期末試験や入試のとき、わからない問題にぶつかったとき、あなたはどうしているかしら?それと同じようにすれば、やり方を見つけられるはずよ」

 業…………。正直なところ自分がリンノさんやサトリと同じ生き物だという自覚はない。俺は一介のニンゲンであるはずだ。

しかし、それを否定するかのように、脳裏に一つのスイッチのようなイメージがちらつく。俺は、。違和を放たないそのスイッチを押すと、ポインターのようなものが中空に現れ、眼前で待ち構えているリンノさんをスポットする。どうやらこのポインターはリンノさんには見えていないようだ。

カチリ、と……何かが組み合わさるような音がして――――

『こんな感じですか』

発した声は外には響かず脳内に響いた。

「…………なるほど、さすが木霊ね」

『あれ?声なんかおかしくないですか?』

「おかしいわよ、ユウキ君の声はまったくこっちに聞こえていないもの」

『でも、受け答えしてくれているじゃないですか』

「そうね、まぁ最初だしこの辺にしておきましょうか」

『?????』

「今出してるこれ、引っ込めることってできない?」

 最初のスイッチのイメージを探して、それをOFF表示にしてみる。

「これで元に戻りました?」

「うん、戻った」

「テレパシーですかね、コレ」

「ん~~~…………。おそらくだけど、違うと思う」

探り探りといった感じで、リンノさんは言葉を続ける。

「たぶん、これはそんな生易しいモノじゃないと思うわ。さっきのテレパシーのようなものを受け取ったとき、私は君の発言にちょっとした強制力?のようなものを感じたの」

「発動前にポインターのようなものが出て、リンノさんをスポットしたんですけど、それと何か関係あるんですかね?」

 「ちょっと、もう一度繋いでみてくれるかしら」

『これでいいですか?』

今度はスッと繋ぐことができた。

「さっき言っていたポインターみたいなの出てきた?」

そういえば出てこなかった。

『出てこなかったですね』

「そっか…………。ありがと。切ってくれていいわ」

「何かわかりましたか?」

「なんとなくは、だけどね」

ナース服に戻りながら、言葉をつむぐリンノさんの顔はその言葉とは裏腹に、難しいままだ。暫しの沈黙は、艶美なため息によって終わりを告げた。

「まだ妄想の域を出ないから、こうだ!って言い切れないし、説明も難しいから、まとまったら話すことにしましょう!」

そうよ、それがいい!とリンノさんが立ち上がるのと、外からサトリが部屋に戻ってきたのはまったくの同時だった。

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