act.3 検査
「…………で……」
俺は、そこでなにやら作業中のペテン師に、現状の説明を求める。
「……なんで俺はベッドに拘束されてるんだ?」
「大丈夫♪ すぐ終わるから~」
さっきからこればかりである。
「理由くらい説明してくれたっていいじゃないか」
「焦らない、焦らない、そのうちわかるって♪」
扉の奥に通された俺の前には、診療室のような空間が広がっていた。
だがそこにベッドらしきものはなく、診療所なんかでよく見るあの回るイスと丸イス、デスクがあるだけの味気ない部屋だった。
油断禁物とはまさにこういうことだろう。
俺は罠にはめられてしまったようで、どういうわけか、気がついたら固定ベルトでどこからか現れたベッドに、身動きの取れない状態で、急患よろしく固定されてしまったのだ。
ちなみに丸イスは、始めから私はここにいましたよ、というような感じでベッドの横に置いてある。
「丸イスに座ろうとしただけでこんな目にあったんだ。焦りたくもなるさ」
「それじゃ診察を始めてくね~」
こいつわざと無視してやがる……。
どうやらこのヤブの『診察』とやらが始まったらしい。
やはりこちらの質問に答える気はないようだ、残念ながら。
「こっちに飛ばされて、何か変わったことは無いかい?」
「頭が上からハイヒールみたいな先の細いもので殴られたみたいに痛いのと、みぞおちにも一蹴りもらったんじゃないかと錯覚を覚えるくらいには痛いかな。脛も花壇か何かにぶつけたが如く痛いね」
「そういう外傷のことを聞いてるんじゃなくって……。こう、心象的に何か変わったことはある?」
「おいおい、医者が外傷そっちのけなんざ聞いたことがないぞ」
ヤバイ、コイツ本当にヤブかもしれん。
「だってどうせヤヒロちゃんからもらった
「なんでお前が知ってんだよ、そんなこと」
「内容が具体的すぎるのと、この短期間で君と接触してるのは、オレとヤヒロちゃんだけだからね♪」
「それもそうか」
次の質問に行くね、とサトリの診察が再開される。
「なにかこう……内面的な変化とか、言い方はおかしいけど、現世(前の世界)に比べて内側から力がみなぎる……みたいなものとか、はたまた何かわかんないけど『足りない』て感覚に襲われてる、とか」
言われてみて少し考えてみる。
………………
「いや、思い当たる節はないな。いたって健康そのものだ」
特に変わったとは感じられない。
「人間の状態で頭をハイヒールで踏み抜かれたら、頭がかなり涼しくなると思うんだけど?」
思えば確かに不思議だ。我ながら石頭な方だとは思っているが、どれだけあのヤヒロが軽かろうが、人間一人に踏み抜かれたのだ。無事であろうはずもない。
「それにどう?さっき痛い、て言ってた箇所。青あざすら出来てないんだけど?」
そういってサトリはどこからか手鏡を取り出し、こちらに見せてきた。
そこには今まで何度がっかりしたことか、なんら代わり映えのない自分の顔が映っていた。
眉間あたりを踏み抜かれたはずなのだが、穴どころか、ヒールが当たった痕さえ見られない。
「なんだか不思議そうな顔してるね。それでも何もわからない?」
いくら言われたって、俺の中身は変わったとは思えてない。黙って首を振った。
「そっかーッ」
あちゃー、と回るイスにふんぞり返るサトリ。お手上げなのだろうか。ちょっと不安だ。
「ごめんよ、オレじゃ手に負えないや」
こちらのことなど意に介さず、まるで他人事かのように言ってのけた。
「医者が匙を投げるところを初めて見たよ……」
「別に匙を投げたわけじゃぁないんだぜ?」
楽しそうにサトリは切り返す。
「オレに出来ないだけさ、『彼女』はやってのけるだろう」
意味の分からないことを……今この場にはサトリと俺以外居ないじゃないか。
「何言ってるんだコイツって顔しないでよ。悲しくなるじゃない」
そう言いつつも顔はヘラヘラと笑っている。
「さてと、こっから先は任せるよ、リンノ」
言うや否や、ベッドとベルト、丸イスまでもが煙に変わる。
ただそれらの煙は消えることはなく、回るイスの周囲に集まっていく。
次第に煙たちは新たな『モノ』へと形を変える。
そしてソレは出来上がった。回るイスに腰掛けてくるりとこちらを向いたソレは
「はぁ~い、あなたが私の患者様?」
見まごうことなき絶世の美女、「リンノ」と呼ばれたソレは、
「どうも~♪びっくりした?」
そりゃ驚きもする。いきなりベッドがなくなって尻を強打したかと思えば、目の前にとびきりの美女が現れたのだ。
「このコ大丈夫?ねぇサトリ、アンタ、ナニか飲ませたんじゃないの?」
突如現れたこの美女は、何やら俺の事をマジマジと見ている。
「どう?面白いでしょ?
サトリは愉快そうに笑っている。本当にコイツはヤブかもしれん。
「キミ、顔が赤いよ?熱でもある?」
美女が何か言った。だが、俺の耳には届かない。突然美女が顔を近づけてきた。
気が動転して、何の抵抗も見せられない。
「―――――――――!!!」
額と額がぶつかった。息のかかるような距離で目と目が合う。
緊張して声が出ないどころか、息すら出来ない。実際には一分と経ってないのだろう。無限に続くかに思えた甘美な時間は、瞬く間に終わりを告げる。
美女との距離が遠のく。
「どうやら熱はないみたいね、どうしちゃったのかしら」
「そろそろ正気に戻らないと、男が廃るぞ?少年」
サトリが背中を叩いてくれたおかげでやっと正気に戻る。深呼吸一つして、いつもの調子を取り戻す。
「サトリ=サン、ソチラノウーマン、ニンジャ?」
「落ち着け、カタコトで何を言いたいのかわからん」
とりあえず水でも飲め、とサトリは水の入ったコップを差し出してきた。アリガタキシアワセ。もう一度深呼吸。
「サトリ、お前の隣にいるその女のひとは誰なんだ?」
「やっと正気に戻ったか」
やれやれ、とサトリが肩をすくめて見せる。
「それじゃリンノ、自己紹介して、準備が出来たら始めてくれ」
オレは嬢ちゃんに用事が出来た、とサトリは言い残し、さっきの部屋の方へと姿を消した。
「それじゃ自己紹介から♪キミの名前を教えてほしいんだけど、いいかな?」
言われて俺は、本日何回目かの自分の名前を名乗る。
「
「祐樹くんね、よろしく。わたしは
それじゃあ、とリンノさんが切り出す。
「キミがどういう経緯でここに来たか、説明してもらえるかしら?」
俺はここに来る前にあったことをそれとなくリンノさんに伝えた。
「なるほど、それでこの部屋まで来た、と」
カルテだろうか、リンノさんはタブレット端末のようなものを操作し始めた。
「生前に何かポカをした経験はある?」
首を横に振る。法律に触れるような事は何一つやってないからだ。
「嘘をついたり、誰かを
「それなり、ですね。まったくない、と言えばウソになります」
そう、とリンノさんの視線が手元からこちらに移る。
綺麗な藍銅色の瞳は何かを見定めるかのように、じっとこちらをみつめてきた。そうみつめられると少し背中がむずがゆい。
「あ、ごめんなさい。怖かったかしら?」
君の検査結果だけど……、とリンノさんが怪訝そうに眉をひそめる。どこか異常があったのだろうか。
「至って平凡。これ以上ないってくらいの健康体だわ」
どうやら問題はなかったらしい。でも、リンノさんの顔に笑顔は戻っていない。
不思議そうな面持ちで、タブレットとにらめっこをしている。なんだろう、ちょっとかわいい。
「けど、何も異常の無い人が、サトリの部屋に来られるわけないのよねぇ……」
幸か不幸か、リンノさんの不思議そうな表情はパッと笑顔に変わった。
何か思いついたみたいだ。慣れた手つきでサトリのデスクから、一つのスイッチを取り出す。
「これからちょっと荒っぽいことするわよ♪」
非常に楽しそうにそうつぶやいて、リンノさんはスイッチを起動させる。すると、どういうことだろう。さっきまでパイプベッドのあった床が二つに割れて、下から立派な天蓋付きのベッドがせり上がってきたではないか。
「ここに寝そべってもらえる?」
「――――――――――は?」
「だから、寝そべって?」
いやいやいやいやいやいやいやいや……。
「もう……仕方ないわねぇ」
言うがはやいか、リンノさんが飛びついてきた。
「ちょっ――!」
「いいからいいから♪」
豊満なボディには逆らえず、そのままベッドに押し倒される。
「あらあらあら?また真っ赤にしちゃって、かわいいなぁ、キミは」
俺に馬乗りになったリンノさんは一人楽しそうだ。
こっちは腰あたりから感じる柔らかな感触に、理性が持っていかれそうだ。
「ナニに必死になっているのかなぁ?お姉さん妬いちゃうぞ?」
馬乗りの状態から、リンノさんが覆いかぶさってきた。暴れだす心臓の音が聞こえてしまってはいないだろうか。すごく恥ずかしい。
それと非常にやわらかい二つの丘がとても気持t……逃げろ!俺の理性!!!!
「また赤くなっちゃった♪今なら赤べこといい勝負できるかもよ?」
自分の状態を茶化され、また一層赤くなる。なんだかくらくらしてきた……。
朦朧とした意識の中、魔性のリンノさんが耳元で囁く。
「あなたの
言葉の意味を理解する前に、うなずいてしまう。
幽かに、「ありがとう」と聞こえた気がした。
リンノさんの魅惑的な唇が近づいてくる。されるがままの俺。
不意に柔らかな感覚が頭いっぱいに広がった。
――――俺は意識を失った。
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