十一.戦いの魔神

 触れ合った全ての者が師。

 ホイデンスの言葉を胸に刻み、ルゥリアはデクスマギンに戦いを挑んだ。

 デクスマギンの斬り込みに、ノランのように足運びをずらせてかわし、盾ごと体当たりして体勢を崩した。

 デクスマギンが落とした槍を、グーフェルギのように尾を使って投げつけ、相手がそれを払う間に腰に突きを入れ、油圧系の作動油を噴き出させた。

 邪道を警戒し始めた相手に、アルベリンのような正攻法の連続技で斬り込み、左肩を破損させて盾を手放させた。

 焦って反撃する相手に、ホベルドのような正確なタイミングで意表を突く蹴り技。

 そしてゼーヴェのように足元に剣を打ち込んで重心を崩す。デクスマギンはバランスを崩し、仰向けに倒れた。

「見たか、マハイル・シンドルダイグ!」

 ルゥリアは叫んだ。

「私のお師匠様は、お前が技を盗んだ時よりも強くなっていた!」

 聴覚センサーに、民衆の歓声が津波のように押し寄せた。

 血が滾り、心が高揚する。今が、とどめを刺すべき時だ。

「お母様の仇!」

 ルゥリア=プリモディウスは剣を振り上げた。

 しかし。


 見えない杭が胸に打ち込まれた。

「ぐっ!!」

 ルゥリアは左手で胸を押さえた。指が胸に食い込む。だが痛みは胸全体に、背中に、そして喉から下顎にと広がっていく。閉じられない口から唾液が流れ落ちる。

 自分に起きたこんな異常を、前に見た事があった。

 そうだ、ノランだ。彼女の起動実験で起きた。アストラレンの副作用による、心臓発作だ。これまでも時々起こっていた前兆。それがまさか、このタイミングで!

『血圧、上180突破!』

『心室細動発生確認!』

『同調率、急変動!』

 指揮車内の通信が、次々と飛び込んでくる。

『体勢崩れます!』

 その言葉と同時に、プリモディウスと一体化した全身から力が抜け、地に膝を着いた。



「ルゥリア!」

 ホイデンスは叫んだ。数を絞り込んだスタッフはモニタと遠隔操作に必死だ。

「先生、この状況で回復は?」

 メドーン医師は首を振った。

「強心剤は注入したが、それだけでは無理です! 除細動器を使わねば!」

「そうか」

 ホイデンスはぎりり、と歯を食いしばり、タッチパネルに指を近づける。その先にあるのは、降伏信号を送るボタン。

「グラン!」

 ケリエステラ所長が顔をひきつらせた。

「すまん。だが、やむを得ん!」

 その指が画面に触れようとした時。

『止めないで!』

 ルゥリアの苦し気な叫びが指揮所内にこだました。

『あと一分で、倒します! だから、止めないで! お願いです!』

 喘ぎながら、途切れ途切れに言葉を繰り出す。

「お前……」

 ホイデンスは固まり、額に幾つもの汗の玉を噴き出させた。

「デクスマギンが!」

 ホベルドの声で皆が外部映像に目をやると、バランスが取れないながらも立ち上がった敵機が、足を前に踏み出す所だった。

「ぐっ!」

 ホイデンスがその手を伸ばし切ろうと力を込めた時、トルカネイがその手を掴んで止めた。

「何をする!」

「私に任せろ!」

 トルカネイもまた、必死の形相で画面を睨んでいた。その集中を見て、ホイデンスは手の力を緩める。戦いの事は、彼女に判断を任せる。そう決めていたのだ。

「あれは切りかかる歩幅ではない!」

 その言葉と同時に、デクスマギンが跳躍し、プリモディウスに飛び乗った。

『ぐうっ!』

 ルゥリア=プリモディウスも、本能的に力を込めてデクスマギンを跳ね返し、その反動で客席に向かって倒れ込んだ。

 周りを囲んでいた竜骨騎騎士三騎は、プリモディウスを受け止めようと客席との間に走り込む。

「まさか!」

 ホベルドが後ろから叫ぶ。

 同時に空中のデクスマギンが剣を手放した。機体の各所から閃光が走り、姿勢制御用バーニアが炎と白煙を吹き出した。その反動で機体が押し出される。

「燃料を温存していたんだ! 奴の狙いは……」

 ホベルドの視線のその先、スクリーンの端に映るのは貴賓席。

「皇帝だ!」



したり!)

 マハイルは操者殻の中で振り回されながらも快哉を叫んだ。

 思いの外の劣勢に希望を失いかけたが、この機械騎を操る人工脳に言い聞かせ、伺ってきた好機がついに訪れたのだ。

 メインカメラのモニターの先には、迫りくるデクスマギンを見据えながら、それでも威厳を保とうとする女帝の姿。その脇に立つ近衛騎士はこちらに向けて自動小銃を構えようとしている。

 好きにするが良い。マハイルはわらった。貴様ら如き、一陣の血風と散る定め。

 竜骨騎騎士は背後に置き去った。天空騎士団のゴーレム戦闘機はデキスマギンの背後に客席が入る位置だ。それでも撃つ判断ができるか? できまい。


 女帝よ、儂はついに貴様を手中に収める。そして貴様を人質に取り、その目の前で、おのれの国が亡びるのを見せてやろうぞ。

 これこそ、我が長年待ち望んだ事であった。その願いが、この危機の時に叶うとは、何たる皮肉か!


 老いた体に熱い血が漲る。自分にもこのような戦士の心が、デクスラードの魂が確かに受け継がれていたのだと実感する。

 操作桿から右手を離し、画面の向こうの女帝に伸ばす。

 ロズフェリナを掴むまで、あと五秒。

 その時。

『グーフェルギ様、お力を!』

 ルゥリアの叫びが無線を通して聞こえてきた直後、警告音が操者殻に響いた。

 何も分からず、反応も出来ぬ間に衝撃が走った。一瞬前方に押し出された機体に、今度は急制動が掛かる。

「ぐうっ!」

 ベルトに体が食い込み、マハイルは息を吐きだした。体から重さが消える。モニターに映る世界は、そして画面中央に映る女帝の姿は動きが止まり、次いで上に流れた。

 落下したデクスマギンは、貴賓席の僅かに手前で地に叩きつけられた。先ほどに数倍する衝撃で、全身に激痛と、何かが折れる感覚が走る。

「がっ! ぐふっ!」

 咳と共に鉄の味がする赤い痰が口から飛び出し、操者殻を汚した。

(何……だ?)

 答えを求めて目をさ迷わせる意図を察して、システムが背部カメラの映像を正面モニタの一部に映し出した。そこには、機体に刺さった槍状の物体三本と、その末端から伸びるワイヤー。それは地上を這い、プリモディウスの盾の内側に繋がっていた。

(ロケットランス! あのような物が!)

 マハイルは目を見開いた。そして気付く。火器と投擲武器は禁じられていた。だがワイヤーでつながれたロケットランスは、そのどちらでもないと判断されたのだろう。

「おのれ!」

 歯噛みするマハイルに、

『なるほど』

 皇帝の声が響いた。

『何かを必死に考えているとは思ったが、それが貴公の最後の策であったか。確かに今の行動には、我が心胆を寒からしめるものがあった。だが』

 再びモニタが捉えたロズフェリナは、冷たくマハイルを見下ろしていた。

『それも今、ついえた!』



「ルゥリアの状態は?」

 指揮車の中でホイデンスが問うと、メドーンがモニタを見ながら答えた。

「心室細動は続いていますが、通常の脈動も確認しています」

「どういう事だ!」

「まるで、心臓が内と外から何かに掴まれて、強制的に収縮させられているようです」

「プリモディウスだ」

 ホイデンスは強張った顔をモニタに戻した。

「あいつが動かしているのだ。あいつにとっての心臓であるルゥリアを。敵に勝つために。

 今のあいつは、勝利だけに突き動かされる戦いの魔神だ!」



(それでいい)

 ルゥリアはホイデンスの声を聞き、思った。

 ロケットランスのケーブル巻き取りを開始。強靭なケーブルは、互いを引きずり合いながらその距離を縮めていく。

(プリモディウス、私は貴方の勝利に、命を捧げる!)

 胸を中心に、全身に激痛が走る。

 頭も割れるように痛いし、目から流れ落ちる涙も止まらない。

 一度は止まりかけた心臓を、見えない手が掴んで強引に動かしている。

 この命は、あと十数秒しか持たないだろう。その前に、敵を倒す。

 それだけが、自分の短い人生の意味の全てで構わない。

「プリモディウス! 我らの命を一つに!」

 叫び、操作桿を握り締めると、コクピットを囲む人造竜骨が光を帯びる。同時に、愛機の感覚と重なって知覚されていた自分の体が、光と溶けて愛機と融合した。

 目の前には白いデクスマギン。引きずられながらも、立ち上がろうともがいている。

 だが、もう二度と立ち上がらせない。打ち倒し、引き裂き、焼き尽くし、殺す。殺す。殺す。

 意識の最後に口からほとばしったのは、もう人の言葉ではなかった。

「あああああっ!」

 プリモディウスの首が伸び、背の羽を開き、爪と牙をむき出し、尾を地に叩きつける。

 ドラゴンの姿が、デクスマギンに襲い掛かる。互いの両手を組み合い、相手を押し倒そうと全力を尽くす。

 その大きさはデキスマギンを凌ぐほどになった。だがパワーと強度では、人造竜骨のプリモディウスよりも鍛造フレームのデクスマギンが上回る。機体の破損を防ぐため、プリモディウスのモーターが出力を落とし、押されていく。

「うおおおおお!」

 ルゥリア=プリモディウスが叫ぶ。その口から、白い炎が噴き出した。

 古代龍が吐くものと同じ炎のブレスが、デクスマギンの頭上から降り注ぎ、その頭を吹き飛ばした。客席と貴賓席を熱風が襲い、悲鳴が上がる。

 ブレスの刃は更に振り下ろされ、相手の上体を半ばまで溶かした。

 そこでデキスマギンの全身から力が抜け、プリモディウスの力に押し返され、よろめきながら後ずさる。その向こうには、公領の指揮車両があった。



 指揮車の中でも、デクスマギンの接近はモニタに映っていた。

「ユモレプール……」

 ノイセン博士が茫然と呟く中、近衛騎士隊長は部下と公のスタッフにひきつった顔で命ずる。

「総員退避!」

 皆が一斉に動くが、ノイセン博士は反応しない。

「貴様もだ!」

 隊長が腕を取って連れ出そうとするも、その腕自体が強張って動かない。腰をかがめてのぞき込むと、操作卓の下でフレームを掴んでいた。

 隊長は力を籠めるが、鍛えた騎士の腕力でもぴくりともしない。

「声明違反の強化サイボーグか!」

「もう行け。殉死は不要よ」

 博士が静かに言う。

 隊長は首を振り、奥歯を噛み締めて車両を飛び出した。

 一人残ったノイセン博士は、スクリーンの一角に映し出されたホイデンスとケリエステラの静止画像に目をやり、微かに笑みを浮かべる。

「やはりお前たちは、我が最高の弟子じゃな」

 直後にデクスマギンが倒れ込み、指揮車を押しつぶした。



「やった!」

 ホイデンスたちの車両では二人の所長を除いた皆が歓声を上げた。

 モニタの中で、半壊したデクスマギンは動きを完全に止めている。その手前で、両手足を地につけたプリモディウスが敵に這い寄っている。

「メドーン先生」

 ホイデンスが気を取り直して告げる。

「ルゥリアがやつに止めを指したら、すぐに応急処置だ」

「いや」

 護衛の近衛騎士ドロデオスが、割って入った。

「陛下からご命令だ。直ちにルーンリリア嬢に伝えろ。決闘はここまでとする。マハイルを今殺してはならないとな!」

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