5. 藤井、都市伝説になる?


「……制作中止、ですか」

 言い渡された言葉は、十分耳に届いていたし、理解もできていた。それなのに、思わずくり返してしまった。

「ええ、そう。残念だけど」

 柏木美穂は、つとめて顔色と声音を変えないように再び舜に告げた。彼女が舜に伝えたのは「tipi」の新譜の無期延期──事実上の制作中止だった。

「彼らには……と言うか、松原さんには新作へのモチベーションがないでしょう?そういう状態だと、こちらとしても後押しできないのよね」

「……松原さんに会って、説得なり一緒に自作の方向性を話し合うなりできないんですか?」

 舜は食い下がった。このままでは、あまりにもったいない。できる限りの手助けを舜はしたかった。

「鶴見くんはずいぶんtipiを買ってるのね。でも、会社としてはそこまでの労力を彼らには割けないの」

「会社の判断……」

 力なくつぶやく舜に、柏木美穂は「勢いのある新人もたくさん抱えてるしね」と一刀両断する。

 それでも舜は、「制作中止」という決定的な報告をする前に、松原と直接会って話したかった。

 次回作への意欲やアイデアがあるなら聞き出しておきたかったし、先日は中途半端になってしまった舜なりの感想などももっと伝えたかった。

──次が作られないことは決定しているのに?

 急いで支度をして松原の元へ向かおうとして、舜ははたと立ち止まる。自分がどうすればいいのか、ふいにわからなくなった。

「……まあ、松原さんのほうから積極的な企画が出たり、ライブを地道に行って実績を作ればチャンスがないわけではないけどね」

 さすがに態度が冷たいと思ったのか、柏木美穂は表情を和らげた。

「はい……」

 舜は俯き、それでもやはり後悔するよりは、と決心を固めた。

「やっぱり僕、行ってきます」

「え?どこへ」

「松原さんのところへです」

 柏木美穂は一瞬呆れた顔をしたが、止めなかった。代わりに腕組みをすると、打って変わって明るい声で走りかけようとしている舜を呼び止める。

「ねえ、知ってる?敏腕スカウトマンの話」

 柏木美穂はどこか楽しそうに言った。

「はあ?……いえ、知りません」

「何だか素性の知れないフリーのプロデューサーかな?マネージャーかな?ともかくその人物が目を付けたアーティストは必ず大成するんだって。ほら、『ミュゼナ』のハスミって知ってるでしょ?あとは、川嶋うらら。他にも……たくさんいるらしいの」

 ピンと人差し指を立て、柏木美穂は神妙な顔で説明を続けた。確かに、名前の出てきたアーティストたちは、大ヒットしたので舜でも知っている。

「でもね」

 そこで柏木美穂は急に声をひそめた。

「売れに売れた後、必ず不幸な末路を辿るのよ。ほら、ハスミだってずっと休業してるじゃない?」

 それに、とさらに柏木美穂は言い募る。

「その謎のマネージャーって、売れるのを見届けると姿を消してしまうらしいの。だから、私たちの間でも確たることを知る人はいないのよ」

 普段はクールな柏木美穂がとつとつと非現実的な話をするのが意外だった。

「……バカバカしい。都市伝説でしょう?」

 舜は鼻で笑った。

「どうせなら会ってみたいもんですよ」

 強がりを言うと、まんざらでもなさそうに柏木美穂も頷く。

「そうよね。ウチのアーティストも目をつけて欲しい……あ、でも不幸になっちゃうのか」

 首を捻っている柏木に「もう行きますから」と告げて、舜は会社を後にした。

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