四.昏い眼差し

「最近、商売はどうだ」

「苦しいな。今のお上になってから、税金が重くなってな」

「ああ。あちらは兵器を景気良く買ってるからなあ」

 まあね、と”ロベリア”は心中でつぶやく。本来なら税金の上限は貴族領でも帝国直轄領と同じはずだが、貴族領では名目を付けて臨時税が課される事は珍しくない。その筆頭格がトマーデン公領だった。

「税金、減額してもらえんかな」

「まともに行ったら、グインツの子倅みたいに鞭打ち刑とかだからな」

「ヘロドスみたいに行方知れずになるのは勘弁だしな」

「袖の下は効くらしいぞ」

「その金がないんじゃねえか」

「違いない。じゃどうだ。女が陳情すると優しいらしい。床の上でやるらしいけどな。女房を差し出すか?」

「あいつじゃあなあ。5レーべくらいしか負けて貰えねえな」

 馬鹿笑いする二人。ロベリア、という事になっている彼女は、静かに息をつく。

 騎士リグル・スワルダの統治は、好評とは言えないどころか、暴虐に近いもののようだ。

「まあ、もう少し待った方が良いんじゃねえか? 風が変わるかもしれねえしな」

「そうだな。いつまでもしんどい世の中って訳でもなさそうだ」

 二人は言葉を切って酒を飲む。

 ”ロベリア”は店員に金を払い、礼を言って店を出た。二人の傍を通り抜ける時に小さく会釈する。

 リグルの統治が始まった時には、クルノら従士隊の関係者から潮が引くように離れていったトルムホイグの民だったが、ルゥリアの仇討ち成就を知り、民の間に帝国騎士領復活を期待する機運が高まっている。

 民心は、リグル・スワルダの統治から完全に離れていた。そして従士隊の身内であるロベリアに聞こえるように話をする事で、それがルゥリアに、あるいは帝国政府に伝わる事を期待しているのだろう。

(民は弱し、されど、しぶとしってとこかしらね)

 ”ロベリア”は小さく肩をすくめた。



 式典の二日前。

 ルゥリア達の一行の船は、ノヴォルジの外港ブルムンドに到着した。

 荷室でプリモディウスの整備に立ち会っていたルゥリアは、外から響いてきた大音声に思わず振り仰いだ。

「な、何ですか? あれは?」

「自分で見るといいよ」

 階段の上から、ホベルドが手招きしていた。それに応じて甲板に上がると、音は一段と大きく聞こえる。

「ほら」

 舳先に立つと、近付く岸壁が見えた。その向こう、国民警察が張る規制線のさらに奥には、ルゥリアが実際に見た事もないような群衆が詰めかけていた。顔も見分けられない距離だが、それでもルゥリアだと気付いたか、彼らは一気に手を振りはじめ、歓声が待機を揺るがすほどに強まった。

「ずっと」

 ルゥリアは戸惑いながらつぶやいた。

「祖国ノヴォルジには味方などほとんどいないと思っていました」

「それは、ルゥリアちゃんが動いた結果だよ」

 ホベルドは静かに告げた。

「動かない者は、いくら苦しんでいても誰も存在に気付けないからね」

「はい」

 ルゥリアは答えた。これまでの長い、苦しい道のりが無駄ではなかった。そう思いたい。

 それでも、胸を押しつぶすような不安は消えない。自分は、間に合っているのだろうか。クルノは無事なのだろうか。

 もっと急ぎたい。できる事なら、プリモディウスに乗って空を飛び、トルムホイグまで直行したい。

 だが、そのような事をすればすべてを壊してしまう事になる。やはり一つ一つの手順を確実にこなしていくしかないのだ。


「ところで、殿下はこのような所で顔をさらしてもよろしいのですか?」

「さらしてないよ」

 岸壁に背を向け、手すりにもたれかかったホベルドが笑う。そういえば舳先に上がるとすぐに、その体制になって、岸壁の方は肩越しにしか見ていなかった。

「ただ恰好をつけているだけかと思いました」

 ルゥリアは溜息をついた。



 国境付近では、ゴーレム騎士と麾下の軍が帝都への移動を始めていた。

 トルムホイグのリグル・スワルダも、デクスマギンと護衛の兵を引き連れて移動するのだ。

 彼は、居残るラマルギオ分隊長に近づき、小声で告げた。

「ここは引き払う事になるかも知れぬ。後片付けを、しっかりやっておけ。余計なゴミを残してはならん」

「は」

 意味ありげな視線に、ラマルギオは深く頭を下げた。


 移動を開始した騎士軍は、高速道路に隣接されている軍の駐兵場に入る。

 そこには、中央から来た国民軍部隊が待機していた。彼らはリグルの部隊を見ると立ち上がり、脱帽して頭を下げた。

 軽装甲車の天蓋から身を出したリグルは、答礼しつつその前を通り過ぎる。

 頭を下げ続けている国民軍指揮官は、隣にも聞こえぬほど小さな声でつぶやいた。

「妾の子めが」



 翌日の深夜。

 近付く足音に、牢内のクルノは眠りを破られた。

 それは押さえた足音だったが、クルノにとっては百雷のように響いた。

 自分がいかに意地を張ろうとも、その身と心がラマルギオたちを恐怖しているか思い知らされ、クルノは唇を噛んだ。

 見開いた目が懸命に見つめる檻の向こうに、最も恐れている相手……憲兵分隊長ラマルギオが姿を現した。それも、部下を数人引き連れて。

 こちらを見たその細い目の奥の瞳にくらい輝きが見え、クルノは戦慄した。

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