二十三.変わる世界

 葬儀の場所は、グーフェルギ=グゴラルの故郷を遥か彼方に臨む南西の海岸だった。

 ルゥリア達が車から降りると、夕陽の残光が水平線を紫色に浮かび上がらせていた。海からの風が穏やかに体をくすぐり、髪を弄ぶ。

 その心地よさに緩みそうになる身と心を引き締める。これから弔いなのだ。それは、自分が命を奪った相手なのだと。


 砂浜の手前に細長く広がる草地に仮設の祭壇が作られ、既に両研究所のスタッフが集まっている。

 島の暫定領主たるウェグリル准将も部下を連れて来ており、ルゥリアは彼に挨拶をした後、ホイデンスに近づく。

 短い挨拶の後で辺りを見回し、

「あの、ナイードさんは?」

「あいつは忙しい」

 とだけ答えたホイデンスが首を曲げ、

「来たな」

 と呟く。

 ナイードが来たのかと見ると、マロナ・ドーカス博士とリーチェ・クシェン博士だった。他にも両博士の研究員らしい人たちが緊張した面持ちでその後に続いている。

 いずれも手錠などの拘束はされていなかったが、背後には企業傭兵とマレディオン兵が銃を肩に掛けて立っていた。


 葬儀が始まる。

 神官が黄泉送りの祭詞を読み上げ、皆が黙祷を捧げた。

 無縁の罪人に対する儀式として、全てが簡易に行われ、すぐに終わった。

(これだけ……)

 ルゥリアの心は沈んだ。もっと深くグーフェルギを悼み、送るつもりだった心が、行き先を失って迷う。マロナ博士たちも、重苦しい沈黙に包まれている。

 その空気に耐えられず、マロナ達に会釈して立ち去ろうとするルゥリアを、ホイデンスが引き留めた。

「待て」

「は。はい?」

「もうしばらく待て」

「なぜですか? この後、何かあるのですか?」

「未確定だ」

 あまりに要領を得ない話に、ルゥリアは苛立った。

「あの、どれほど待てばいいのですか?」

「分からぬ」

 言い返そうとして、思いとどまる。ホイデンスがこういう言い方をしている以上、分からないことは分からないし、分かっている事は話す気が無いのだ。つまりこれ以上問い質しても無駄だという事だ。

「私達もか?」

「そうだ」

 マロナの問いに、ホイデンスはうなずいた。横のケリエステラも肩をすくめたので、マロナもため息をつき、クシェン博士や他のスタッフにうなずいた。


 しばらくの沈黙。

 ホイデンスが腰に下げたホルダーからタブレットを取り出し、思索を始めようとしたところで、ケリエステラがその手を叩いてたしなめた。しばしにらみ合いの後、タブレットを仕舞ったホイデンスが、ルゥリアに視線を下してくる。

「手持無沙汰だろう。何か話をしろ」

「はい?」

 ルゥリアは耳を疑った。小声で反論する。

「あの、こういう場ですし、私は別に」

「俺が手持無沙汰だ。いいからやれ」

 ケリエステラ所長に肘でつつかれても撤回する気配が無いので、ルゥリアは諦め、頬を膨らませながらも質問を考えた。

「あの、ケリエステラ所長やマロナ博士とは、どんなご縁でお知り合いに?」

「む。俺に質問するのか」

 ホイデンスの目が泳ぐ。

「昔話は……非生産的だ」

 ルゥリアはムッとする。自分から場にそぐわない事を振っておいて。

「照れるな、見ている方が恥ずかしい」

 ケリエステラが肘でつつきながらとりなした。あれが照れなのかとルゥリアはいぶかしんだ。

「私が話す。構わんな」

「好きにしろ」

 ホイデンスは横を向き、ケリエステラは苦笑しながら話し始めた。



 始まりはおよそ三十年前。

 世界は異世界からの知識により、ネット時代の入り口に差し掛かっていた。

 ケリエステラとホイデンスは、ノヴェスターナ帝国のレリデック大学で、同じサイバネティック工学の講義を取っていた事で知り合った。

 二人をはじめ、複数の学生や若い魔学者がネットを通じた匿名の繋がりを作った。科学と魔法の結びつきで世界を変える、『世界更新者』。

 彼らは、ほとんどの国で禁じられているグレーゾーンの研究を行い、社会を改善する事を誓い合った。

 やがてその中から、自由な研究を行う海上島設立運動が生まれた。ケリエステラとホイデンスは、そのメンバーに加わり、小さな廃船を四隻買い取って公海上で連結。その上に研究所設備を持ち込んだ。それが、アバンティーノ島の始まりとなった。



 ルゥリアは驚いた。

「お二人は、アバンティーノの創設者だったのですか」

「まあな。お前がプリモディウスで臨界突破した時の騒動では、放水銃の操作権限を奪うために、創設者の特権を活用させてもらった。まあ後日、運営委員会で釈明させられたがな。主に私が」

 ケリエステラはホイデンスを睨み、彼は顔を背ける。

「そうだったのですか。その節はありがとうございました」

「う、うむ」

 手を組んで頭を下げるルゥリアに、ホイデンスはそっぽを向いたまま答えた。

 ケリエステラは微笑を浮かべて話を続ける。



 ルゥリアがアバンティーノに来て、彼女の仇を討つことがプロジェクトのテーマの一つになった時。ホイデンスとケリエステラは、グーフェルギの新型機械ゴーレムも、既存機とは異なる操作インタフェースが使われていると考えた。

 であれば、その設計開発者は世界更新者のメンバーである可能性が十分にある。

 そこで二人は、更新者の匿名ネットを通じ、新型ゴーレムの実戦試験と称して――少なくとも嘘ではない――対戦相手を募集したのだ。



 ホイデンスが表情を変えぬまま口を開いた。

「ハンドル名ギリーチェがレイディアではないかとは察していた。メールやチャットに所々で滲む映画趣味からな。

 そもそもギリーチェが、ノヴェスターナ映画の名エディターとして知られた人物の名から来ている」

「匿名で気を許したか、情報を漏らしすぎていたようだな」

 マロナは口の端を上げる。


 小さな電子音がして、ホイデンスが腕時計型端末を確認した。微かに笑って、

「後五分待て。今度は確定だ。無駄足は踏ませぬ」

 程無く、バンタイプの電気自動車が乗りつけて、ナイードが降りてきた。神官に歩み寄って何かを説明し、紙を渡す。

 神官は祭壇を背に皆の前に立ち、紙を広げた。


「これより、ロンバ帝国軍人である竜人グゴラル殿の葬儀を執り行う。

 それに先立ち、ロンバ帝国皇帝陛下より、竜人グゴラル殿への弔電が届けられた。謹んで代読する」

 その言葉に、皆が顔を見合わせる。まずグーフェルギとグゴラルが別人として弔われる事が知らされていなかったし、皇帝からの弔電というのも、異例な事であった。


「ゴデン族族長、帝国治安軍第一一七独立小隊長・曹長グゴラル。


 汝、狼の月十五日、ヴルカヌス島に於いて、襲来せる革命騎士グーフェルギとその一党に対峙し、帝国臣民および世界諸国市民を守りて勇戦敢闘し、敵を撃退した後、落命す。

 その功、帝国の誇りとするところなり。これを以て、帝国一代騎士に任じ、騎士軍中尉に進級せしめる。


 ロンバ帝国第八代皇帝ムジャヤンガ三世ダヤーナ」


 神官が読み上げ終えると、どよめきが起こった。

 それが事実と全く異なる物語であることも衝撃だったが、エルフやドワーフのようなヒトに近い亜人はいざ知らず、竜人や魚人などが人の国家で騎士に任ぜられるのは空前の事だった。

 ナイードが神官の横に並んで口を開く。

「なお、ロンバ帝国政府より、国内における亜人の待遇改善に努める旨、近々発表があるとの事です」

 それを受け、人々が口々に言葉を交わす。南方での亜人差別は強固なものと思われていたからだった。

 マロナは茫然とホイデンスたちを見た。

「お前達、一体何をした。どんな魔法を使ったんだ」

「俺は、狂気の……」

 胸を反らして言いかけたホイデンスだったが、動きが止まり、ふっと力を抜いた。

「違うな。この出来事のどこにも、魔法などない」

 ナイードが歩み寄る。

「ええ。賢者連盟声明違反の隠蔽と引き換えにしましたからね。調整はそれなりに大変でしたが、創設者お二人の委任状のおかげで何とか。

 でもそれだけじゃなく、公開されたルゥリアちゃんの動画も、影響を与えたようですよ」

「え?」

 振り仰ぐルゥリアに微笑む。

「アクセス数がもう一億七千万を超えてますからね。騎士協会のサイトも何度も落ちてますよ」

 ケリエステラはうなずいた。

「ルゥリアの父上との会話でグゴラル殿が戦いの意義に目覚め、マロナ、お前達が応えた。ルゥリアとの戦い。彼の残したメッセージ。ルゥリアの声明。全てが繋がった結果だよ」

「そうか……世界は、少しづつでも変わっていくのだな」

 マロナのつぶやきに、ホイデンスが答える。

「そのための『世界更新者』だろう」

 マロナは目を閉じて笑みを浮かべた。

「そうだったな」

 ルゥリアは、胸が熱くなるのを感じた。

 グーフェルギの、そしてグゴラルの戦いは、自分を含め多くの人々の不幸をもたらした。だがそれを代償に、虐げられた者たちに明日への希望をもたらしたのかも知れない。


 騎士グゴラルの葬儀が始まった。

 遺体の殆どはアバンティーノにあるため、脳の残骸を収めた箱が、組んだ薪の上に置かれた。

 神官が祭詞を読み上げる間、スタッフがナイードの車から箱を引き出して、中の花をテーブルに並べていった。

 薪に火が点けられると、参列者は順々に花を手に取り、祭壇に捧げる。


 マロナの番が来た。彼女は祭壇に花を置くと、燃え盛る炎に言葉を掛ける。

 彼女の後ろに並んでいたルゥリアには、それを聞き取る事ができた。

「次の生では、お前に相応しい竜人の女になろう。しばし待っていてくれ」


 マロナが下がり、ルゥリアは祭壇の前に立つ。花を捧げ、目を閉じて彼の安らぎを願った。

 マロナの言葉を聞き、苦しいほどに切ない。

 グゴラルの愛は、思う相手に届き、通じ合った。だがそれは、死の後だった。そしてその死は、ルゥリアがもたらしたものだ。

 それでもきっと彼は、謝罪を求めもしないし、喜ばないだろう。

 彼の残る無念は、デクスマギンへの雪辱であろう。それを自分が晴らすなどと、けして彼にもマロナには言えないけれど、ルゥリアは秘かに誓った。


(グゴラル様。

 貴方の望んだ世界に、今はその一歩を踏み出した所です。

 どうか、世界の行く末を見守っていてください)


 祈るルゥリアの瞼から、涙が溢れた。

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