act.5 諧謔


 暗闇を抜けると、そこは執務室らしかった。なんとも不思議な館だ。

「ここは……執務室か?」

一応尋ねてみる。

「そうなるな、ここは貴様の仕事部屋だ」

 先ほど通された豪奢な部屋に比べて、広さは倍近くあるだろう。

奥に社長が座るんじゃないかと勘違いするような造詣ぞうけいの机と椅子があり、部屋の中央には、大理石のような材質のローテーブルが一つと、それを両側からはさむようにして一対のソファが置かれていた。これも非常に高そうである。

社長椅子の後方には大きな窓があり、外を一望できるようだ。

入り口から見て右側の壁は一面本となっていて、たくさんの書物が所狭しと置かれている。

もう片側の壁は、ショーケースがあったり掛け軸がかけてあったりした。

 「なんていうか……壮観だな、これだけたくさんの本があると」

「む?そうか。貴様はコレが一面の本棚に見えるか」

なんだよ、クスクス笑いやがって、気色の悪い。

「すまない、急ピッチで仕上げたものでな。何分貴様のような輩、屋敷に通すことすら珍しい。しかも、ここまで奥に通したのも、貴様のような例も初めてなのでな」

「何を言っているんだ?ここは何かしらのワケアリな魂が集う場所なんじゃないのか?俺みたいなタイプもいたんじゃないのかよ?」

「否」

ヤヒロは首を振る。そして笑顔を戻さず俺に問いかける。

「祐樹よ、お主はサトリの部屋に通され、そこで診察を受けた。間違いないな?」

「ああ」

間違いもへったくれもあるもんか、そちらに行けと言ったのは他でもないお前じゃないか。

「そうか。では問おう。お主、診察が済んでから特に変わったことはないか?」

「ないね」

即答する。アレから変化は見られないし、そもそもどこをどう診られたのかすらさだかではないのだ。

「そこがまずおかしいのだ」

いまだ笑顔の耐えないヤヒロが更に問う。

「私がなぜ、あいつをヤブ呼ばわりするか、わかるか?」

俺は首を横に振る。

「だろうな。奴の部屋へ行って、帰ってきた身寄りのない魂は、お前しか知らない」

「え」

「驚くのも無理はないだろう。だって私の代で初めてだもの、身寄りのない魂」

~~~~~~~~!心臓に悪い!

「冗談ならもっとマシなものにしてくれ!」

「緊張をほぐすためのちょっとしたジョークだ。初対面があんな感じになってしまって、私への敵対の思いもあるだろうしな。父の代にも身寄りのない魂は訪れなかったのだ」

ケラケラと朗らかに笑いながら、彼女は続ける。

「おっと、公私混同はしたくない性分でな。今は公務中でないから冗談も口にするし、祐樹がかしこまる必要もないが、公務中は別だ。くれぐれも粗相はしてくれるなよ?」

最後に初対面と同じ冷酷な眼で彼女は告げる。

「私の名に泥を塗った暁には、二度と輪廻転生の輪に戻れないと思え」

あまりの変貌に度肝をぬかれる。必死に首を縦に振り、肯定を表す。

「ま、せいぜい気をつけてね♪」

フフフと笑いながら彼女は立ち去ろうとする。そういえばパトロールに行くって言ってたっけ。

 「お嬢様」

「なんだ?」

片膝を着き、膝立ちの礼をとる。

「これよりパトロールに出立したいとの所存でございますが、何分、この地では新参

者故、勝手が分かりませぬ。案内人をどなたかつけては戴けないでしょうか」

今から公務のはずだ。そうでなくてもかしこまって損はないだろう。

「おっと、言い忘れていたな」

おもむろに扇子で口元を隠し、ヤヒロは告げる。

「パトロール中はオフでかまわんぞ、むしろオフでいてもらわねば困る。私を神か何かと勘違いする酔狂な輩の相手はどっと疲れる上に、民草も私に話しかけにくくなってしまうのでな」

それに、とさらにヤヒロは続ける。

「私と一緒に見廻るのだ。付き人なぞ、必要あるまい」

パンッと軽快な音を立てて扇子を閉じたヤヒロは、実に愉快そうに、扉の外へと行ってしまう。

慌てて追いかけようとして、自分の体勢に気づいたが、もう遅い。思いっきり足を絡めてしまって、顎をしたたかに打ちつけてしまう。

少し遠くのほうから、ヤヒロの声が届く。

「どうした?はようついてこんか。もしや、こけたのではあるまいな?」

クスクスと笑っているヤヒロの冗談が、図星だと悟られないよう、急いで廊下へと駆けていった。


一瞬部屋の奥で何かが揺らめいたが、ユウキが気付くことはなかった。


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