十九.決戦ヴルカヌス(後)

 プリモディウスは盾と剣を構え、相対するルークリッジはメイスを両手で振りかぶる。

『それではあらためて、参るぞ!』

「はい!」

 ルゥリア=プリモディウスは振り下ろされたそれを、盾と剣で挟んで受けた。火花が散るほどの衝撃を受け、崩れそうになる足を踏ん張って耐える。

「でやああっ!」

 そこからメイスを体の右にそらせ、大地に押し付けた。そのまま左肩でルークリッジに体当たりする。

『うぬっ!』

 姿勢が崩れたルークリッジは、メイスを手放して数歩飛び下がった。背後のトレーラーから槍を取り上げる。盾を背に負い、確かめるように槍を振り回した。

『これではどうか!』

 穂先のロケットモーターが点火。加速された槍が左から横薙ぎに来る。

 プリモディウスは翼を青く輝かせて飛び上がる。浮揚力にモーターで強化された跳躍力を併せ、相手の身長よりも高く飛んだプリモディウスは、ルークリッジに飛び蹴りを食らわせた。

 反動で再び飛び上がり、今度は飛翔力を下向きに反転。ルークリッジが振り切った槍めがけて急速に落下すると、足で剛力槍をへし折った。

『ぬおっ!』

「お返しです!」

 プリモディウスと一体になり、闘志で熱くなった頭で叫ぶ。

『やるではないか!』

 ルークリッジは即座に槍を手放し、体当たりの仕返し。その反動で横に飛び、両手を地について横転した。

『な!』

(え?)

 管制室から驚きの声が飛び、ルゥリアも目を疑った。巨大な国王騎級の機械ゴーレムが、軽業をこなす。それは今までの機械騎ではありえない事だった。

 その驚きが生んだ隙で、ルークリッジはメイスを地から拾い上げて肩に乗せる。

『まだまだいけるぞ!』

 ルークリッジが踏み込みメイスを横に振るう。

「はい!」

 ルゥリアは姿勢を低く横に移動。肩の装甲を生贄にメイスをかわし、剣で相手の膝を抉った。

『ぐっ!』

 グーフェルギが呻き、機械騎は体勢を崩して地に手をついた。

『その剣筋、リグル・スワルダと似ておるな』

 ルゥリアは思わず怒りの声を上げた。

「あ、あ、あの人とは関係ありません! この剣のお師匠は、もっとずっと立派な方です!」

『そうか、それは済まぬな』

 グーフェルギは素直に謝った。


 戦場は、模擬市街地から荒れ地に移っていた。盾で膝をかばいつつ立ち上がり、メイスを振るって攻めかかろうとするグーフェルギに、ルゥリアはプリモディウスの爪先で石混じりの土を相手の顔に向けて蹴り飛ばした。

『ウォッ!』

 それは僅かでも視界を乱せばという程度の行為だったが、ルークリッジは意外なほどに慌て、顔を背けた。

 すかさず斬りつけるが、ルークリッジは顔を背けたままで盾を振るって剣を弾き、すぐに立ち上がった。

『ははははは!』

 グーフェルギの笑い声と共に、ルークリッジも笑うように体をそらせた。

『お主、思った以上に面白い戦い方をするものよの!』

 そう問われて、思わず話してしまう。

「それは、不幸の中でも強く生きる女性ひと……私が姉とも思う人の戦い方です!」

『そうか。お主は、幾人もの良い師を持ったようだな』

 グーフェルギの言葉に、ルゥリアは自らの剣を形作ってくれた人を思い浮かべた。


 剣の基本は父から。

 折り目正しい剣さばきは、アルベリンから。

 軽い邪道を混ぜていくスタイルはホベルドから。

 動きの重心を見抜き、そこを突く戦い方はゼーヴェから。

 手段を選ばず地の利を活かす戦いはノランから。

 皆、この面倒くさい自分の為に、根気強く教えてくれた。

 ルゥリアはこみ上げる思いを押さえて答えた。

「はい。本当に、そう思います」

『善き哉、善き哉。だがわしも戦った敵を師として学んできた。まだ終わらんぞ!』

 ルークリッジが背を向けつつ体をかがめる。尾が鞭のようにプリモディウスの状態めがけて飛んできた。

 しかしその戦い方も想定内だった。グーフェルギとリョウゲの戦いの記録を、マダンの人脈を通してシンドラ王国から入手していたのだ。

 ルゥリアもプリモディウスの巨体を振り、尾をぶつけあい、絡め合い、地に叩きつけた。

 振り向いたプリモディウスと、ルークリッジは再び打ち合う。メイスを盾で受けつつ、その柄に剣を振り下ろす。プリモディウスの、ルゥリアの両手に強い衝撃が走った。

「くっ!」

 剣が折れ、盾が大きく凹んだが、ルークリッジのメイスも断ち切る事ができた。

(よし!)

 すかさず腰の後ろから短剣を抜き、相手の懐に飛び込む。

 だが。


『ジャベリン!』

 最低限の言葉、最速の滑舌、最大の音量。インカムからトルカネイの警告が響いた。

(しまった!)

 その意味はルゥリアにも即座に伝わった。

 グーフェルギの盾の内側から放たれるロケットジャベリン。その射角に操者殻がむき出しになってしまっていた。

 その武器は、グーフェルギの操作以外にも、敵が接近した場合に自動的に発射される。それによって父も命を落としたのだ。

 今この瞬間にも、ジャベリンの先端は盾の下からこちらを向いている。動き出したプリモディウスの巨体は、すぐには止められない。必死で自分の盾を持ち上げようとする。

 だが焦りで加速した思考に比べ、ゴーレムの動きはあまりにも遅い。今、この瞬間にもジャベリンが発射されるかもしれないのに。


 恐れたその瞬間は、訪れなかった。

 盾がプリモディウスの操者殻を庇った後になって、グーフェルギが盾の先をプリモディウスの頭部に向けて吼えたのだった。

『これがわしの、最後の切り札よ!』

 閃光と爆音で放たれたジャベリンだが、既に意識が対応しているルゥリアには大きな問題ではなかった。腕を上げてジャベリンを盾で受ける。衝撃と共に三本のジャベリンが盾を貫いて破片を散らす。その向こうでは、ワイヤーがグーフェルギの盾に繋がっているはず。

(今だ!)

 ルゥリアは、上体を思い切りひねり、盾を持つ左腕を後ろに振った。

『ぬおっ!』

 グーフェルギの声が慌てる。

 予想通り、ルークリッジの盾がワイヤーで引かれ、体勢が崩れた。がら空きになった脇腹に短剣を突きさす。

『ぐっ!』

 まるで自分が刺されたようなうめき声を聞き流して短剣を手放す。

 空いた右腕に意識を向けると、内側からグレネードランチャがせり出し、即座に発砲。飛び出した成形炸薬弾は、ルークリッジの腰を撃ち抜いた。

『おおっ!』

 ルークリッジは腰から火花と煙を噴き出しながら崩れ落ち、盾も取り落として両手を地についた。

 その戦闘力は、完全に失われた。

 ルゥリアは右腕をルークリッジの操者殻に向け直す。

「こちらにも、最後の切り札はあったんです!」



 仮管制室で、スタッフから一斉に歓声が上がった。

「まだだ!」

 ホベルドが大声で制し、トルカネイも肯く。

「まだ越えなければならないハードルがある」

 一旦言葉を切り、静かに言葉を押し出した。

「それは、一番高いハードルかもしれない」

 その直後に通信機から、グーフェルギの声が飛び込んで来た。

『やりおったな。ヴィラージの娘。見事な戦いぶりであった。さあ、撃つが良い』

 少し間があって、

『はい』

 返事があった。

 そして、そのまま動かなくなった。



 ルゥリアは、動けなくなっていた。

 その事は、以前にホベルドに忠告されていた。

 『とどめを刺す時は、相手が隙を見せた瞬間、頭から胸まで何発でも撃つんだ。考えたら駄目だ』

 それは、どれが命を奪ったか分からないようにという意味だと、彼女にも分かっていた。

 だが、考えてしまった。

 分かったのだ。父が、グーフェルギを気持ちいい奴といった意味が。

 暴力的で、粗野で、無神経で腹立たしいけれど、ただひたすら戦いが好きで、陽気で、戦いの駆け引きはあっても裏表がない。

 父の命を奪った恨みはけっして消えない。だけど、憎しみはどうなのだろう?

『何をしておる。撃たねば終わらぬぞ!』

「わ、分かってます!」

 我ながら、間の抜けた返事だと思う。

 自分から、とどめを促すなんて、この人もどうかしている。でも、そう、憎む気持ちはもう消えてしまった。

 だから、撃てない。

 どうにか撃たずに済む道はないか、必死に考えてしまっている。そんなものは無いと、分かっているのに。



「やはりか」

 仮管制室で、トルカネイが呻く。

 ホベルドはまなじりを決し、ホイデンスの卓上に手を伸ばしてマイクを掴む。だがその手をホイデンスが押さえた。



『何をしてる! 撃てっ!』

 ホイデンスの叫びがインカムを通じ、雷鳴のように耳を打った。

(!)

 引き金に繋がった意識が動く。だがとっさにその砲口を、胸の操者殻から頭部へ移してしまう。

『やめろおおおお!』

 レイディアと名乗った女性の叫びを聞いた瞬間、撃鉄が落ちる。全身に響く反動、爆炎と共に飛び出した弾が、ルークリッジの頭部を吹き飛ばした。

(あ……)

 凍り付いた思考。だが、安堵する気持ちもあった。操者殻は無事だ。それは問題を先送りしたに過ぎないけれど……そう思った時。

 ルークリッジの巨体が動いた。はじめは微かに、そして見る間に加速して、前に倒れていく。全身から力が抜け、うつぶせに倒れ込んだ。地響きと共に土煙が舞い上がる。

 その動きを見て、ルゥリアは察した。


 彼は、グーフェルギ・ハリバンは死んだのだ。


 なぜ今の一撃でそうなったのかは、分からない。

 だが、あのレイディアの叫び声で分かった。操者殻ではなく、頭部に彼はいた。

 そして間違いなく自分が、その命を奪ったのだ。


 体から熱が抜けていく。沸き立っていた心も醒めていく。

 今まで感じなかった風が、太陽の熱が、海鳥の鳴き声が、一度に戻ってきた。

 主機の回転音が落ち、プリモディウスとの一体感も急速に薄れていった。

『そこまで! 勝者、ルーンリリア・バリンタ!』

 審判の声を聞きながら、彼女は意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る