二十一.生まれ変わりて

 会議室での騒動が一段落した後、ルゥリアは拘束した二人に面会する事が決まった。

 その前にホイデンス所長とナイードが幾つかの事情を説明を受ける事になったが、トルカネイの行動に腰を抜かしたホイデンスの治療に一時間ほど待たされ、ようやくナイードに支えられて彼が入ってきた。

「大丈夫ですか?」

「うむ。大事は無い」

 ルゥリアの心配に、そう答えながら着席したホイデンスの顔は渋い。彼を支えていたナイードが片目をつぶる。

「大丈夫だよ。マッサージして痛み止め打ってコルセットしたからね」

「そういう事は言うものではない」

 ホイデンスはうなった。


「竜人! ……ですか?」

 ホイデンスの説明に、ルゥリアは思わず尋ね返した。

「そうだ。スタッフへの尋問、押収したデータと……などから確認した」

 珍しく言葉を濁したホイデンスにルゥリアは察する。おそらく、ルークリッジの頭部の残骸を調べた結果もそれを裏付けたのだろう。

「お前は、竜人を見た事はあるか?」

「いいえ、実際にお会いした事は有りません」

「だろうな。ノヴォルジは彼らには寒すぎる」

 時々顔をしかめながらホイデンスが話すグーフェルギ・ハリバンの正体。それは南方大陸の熱帯森林地帯に棲む竜人だった。

 彼らは、龍の近縁とされるリザードマンの一族で、同族の中ではゴブリンなどの亜人に近い高い知能を持つ。

 その強靭な巨躯で最強を争い合う戦士の文化を誇りとし、数と知略で勝るヒト族に服従させられるようになっても、戦場の最前線で活躍した。

 だが異世界からの技術が戦場をも変革すると、竜人の強みは失われていった。現代では民衆の威圧を目的とする治安部隊に配備されている。

「竜人の方のサイボーグ、というのはよくある事なのでしょうか?」

「無いな」

 ホイデンスは断言する。

「そもそも体を機械化しても生きたいというのがヒト固有の精神性だとされている。ましてやリザードマンは自らの肉体を誇りとする種族だ。無論高額な手術費、その後のメンテナンス費用などもネックになる。あらためて調べてみたが、過去の手術例がない」

「では、いったい……」

「押収したデータの分析でも今後分かるだろうが、まずは直接聞いてみる事だ。先に面会した時は、完全黙秘だったが、今回はそれを崩す」

 ホイデンスは厳しい顔で宣言した。



 二人の魔学者が拘束された警備員室の前には、企業傭兵が立っていた。ホイデンスが声を掛けると、中からごつい体格の隊長が出てきた。

「なかなか頑固ですよ、女の方はね。男の方はちょっと痛めつければ吐きそうですが、どうします?」

 右手の指を曲げながら鳴らしてニヤリと笑う。ルゥリアは自分の顔が青くなるのを感じながらホイデンスを仰ぎ見た。彼は表情を変えぬまま、

「それは最後の手段としておこう」

 とだけ答えたので、ルゥリアは安堵した。

 隊長は慇懃に会釈をして、ドアを短く二回ノックして開いた。


 ホイデンスとナイードの後から部屋に入ると、部屋の四隅に銃を持って立つ企業傭兵と、机に並ぶ男女が目に入った。どちらも年の頃はホイデンスやケリエステラと同じだろうと思える。

 不安げに視線をうろつかせている東方人の男性が、リーチェ・クシェン博士。ルゥリアを睨んだ灰色の髪の西方人女性がマロナ・ドーカス博士。

 ルゥリアはむっとしてマロナを睨み返し、ナイードがそれを取りなすように紹介した。

「ご存知でしょうが、ルーンリリア・バリンタ嬢です。さ」

 最後の言葉は、ホイデンスとルゥリアに向けられていた。促されてそれぞれ席に着く。ホイデンスは口元を引き締め、ゆっくりと腰を下ろした。ルゥリアは一番左、マロナに近い方に座る。

 刺すような視線に体をこわばらせながら、息を吐いて話し始めた。

「直接お会いするのは、初めてですね」

 会釈すると、クシェン博士は小さく頭を下げるが、ローカス博士は微動だにしない。ルゥリアはその刺さるような視線を正面から受け止め、言葉を続ける。

「今日参りましたのは、グーフェルギ様の事を、教えていただきたいからです」

 マロナの眉がピクリと動く。それが前向きなサインであることを願いながら、言葉をつづけた。

「父がいまわの際に、グーフェルギ様は気持ちのいい相手だったと言い残しました。そして戦った私も、その意味が分かりました。

 グーフェルギ様は、覚悟した者同士の戦いを、喜んでいました。裏表なく、ただひたすら良き戦いを願っておられると感じました」

 いったん言葉を切るが、マロナは押し黙ったままだ。

「私は、父やグーフェルギ様のように、心から戦いを好きにはなれそうもありません。でもそれだからこそ、グーフェルギ様の事を知りたいのです。グーフェルギ様は、どのような人生を歩んでこられ、どのように戦ってこられたのかを聞かせてください。お願いいたします」

 頭を下げる。

 だがマロナはルゥリアを無視し、ホイデンスに冷たい言葉を向けた。

「泣き落としとは古典的だな」

 その言葉はルゥリアの胸に突き刺さった。ホイデンスも不機嫌な低い声で答える。

「泣き落しだと感じるのは、自分の中にその訴えに呼応する感情があると自覚しているからだ。それが無ければ泣き落としであることも気付かない」

 その言葉にマロナの目がさらに険しくなり、ナイードはホイデンスの肘を突いた。

「怒らせてどうするんです」

 ホイデンスは肩をすくめる。

「駆け引きや愛想はお前の担当だ」

「やれやれ」

 ナイードは苦笑しながら、上着の内ポケットから携帯端末を取り出した。

「これ、一時お返しします」

 机の上を滑らせて、ドーカス博士に渡す。

「保管している間に、グーフェルギからの音声メッセージが着信しましてね」

 マロナ博士の頬がピクリと動く。

「死後、送信されるようになっていたようですね。内容は確認させてもらいました。パスコードは破らざるを得ませんでした」

「だろうな」

「あなた方あての、最後はとりわけて貴女宛ての個人的なメッセージでした。お聞きください」

 差し出された端末を見つめるマロナ。その視線がルゥリアの方を向き、

「お前も聞いたのか?」

 初めて自分に向けられた言葉。ルゥリアは微かに震えながら返す。

「い、いえ」

「そうか」

 マロナは端末を操作して机に置き、画面に触れた。

「いいのか?」

「別に構わない」

 ホイデンスの問いに彼女が肩をすくめると同時に、端末から声が流れ出た。ルゥリアもプリモディウスの操者殻で聞いた、グーフェルギの声だ。



 ふむ。これでいいのか? そうか。

 あー、これは、デ…いかんか。うむ。とある有志の手助けを得て、残すわしの言葉だ。

 言うなれば、遺言という事になるか。

 これは、わしの死後に送信されるはずだ。


「デイールの奴……」

 マロナが顔をしかめる。


 ドーカス博士、クシェン博士。二人の力でわしはこの体を得て、ヒトとの対等な戦いを楽しんできた。日々楽しく……ああ、なんと言ったか。そう、充実か。充実しておる。

 その日々の中で、色々な事を知る事が出来た。一人一人は我らよりはるかに弱いヒトの、言葉で繋がり、一つの存在として支え合った時の強さ。それゆえに分裂し、争い合ってしまう難しさも。

 ヒトの世界では、戦いを始める事はたやすいが、終わらせることが難しいという事も学んだ。

 無論わしはリグル・スワルダのデクスマギンと再戦して勝ち、契約期間を戦い抜くつつもりだ。だがわしに万が一の事があった場合、二人やスタッフの皆が無事であらねばならない。

 であるから、この遺言をもって宣言する。

 革命騎士としてのこの戦い、全てはわしの一存で決めた事。彼らは……そう、臣としてわしに尽くしてくれたまで。責を負うべきものはわしの他にはおらぬという事をな。


 ドーカス博士、クシェン博士。そして全ての者たちよ。わしはその尽力に感謝する。

 感謝……そう、最初に聞いた時は、意味が分からなかった。我が種族には無いものだからな。だがこの体と補助脳のおかげで、そしてそなたらとの日々の中で、分かってきたのだ。おのれの力と祖神以外にも、我を助ける者がいるという事の温かさを。


 最後に一つだけ。

 マロナ、次にも同じ時代に生まれ得るなら、竜人に生まれ変わり、わしとつがいとなってほしい。そなたは、わしの知る最高の女だ。

 ありがとう。



 ルゥリアは体を貫く電流のような刺激に身を震わせた。それは、愛の告白だった。

「はは……」

 マロナの浅い笑い声がした。

 死線を上げると彼女は、引きつったような笑みを浮かべていた。

「何を言ってるんだ」

 青白かったその頬に赤みが差す。

「あの乱暴者め」

 やがて顔が歪み、押さえた手の指の間から、涙が零れ落ちた。

 誰も動かず、声も発しなかった。ルゥリアの思考も麻痺していた。

 異種族間の愛というものがある事は聞いたことがあった。それでもほとんどヒトとエルフの間であって、リザードマンとの間にあろうとは想像もしていなかったのだ。


 やがてマロナは、溜息をついた。

「こんなの、卑怯だろう」

 ホイデンスは視線をそらし、かすれた声でつぶやいた。

「だから言ったのだ。良いのかと」

「そう……だったな」

 マロナは大きく息を吐き、肩の力を抜いた。その顔からも険が薄れていく。

「道理で、デイールめ、最近妙な顔でこちらを見ていた訳だ」

 口の端を上げて笑う。それは苦笑ではあったが、自然な笑みに見えた。

「今、分かった。確かに私は、彼を愛していたのだな」

 その言葉を聞いたルゥリアの瞼の裏が熱くなり、世界が揺れ、滲み、流れ落ちる。

「おい、なぜお前が泣く」

 マロナの声が慌てる。

「すみません……」

「気にするな。こいつはただの思春期特有の共感過多だ」

 ホイデンスの言葉に、マロナは呆れて返す。

「貴様は共感過少の酷い奴だな」

「うむ。俺は狂気の魔学者だからな」

「なぜそんな恥ずかしい事を偉そうに言える?」

 その会話に、ルゥリアは泣きながら笑った。

「ローカス博士」

 それまで黙っていたクシェン博士が口を開いた。

「彼らこそ、我らが敗れるのに一番良い相手ではないかな」

「そうかも知れません」

 マロナもうなずいた。

「ルーンリリア・バリンタ、聞いてくれるか、あいつの……グーフェルギの物語を」

「はい」

 ルゥリアは、涙を拭きながら答えた。


 マロナは腕を組み、目を伏せて話し始める。

「あいつは、お前やお前の父親が戦場で感じたという通りの男だ。戦いを愛し、強さを愛する。弱者には優しく、生きていることを楽しんだ。

 サイボーグになってからも暖かい場所を好み、秘密保持が許す限り格納庫より屋外で寝ていた。

 食べられなくてもいいから、ものを噛む顎が欲しいと言って、クシェン博士を困らせた。顎を作ると、パンクしたタイヤを肉のように噛んで喜んでいた……」


 一度話し始めると、彼女の口から流れ出る思い出は果てることを知らないようだった。

 それを聞きながら、ああ、とルゥリアは思った。

 これほどグーフェルギを愛していたなら、彼を守るために何でもするだろう。それが一番大事なのだから。それこそ目撃者を全て殺せとだって言うだろう。

 その行為は許せないけれど、そうしてしまう心は、ルゥリアにも分かる。人を好きになる事が、どれほど人を駆り立てるものか。自分も知っている。


 革命騎士グーフェルギ・ハリバンの正体は、竜人ゴデン族の族長グゴラルであった。

 恵まれた肉体と突出した闘争本能で、同族内どころか近隣諸族との戦いでも無敵を誇っていた勇者。

 しかし彼らの居住地を支配するロンバ帝国への従軍義務を果たす時、彼と部族の勇者たちに任されるのは、武器らしい武器を持たぬ民衆の威圧、時には武力での鎮圧だった。

 彼らの素手でも殴れば血を拭きだす脆いヒト族を、棍棒で何人もまとめて殴り飛ばす。相手は物を投げ、唾を吐き、罵り、泣き叫ぶ。

 それは、強い者と戦う事を至上の価値とする竜人にとっては、苦痛でしかない戦いだった。


 しかし、幾度もの争乱鎮圧で功を上げたグーフェルギに、帝国からの提案があった。それは、機械ゴーレムを肉体とするサイボーグ化。

 人の力を超えるサイボーグは賢者会議の声明違反だが、強い竜骨騎騎士を持たないロンバ帝国は、国境争いの決闘や国威発揚、実戦データ収集のためにそれを敢えて求めたのだった。

 5年の奉仕期間の後、引退後はヒト型のサイボーグ体と、帝国貴族の地位が約束されていた。

 グゴラルはそれを得て、竜人に誇りある生き方を取り戻したいと思ったのだった。


 だが手術後半年のリハビリ期間を経てのヴィラージとの初戦、彼との会話の中で、グゴラルはヒト族の元で亜人達が差別されている状況に気付いた。

 以後、彼は帝国の思惑を超え、戦いの相手を亜人族に対する抑圧者にする事を主張し始めた。

 あくまでも新技術開発プロジェクトとして参加していたマロナだったが、その熱意に共鳴するようになり、クシェン博士や他のスタッフを説得する側に回っていたのだった。

 万が一の漏洩に対する責任逃れのため、帝国の地位ある人間は派遣されていなかったため、測定データさえ送っていれば自由な目標選択が許されたのも幸いした。

 だが、各国の高位にある騎士・武士を狙ったその戦いがそれらの国の激しい怒りを招き、討伐隊がいくつも出動する状況になると、ロンバとグーフェルギとの間で思惑の違いが顕在化していった。

 デキスマギンとの再戦を最後に、革命騎士としての戦いを終えざるを得ない状況。その前に強化・改善点を確認するため、ネット上では既知の間柄だったホイデンス・ケリエステラの機械ゴーレムとの演習に臨んだのだった。


「それが、我々をおびき出す罠だと気づかなかったのは不覚の至りだが、何を言っても負け犬の遠吠えだな。後の事は、お前たちが知る通りだ」

 マロナは苦笑しつつ肩をすくめた。

「整理はついた。私はクシェン博士とは違う。私はグーフェルギの共謀者だ。マレディオンに引き渡しても構わない」

 ホイデンスの視線がルゥリアの方を向く。彼女はうつむき、首を横に振った。今はもう、マロナやクシェン博士の死を望む気にはなれなかった。

 ホイデンスは顔を上げて答える。

「二人ともアバンティーノに送還し、査問委員会に引き渡す。恐らくだが、研究刑務所で、専門分野での研究懲役10年から15年……実質は10年以内という所だろう」

 マロナは目を閉じ、クシェン博士は安堵の息をつく。

「これで、ロンバ帝国に口封じの為に暗殺される心配だけは無さそうだな」

「無論だ。ディヴァやノヴォルジにも引き渡される事は無かろう。二人ともアバンティーノの頭脳資産だからな」

 その会話を聞きながら、ほっとしている自分にルゥリアは気付いた。


「ローカス博士。一つおうかがいしてもよろしいですか?」

 ルゥリアの問いに、マロナはうなずく。

「ああ」

「私との戦いの時、グーフェルギ様は自動防衛システムを切っておられましたか?」

 マロナは視線を伏せる。

「ああ、そうだ。お前の父親との戦いが、それによって不本意な形で終わった事を後悔していたのだ。

 デクスマギンとの戦いでも、それが遅れを取った原因の一つとなったが、あいつは戻そうとはしなかった。」

 それは予想通りの答えだったが、ルゥリアは胸が熱くなるのを感じた。父とグーフェルギの戦いが自分の戦いの原因だったが、どうじに自分が生き延びたのも、その戦いのおかげだったのだ。

「分かりました。本当にありがとうございました」

 ルゥリアは深く頭を下げた。



 翌日、アバンティーノの自警隊と検察部隊が飛行機で到着。ドーカス、クシェンの両博士はその監視下に移った。騎士連盟やマレディオン帝国当局との折衝の後、二人やその研究員はアバンティーノに送還される事になろう。

 ホイデンスとケリエステラの両研究所のスタッフは、その研究員達からの聞き取りを行い、彼らが逮捕される前に、押収したデータや機材を有効に生かす情報を得ようとしている。

 その最中さなか、ホイデンスがルゥリアを呼び出した。

「なんでしょうか」

 部屋に入ったルゥリアが席に着く。だがホイデンスはしばらくタブレットを見つめたまま動かなかった。

 また思索に没頭している。そう思ったルゥリアがしばらく待つことを覚悟した時、ホイデンスが口を開いた。

「お前、このままノヴェスターナに亡命してはどうだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る