だれにもいえない

七竃

第1話

ぼくは、男子高校生と援助交際をしている。


出会い系サイトを介して知り合った男の子。名前は鳴海くんと言う。苗字は知らない。サイトでは「なる」と名乗ってて、会ったときに「鳴る海って書いてなるみっていうんだ」と自己紹介をしてくれた。鳴海くんは大学生とサイトでは言っていたけれど、実際会ったら想像よりずっとわかくて、ほんとの年を聞いてみたら、イタズラがばれた子どもみたいな顔をして、「ゴメン、本当は高校生」と言った。ダメなこととは分かってるけど、はやくセックスしたかったからそんなのどうでもよかった。

鳴海くんはぼくのお願いどおりにセックスしてくれた。

台本どおりに、ぼくのだいきらいな部長になりきって、ぼくを犯してくれた。鳴海くんのおちんちんはおっきくてとってもきもちよかった。一人でオモチャでするより、ずっときもちよかった。ぼくはすぐに泣きながらイッてしまった。

鳴海くんとは月に一回会うようになった。

鳴海くんは、ぼくのお願い通りにした後、「普通にしていい?」と聞いてくる。普通に、とは、台本どおりじゃなくて、鳴海くんがしたいようにする、ってことだった。普通にセックスするのはなんだか恥ずかしかったけど、鳴海くんにはぼくのお願いを無理に聞いてもらってるんだし、それくらいいいかなと思って、すきにさせた。鳴海くんはキスしながら正常位でするのがすきだった。なんだかうれしかった。ちょっと恋人みたいだとか思った。舌で上顎や歯茎をなめられながら、アナルをたくさん突かれると、頭がふわふわして、天国なんじゃないか、って思うくらいきもちよかった。






月に一回、一万円のお小遣いと引き換えに、ぼくは男子高校生とセックスする。

ぼくには彼女がいて、結婚もするんだけど、やっぱこれは浮気ってことになるのかな。きっと由紀子さんがぼくがこんなことしてるって知ったら悲しんで、怒って、気持ち悪がって、振られちゃうんだろうな。そしたら母さんたちも悲しむんだろう。せっかく出来損ないのぼくに、お嫁さんができて、孫の顔も見れるって喜んでたのに。だからいつかこんなことはやめなきゃいけない。


やめなきゃいけないと思いながら、今日もまた彼に会う。由紀子さんがデートしたいって言ってたけど飲み会だと嘘をついた。だって月に一回の楽しみだ。毎朝電車でおなかが痛くなっても会社に行くのは、月に一回彼とセックスするためだ。ぼくはこんなことでもしないとストレスが発散できない。

いつもの待ち合わせ場所で鳴海くんを待つ。人が多くて全然待ち合わせに向いてないけど、ぼくを探している鳴海くんを遠くから見るのがすきだった。

「ごめん、待った?」

「いや、全然…」

鳴海くんの目は色素がうすくて、きらきらしてる。地毛と分かるけど、髪も少し茶色っぽい。鳴海くんはどうみたって、かっこよかった。女の子にもモテるんだろうなあと思う。鳴海くんはいつも車道側を歩いて、ぼくはいつもどきどきしながら、ホテルまでの行き帰りの道を歩く。いろいろ話してみたかったけど、リアルのことはあまり詮索しない方がいいかなと思って、何も話せない。それに話したら、鳴海くんのことをたくさん知ったら、すきになってしまいそうでこわいから。だから、必要以上のことは話さない。

セックスのあと、ベッドに寝そべってスマホをいじってる鳴海くんの空いてる方の手に、そっと一万円札を握らせる。

「…いらない」

最近、なんでか分からないけど、鳴海くんはお小遣いを嫌がった。けど受け取ってもらわないとぼくの気が済まない。お小遣いは、罪滅ぼし、みたいなところがあるから。

「だめだよ、受け取って。ね」

鳴海くんが不機嫌そうな顔をしたから、ぼくは反射的にごめんね、と謝った。






電車で鳴海くんと同じような背丈の男の子を見ると、むずがゆい気持ちになる。ひょっとして本人なんじゃないか、って期待してしまう。もし本人だったとしても別に話しかけないし、見てるだけでいいんだけれど。朝は必ずおなかが痛くなる。胃がきりきりと痛む。身体が会社に行くことを拒むのだ。そんなときに彼と似たような子をみると、少し落ち着く。鳴海くんの垂れがちの、やさしい目を思い出す。鳴海くんがどんな性格をしているのか、詳しいことはあんまり分からないけど、ぼくに触れる手つきがとてもやさしいから、きっと性格もやさしいんだと思う。台本どおりにセックスしたって

、ぼくが痛いようには絶対しなかった。






「瀧本くんはきっといいお父さんになるね」 口癖のように、由紀子さんは言った。

「そうかな」

「そうよ。だって、すごく優しいもの」

優しいからっていい父親にはなるとは限らないと思うけどな。

由紀子さんがフォークでくるくると器用にパスタを巻くのを、ぼくはぼうっと見つめる。

「たべたい?」

「あ、うん」

由紀子さんにされるがままにパスタを口に運ばれる。

「子供みたい」

由紀子さんがおかしそうに笑った。

由紀子さんとは父の働く結婚相談所の紹介で知り合った。ふたつ年が上で、ぼくとは正反対にとても仕事のできる人で、役職にも就ている。それでいて美人だ。どうしてこんな人が結婚相談所なんか利用しているんだろう、と不思議に思って尋ねてみると、「あたし、結婚しても今までどおり働いていきたいから、家事してくれる人がよくって。そんな人あたしの会社にはいないしね。それにスゴイガサツだから、男みたいだって言われて全然もてないのよね」と、淡々と答えてくれた。由紀子さんは確かに今まで会ったことのあるどの女の人よりもサバサバしていて、たくましい感じがする。ぼくよりずっと男らしいかもしれない。

レストランを出ると、夜風がつめたくて気持ちよかった。暑いのは嫌いだけど、夏の夜はすきだ。ふと、由紀子さんが腕を絡めてくる。なんとなく嫌な予感がする。

「酔ってるの?」

「んふふ、少し」

ひらひらした半袖から伸びた白い腕は、細くてやわらかい。女の人の腕だ。ぼくより少し背の低い由紀子さんの頭からは、シャンプーか何かのいい匂いがした。

「ねえ、ホテル行こう」

嫌な予感は的中した。身体がこわばった。

「…また失敗しちゃうかも」

「失敗しないように練習しないと」

「でも…」

「今度はちゃんとあたしが誘導してあげるから、ね」

由紀子さんが耳元で艶っぽく囁いた。


案の定、できなかった。どうしても挿れる寸前で萎えてしまうのだ。早々にホテルを出て、駅までの道を歩く。由紀子さんは黙っていたので、ぼくも黙って歩いた。けれど沈黙に耐えきれなくて、今日何度目かのごめんを口にした。「いいのよ。あたしこそ、無理にしたいって言ってごめん」

由紀子さんは気にしないで、といつものように笑った。

由紀子さんは、綺麗で、明るくて、優しくて、仕事ができる。こんなにも魅力的なひとに、ぼくは悲しい顔をさせてしまう。









鳴海くんを、街で見た。制服を着ているところを初めて見た。心臓が一気にどくどくと脈を大きく打った。彼は同じ制服を着た男の子たちと、楽しそうに笑いながら歩いていた。ぼくは由紀子さんと手をつないで歩いていた。一瞬目が合ったけど、すぐに鳴海くんは目を逸らした。制服姿の鳴海くんはふだんより幼くみえた。年相応に、無邪気に笑う彼をみて、好きになっちゃいけない、といっそうつよく思った。






 







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だれにもいえない 七竃 @chanrio2525

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