第五章.帝都ロゴドワード

一.礼と罰

 ルーンリリア・バリンタの仇討ち成就。その報せがノヴォルジ帝国の都ロゴドワードに届いたのは、例年より早い初雪が降った翌日だった。

 日陰に薄く雪の残るロゴドワードで、皇帝ロズフェリナ・ゼノバ・デア・ゲントニーデは直ちに帝国最高会議を招集した。


 元老院と平民院の正副議長、宰相、騎士軍と国民軍の最高司令官、最高裁判所総裁、総大神祇官の各首長が一堂に会した席で、ロズフェリナ女帝は喜色満面で口を開いた。

「ルーンリリア・バリンタの自称革命騎士グーフェルギへの勝利。これは帝国にとっての一大慶事である」

 続いて彼女は、ルーンリリアによる戦勝報告と、ロズフェリナ直々に行う勲章授与の式典を行う旨を宣言し、一同に協力を求めた。

 諸参加者にも――トマーデン公寄りと目された元老院議長も含めて異論は出ず、帝国祝典としての開催が決まった。

 これは、諸侯も保有するゴーレムを全て連れて出席する事が義務付けられる。手薄になる国境の騎士軍に代わり、国民軍が国境に増派される事となった。

 そこで、国民軍最高司令官であるケレンドフ元帥が発言した。

「陛下。外国もしくは独立騎士団の騎士が国境を犯し、我が国の騎士との決闘を求めた場合、国民軍は騎士の不在を告げて退去を求めますが、相手が引かなかった場合、いかに対処すべきでありましょうか」

 騎士軍の最高司令官・大元帥のスベドログ大公は顔をしかめた。そのような場合の対処も全て軍の規約に記されており、これが打ち合わせの上での芝居であること、それも国民軍を持ち上げる為のものである事は明らかだった。

 だが彼の従姉である女帝ロズフェリナはそれには視線を向けず、断固とした笑みで宣言した。


「その時は、全火力を以て礼儀正しく殲滅せよ」


 女帝のこの台詞は、直ちに国民軍全軍に通達され、彼らの士気は著しく高まった。



 トマーデン公は、その日の夕刻、府城トマルドグスの館でその報せを聞いた。

「浮かれておるな、銀狐め」

 それを告げた家宰リーフェル・マテュクスに苦笑して見せる。銀狐とは、銀髪の女帝ロズフェリナを指す。無論、公の場では絶対に発言できない呼び名である。

「申し訳ございませぬ」

 リーフェルは腰を深く折った。

「トルムホイグの従士の家族に、ルーンリリア殿の居所を吐かせる事が出来ず、この事態を招きました。

 カニングムを通じ、憲兵隊のラマルギオ分隊長に、彼らの身に障害を残すような事はするなと釘を刺したのが原因でありましょう」

「さて」

 公は口の端を上げた。

「そもそも我が公国に違法な尋問など存在しない、そうであろう?」

「は」

 リーフェルは恐縮した。

 ノヴォルジ帝国でも、諸国の影響を受けた近年の法改正により、未成年への拷問は禁止されている。

 公は眼鏡をはずし、横のテーブルに置いた。

「ヴィラージの娘に脱出を許した点で、我らは後れを取ったのだ。

 ひ弱に見えた娘が、意外と父親譲りの運動神経を持っていた。父の従士の息子を置き去りにして逃げた。宮殿に駆け込むのではなく国外に脱出した。全てが予想を超えておった。要するに、子供と侮り過ぎたのだ」

「恐れ入ります」

 頭を下げたままのリーフェルに、公は声を掛けた。

「もう直れ」

「は」

 腰を伸ばしたリーフェルを横に、公は思索する。


「ロズフェリナは、秘かに政府に味方して野党議員を切り崩し、平民院の三分の二を目指している。これを確保すれば、貴族院での補正予算否決を覆せるからな」

 思考をそのまま言葉にするのは整理する為だが、それが出来る相手は、幼少期から家に仕えているリーフェルのみだ。

「こちらは野党の三分の一を確保すべく工作中だが、予断を許せぬ状況だ。しかしそれが無理な場合も、元老院で内閣問責決議を通し、総辞職を迫るつもりだ」

 今の民権派政府が進める貴族の特権縮小政策は当然貴族の強い反発を呼び、元老院におけるトマーデン公の求心力は高まっている。

「その決議が予定される時期に、この知らせだ。女狐め、この式典で帝都に民衆を集め、与党に彼らを扇動せしめて元老院をデモで囲み、その数による威圧で妥協を迫ろうとしている、そんな所か。

 では、こちらはどう出るか」

 しばし視線を宙にさまよわせていたが、

「ふむ、存外これを我らにとっての好機と為す事が出来るやも知れぬな。もう少し考えてみるとしよう。そうだ、リーフェルよ」

「は」

「罰を受けねば気が済まぬようであるな。ならばこの後、儂の酒に付き合え」

 公はニヤリと笑った。

「いかなる美酒も不味くなると専ら噂の、な」

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