十.影の中の兄弟子

 ホベルドの声に耳朶を打たれて踏みとどまった時、目前のデクスマギンの背後から光が漏れた。

「え?」

 さらに白煙が巻き上がり、急速に接近してくる。背面の姿勢制御用バーニアを噴射したのだと分り、懸命にプリモディウスの大質量を押しとどめて飛び下がった瞬間、足が置かれていたその位置に敵の槍が突き刺さった。

しのぎ切れ! 距離を取って空に!』

 ホベルドが再び叫ぶと同時に、敵が槍を手放して剣を下から切り上げ、プリモディウスの盾を跳ね上げた。

 手首を返して振り下ろした剣をかろうじて弾くが、プリモディウスと感覚を共有した自分の体に衝撃が走り、肩の装甲が斬り落とされるのが分かった。

「ぐっ!」

 次は横薙ぎに来る構え。ルゥリアはラックに背負った槍を落とし、多少とも軽くなった体で後方に全力で跳躍しつつ翼の浮揚力を稼働させた。

 相手の切っ先で腹部の装甲が切り裂かれるが、距離を取って空中に退避する事が出来た。

 デクスマギンは自らの槍を再び手に取って投げ付けようとするが、近衛騎士団が槍を突き付けて制止する。周りに被害を及ぼしかねない武器の投擲は禁止しているからだ。


「はあっ! はっ! はあっ!」

 安全圏に逃れ、荒く乱れた息つくルゥリア。額から滝のように汗が流れ落ちた。

『落ち着くんだよ、深呼吸!』

 アルベリンの声に促され、懸命に息を吸い、吐く。

 視角の隅に数字が60からカウントダウン。滞空時間が長すぎると、棄権と見なされる。

 呼吸を整えながら、自分を落ち着かせようとする。その一方で頭に湧いてくる疑問。動けない筈のデキスマギン、彼が繰り出してきた一連の技には見覚えが、いや、自分の体で感じた記憶がある。まるで、ブルカヌスで叩き込まれたゼーヴェの技のようだった。

「あ、あ、あれは、一体……」

『聞け!』

 ホイデンスが説明する。

『あれを動かしているのは、あれ自身だ。マハイルは指示を出すだけだろう。

 あれの頭脳部には、ユモレプールのデータが移植されている。

 作ったのはダオール・ゲティ・ノイセン博士。そしてその技を教えた、いや、彼らが盗んだ相手は、ゼーヴェ殿、すなわち剣聖グリーロヴだ!

 あれは、剣聖の技を持ち、自分の意志で人を殺せるロボットなんだ!』

「え? ユモレプール? ゼーヴェ様が……剣聖?」

 怒涛の如く流れ込む情報に、ルゥリアは錯乱した。



「最も有利な第一撃での勝利を逃したではないか。口ほどにもないな」

 デクスマギンの操者殻で、マハイルは肩を押さえて苦虫を噛み潰した。激しい機動に振り回され、高齢の体は悲鳴を上げている。

『ご心配なく。デクスマギンが最強であることには変わり有りませんぞ』

 無線からは中年女性の声。だがそのしゃべり方は老人男性のようだ。

「その為に臨時課税もしたのだ。結果は出してもらうぞ」

『無論……おや』

如何いかがした」

『少々取り込みになりそうでしてな。まあ、全てデクスマギンに任せる事です』

 そう言い残して、女性の声は通信を切った。マハイルは更に渋面になる。

「アバンティーノの魔学者ども……信用など出来ぬな」



 トマーデン公の指揮車に踏み込んだのは、近衛騎士団。隊長が短髪の中年女性に指揮杖を突き付ける。

「ダオール・ゲティ・ノイセン博士だな。貴様には殺人容疑で国際指名手配が出ている。身柄を拘束する!」

「はて、アバンティーノと外交の無いノヴォルジが、その手配に協力する法的根拠はあったかの?」

「む」

 平然と返すノイセン博士に窮する隊長だが、引き下がるわけにもいかず、攻め方を変える。

「全身サイボーグ化し、女性に姿を変えるなど、なんと恥知らずな!」

「それが恥だという発想自体が、この国の後進性を良く表して居るな」

「……連れていけ」

 部下に連行させようとするが、ノイセン博士は泰然とした態度を崩さない。

「これは好意からの警告だが、わしに暴力など加えん方がいい。わしの体からは生体情報がデクスマギン、いやユモレプール二世に送信されておる。

 わしに何かがあれば、彼女は、その相手を実力で排除しようとするであろうよ。彼女は、今でもわしの安全を最優先にしておる」

 騎士たちの動きが止まり、隊長の方を見る。

「そして万が一にもわしが死するような事があらば。さて、彼女はどうなるか、わしにも見当がつかぬ。最悪暴走し、この閲兵場の中にいる全ての者を殺そうとしかねない。あるいはこの場で、最も大きな権限を持つと彼女が判定した人間を、な。まあここではあの銀狐、という事になるかな」

 隊長はまず青ざめ、次に怒りで真っ赤になった。

「き、貴様! 我らを脅迫する気か!」

「脅迫? とんでもない。わしはただ重要な情報を伝えただけだ」

 鼻で笑うノイセン博士。

「そのほうらの皇帝陛下とやらを守るためにどう行動するかは、そちらの問題だ」



 近衛騎士団の詰所で、報告を聞いた騎士団長は怒り狂った。ホイデンス達を守るドロデオスからのメッセージを読んだ直後にこれだ。

「アバンティーノの魔学者どもめ、どいつもこいつも!」

 約十秒、騎士らしからぬ悪罵あくばをまき散らした彼は、ふっと冷静さを取り戻し、天空騎士団の連絡将校を呼ぶように命じた。



 観客席の民衆で、それまで帝都の高空でジェット戦闘機が数機、円を描いて警戒していると分かった者は少なかった。だがその中から二機が低空にまで下りてきて、閲兵場の上を低速で旋回し始めたとなると、誰もがそれに気付いた。

 二機は機首を大きく引き上げ、轟音を響かせながら、フラップを全開にして揚力を稼ぎつつ、腹にアームで下げた四〇テル自動砲を閲兵場の中心近くに向けた。

 見る者が見れば、このような芸当が出来るのは、国民軍の防空戦闘機ではなく、天空騎士団のゴーレム戦闘機だけだと分かっただろう。

 それが口伝えに広がると、民衆はそれがデキスマギンを威嚇する為だと思い、喝采を送った。

 だがそれは半分の事実でしかない。二機のうち一機は、やはり暴走の恐れがあるプリモディウスを狙っているのだ。



 その照準の先、プリモディウスの操者殻の中にホベルドの声が響く。その早口での説明を受けて、ルゥリアは必死に頭を整理する。


 マハイルの態度から、デキスマギンに秘密の機能があると推測できた事。

 行方不明になっていた、ホイデンスたちの師ノイセン博士が、デクスマギンのスタッフにいた事。

 殺人ロボットであるユモレプールのデータはノイセン博士が持ち出していたと思われる事。

 二年前にマハイルが、剣聖グリーロブ即ちゼーヴェを招請したのは、その指導を撮影してユモレプールの新しい人工脳に学ばせるためであろう事。

 ゼーヴェはデクスマギンとグーフェルギの戦闘に関する部分的な映像を見て、それに気づいていたらしき事。

『ゼーヴェ殿はもう一人の、不本意な弟子の存在を話された。君ならば勝てるともね!』


 そしてルゥリアは気付いた。

 グーフェルギが自分の戦い方について、リグル・スワルダと似ている、と言っていた。それは、リグルではなく、デクスマギンの戦い方だったのだ。そしてそれはルゥリアと師を同じくしていた。

 だが、相手はゼーヴェの同意を得ず、その動きをデータ化して我がものとしたのだった。誰も知らない兄弟子が、影に隠れていたのだ。


『ゼーヴェ様はね、一人の時も隠れて鍛錬しておられた』

 せき込むようなトルオの声に変わる。

『衰えた体をカバーするために、最後まで成長し続けていたんだ。

 奴らが剣聖様から技を盗んだのは二年前。ルゥリアちゃんのゼーヴェ様が最強だって事を証明してくれ!』

 そしてホベルドが、押さえた声で告げる。

『まだ発表されていないが、剣聖グリーロヴ殿は三日前に世を去られたそうだ。きっと今は、ローゼヌイの丘から君を見守っておられる』

 ルゥリアは息を呑んだ。

「ゼーヴェ様が……」

 彼女の脳裏に、ゼーヴェが島を離れる時の姿が浮かんだ。そしてロマーシカの花が咲き乱れる丘の上、腰を下ろして下界を眺めている今の彼の姿も。溢れそうになる感情をこらえる。今は泣いている時ではない。


『ルゥリア』

 ホイデンスの声。その中に気遣いと迷いを感じたルゥリアは、再び深呼吸して答えた。

「所長、もう心配しないで、ただ勝てと言って下さい」

『うむ』

 彼の声にも力が籠る。

『今までお前が触れ合った者たち全てが、お前の師だ。

 お前とプリモディウス、そして我らは世界最強だ。だから。

 勝て! ルゥリア!』

「はいっ!」

 答えると同時に、ガスタービンの回転が上がり、プリモディウスとの同調度が上がるのが分かった。

 カウントが0となると同時に地上に降り、盾と剣を構えた。

 待ち構えていたデクスマギンが突入してくるのを、こちらもダクテッドファンをフル回転して迎え撃つ。

「行くよ、プリモディウス!」

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