二十二.もう一つの戦い

「な、な、な」

 予想もしない言葉に、全身が驚きと怒りで震える。

「なぜ今さら、そのような事を?」

 ホイデンスは険しい顔を崩さない。

「故郷に騎士として戻っても、トマーデン公からの圧迫は変わらない。お前は父よりうまく切り抜けられると思うのか」

「それは……正直、自信はありません」

 そう言われると、俯くしかない。だがあごに力を込めて、再び顔を上げる。

「それでも、私は絶対戻ります。どんなに危険でも。そうしなければならない、理由がありますから!」

 ホイデンスの目を、じっと見つめる。

 彼は一呼吸の間それを受け止め、そして目を逸らした。

「頑固者め」

 ゆっくりと息をつく。それでこの話は終わった、ルゥリアはそう思ったのだが。

「それなら、一つ提案がある。ただし秘密を守ると、お前の祖神に誓え」

 ルゥリアは目を見開き、問い返す。

「それは一体」

「誓えるか」

「……はい」

 ルゥリアはノヴォルジの軍神デラーンに誓いを立てた。

「よかろう」

 ホイデンスは肯く。

あらかじめ言っておくが、これはまだ未確定だ。無かった事にされる可能性も十分にある」

「はい」

 間をおいてホイデンスが切り出した。

「もう一度仇討ちをする気はあるか」

「仇討ちですか?」

 意外な言葉に、ルゥリアは首を傾げた。

「でもグーフェルギ様は」

「グーフェルギではない。無論、マロナやクシェン博士でもない。お前の母親の仇を討つのだ」

「まさか、それは……」

 彼の言わんとする事に思い至ったルゥリアは青ざめた。

「そうだ」

 ホイデンスは目を細めて断言した。

「トマーデン公マハイル・シンドルダイグを討つのだ」


「そ、そ、そそそ」

 驚愕するルゥリアの舌がもつれた。

「そんな事、できるはずがありません!」

「いや、可能だ。大領主が君命によって仇討ちに応じる事を強要されて討たれた事例は、西方の歴史に三件ある」

 ホイデンスは低い声で続ける。

「皇帝には以前に提案していたが、グーフェルギに勝つまでは聞き置くだけだとされていた。お前には、グーフェルギとの戦いに集中させるために話さなかった。だが、お前が勝利した今、条件が整った」

 ルゥリアは立て続けに語られた内容の衝撃を受け止めながら、心の中で整理していった。それが一段落したところでようやく落ち着いて声を出す事が出来た。

「それは、生身での戦いになるのですね」

「何を言っている」

 冷たい視線と言葉が返ってきた。

「そんな事をして、我らのプロジェクトに何の得がある」

「え? でも、トマーデン公はゴーレム騎士ではありません」

「承知だ。だからこそ、ゴーレムでの決闘なのだ」

「それは……」

「無論、そう都合よくはいくまい。リグル・スワルダが助太刀としてゴーレム・デクスマギンを操作する事になるだろう。

 リグルとデクスマギンは、グーフェルギに勝っている。トマーデン公の体を気遣わざるを得ない為に、その動きは多少鈍るだろうが、勝てるかどうかは五分五分だ。それでもやるか。そして戦った後、後悔しないと確信できるか」


 怒涛のような早口を咀嚼しながら、先ほど自分を止めようとしたのは、ホイデンスの優しさだと気付いた。それでも。

「トマーデン公は、あの男はグーフェルギ様とは違います。自分は危険を冒さずに人を傷つけ、権勢を広げてきました。平気で他人を踏みにじる、あの男だけは、絶対に許してはおけません。後悔はしません」

 心と体が熱くなるのを感じながら、強く言葉を送り出す。

「やります」



 翌日。

 ルゥリアは会議センターのスタジオに赴いた。ネットに公開する動画を収録するためである。

 再び礼服を身にまとい、カメラの前に立つ。


「さる狼の月、十五日。

 私は、父の仇である革命騎士グーフェルギ・ハリバンを、ゴーレム戦にて討ち果たしました。これよりしばしの時を置き、祖国ノヴォルジに帰還いたします」


 ルゥリアは、いったん言葉を切った。これからが、大事な話になるのだ。


 マロナ博士と会ってから、ルゥリアは発表の草稿を大きく変えたいと申し出た。単に事実の、それも極めて限られた事実の発表と感謝の言葉だけだった当初の草稿。

 だが彼女は、グーフェルギの、グゴルの思いを知り、それを人々に伝えたいと思った。

 それを口にした時、ナイードからは忠告があった。亜人に過剰に肩入れしていると取られれば、反発を買いかねないと。

 だがルゥリアは諦めなかった。彼の忠告を踏まえ、チェックをしてもらいながら、自分の考えを盛り込んでいったのだった。

 視線を上げ、プロンプターに流れ始めた原稿を読み上げようとした。


(!)


 声が出なかった。喉がこわばり、舌が固まっている。

『どうかしましたか?』

 プロンプターが止まり、イヤホンからスタジオスタッフの声がする。

「ちょ……ちょっと……待ってください」

 かすれた声でかろうじていうと、脇のテーブルに用意された飲み物を口に含む。だが、喉の渇きのせいでない事は、自分で良く分かっていた。


 恐れだ。


 果たし状のメッセージを収録した時、恐れはなかった。敵は、グーフェルギとその一味、そしてトマーデン公。だがこのメッセージを見る世界の人々が、自分に敵対的な感情を持っているとは思っていなかった。

 本当の所がどうかは分からないが、多くの人が応援してくれる、そう信じていた。

 だが今回は、多くの人が怒るかもしれない。嫌悪するかもしれない。そう思った時、恐怖が喉を締め上げたのだった。


 目を閉じて、深呼吸をする。

 彼と戦った時、命を賭けたあの時間。それに比べれば、何を恐れる事があるだろう。

 これも、戦いなのだ。自分が奪ったグーフェルギ即ちグゴラル様の命、その思いを無にしないために。

 さあ。はじめよう。

 目を開き、息をゆっくりと送り出す。喉が開き、落ち着いた声が流れ出た。



 ここで、グーフェルギ・ハリバンについて話をさせてください。

 父の命を奪い、世界でも凶行を繰り返したその行いは、今でも許せません。

 ですが、剣を交え言葉を交わした今、その願いは理解できるような気がします。

 彼は、世界で亜人たちが置かれた境遇に心を痛めていたのです。亜人達の心の痛みはヒトと同じだと理解していたのです。


 私は、今まで世界に対して無知でした。

 ですがグーフェルギとの戦いで、あるいはそこまでの色々な方々との出会いで、世界には様々な痛みや苦しみがある事を、本の中の知識ではなく、心で捉える事が出来ました。

 彼も、戦いでは虐げられた人々を救えない事には気付いていました。

 それでも、亜人の方々をはじめとする声なき人々の代わりに、彼はその痛みと苦しみを叫んでいたのです。


 私が、もし父の跡を継ぎ騎士となれましたなれば、戦いの中でどれほど生きられるものか分かりませんが、世界が少しでも優しくなる為に微力を尽くしたいと思っております。

 そしてどうか皆さまも、時にヒトでない方々の暮らしについてお考え下さいますようにお願いいたします。そうする事で、少しだけ明日の世界は今日よりも幸せになると信じております。


 最後に、仇討ちのお許しをくださいました皇帝陛下。

 後見を務めてくださりましたルベンス伯ディグナー閣下。

 決闘の審判をお努めくださいましたヴルカヌス島暫定領主ウェグリル様。

 そして世界の皆様からの様々な支援に、心から感謝いたします。

 ありがとうございました。



「おはよう」

 ホベルドに声を掛けられて目を開けると、いつもの第九ブロック休憩室だった。

「あ、あれ?」

 目をこすりながら見回す。収録を終えてスタジオの控え室で少し休んでいただけの筈だったのだけれど。

「あの、私……」

「ぐっすり寝ているので起こしにくいって連絡があってね」

「で、では、殿下に運んでいただいてしまったのですか?」

「うん、お姫様にふさわしい抱き上げ方でね」

 その言葉を具体的に想像すると、顔が熱くなり、脳がパニックになる。

「ほほほ本当ですか!」

「うん」

 うなずくホベルドの頭に、くしゃっという物音とほぼ同時に紙つぶてが命中した。

「そこ、嘘をつかない」

 声の方を見ると、アルビーが投げた姿勢のままでホベルドを睨んでいた。

「普通にみんなで担架と車で運んだから」

「あ、そうなのですね……ありがとうございました……」

「がっかりしてるの?」

「いえそんな事は」

「あ、目が覚めたね?」

 トルオが紙コップを持ってきた。話題が切られてほっとしたルゥリア、

「ありがとうございます」

 受け取って蓋を外すと、予想通りホットチョコレートの匂いが立ち昇る。

 カップを口に着けると、暖かく甘く、そして微かな苦みを秘めた液体が流れ込み、身と心を落ち着かせてくれた。

「さて、これなら間に合いそうだね」

 トルオが見た先の壁の時計を見て、ルゥリアは驚愕した。すでに日も暮れる時間だった。

「四時間も眠っていたのですか」

「うん。でも礼服も皴になってないし、このまま出れば間に合うよ」

「……そうですね」

 ルゥリアは立ち上がった。

 今宵、間もなくグーフェルギの弔いが行われるのだ。

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