十七.決戦ヴルカヌス(前)
太陽が中天に近づき、強い日差しが機体を焼く。
プリモディウスと合一したルゥリアは、その熱を自らの体のように感じている。
眼前の敵、グーフェルギの機械騎ルークリッジからも陽炎が立ち昇る。
ルゥリアは深呼吸。
(全ては、今日この時のためだった!)
おのれの身からも、その陽炎のように怒りの気が立ち昇るのをイメージし、意識を戦いに集中しようとした時、
『心地よい日差しよの!』
グーフェルギからの音声通信が回路に飛び込む。ルゥリアはその無神経な語り掛けに苛立ち、答えを拒む。
今さら何を語る必要があるだろう。語るとしたら、最後のとどめを刺す時だけ…。
『こら、ヴィラージの娘! 返事ぐらいしてはどうか!』
「す、すみません」
強い調子で叱られて思わず答えてしまい、自己嫌悪に陥る。
『うむ。ヒトにとって礼儀は大事よの』
「いや、いえ、今のは無しで……」
『良いではないか。語らいながら、血沸き肉躍る戦いを存分に楽しもうぞ』
なんだろう、この人。ルゥリアは呆れた。
これが父の言っていた、いくさ馬鹿というものなのだろうか。しかし、戦場の父といえど、ここまで能天気だった筈はないと思うのだが。
『相手のペースに巻き込まれるな。集中しろ』
「分かっています!」
無線で伝わるホイデンスの叱咤に、ルゥリアはいらいらと答えた。
「なんなんだ、あいつ」
マイクを切って唸るホイデンスに、トルカネイが振り向いて微かに笑む。
「忠告に感謝している、そう言っているのだ」
「本当か?」
「そのぐらい、察してやる事だ。父親代理殿」
からかうようなトルカネイの言葉。ホイデンスは椅子に沈み込みながらつぶやいた。
「不器用め」
「お前が言うか」
ケリエステラ所長が即座に言葉を打ち返した。
『この決闘は、国際騎士協会決闘ルール1号改訂版47に基づいて行われる』
審判であるマレディオン騎士軍准将ウェグリル卿の声が無線で届く。
彼は今、演習場の管制塔から、全てのカメラの画像を見られる状況で声を送っている。
『武器の種類は無制限。ただし弾倉交換は禁止。島の高度制限は厳密に適用される』
両所長は、トルカネイを通し、島の暫定領主を務める騎士ウェグリルに、万が一の場合の審判を依頼していた。
ウェグリルもマレディオンの軍人としては、テロリストとして指名手配されているグーフェルギを、島の全戦力で殲滅しなければならない立場だ。
それを承知の上で、しかし協会に属する騎士として、仇討ちを各国の法より優先する騎士の掟を守り、自国軍と政府への報告を後回しにして立ち会う事を承諾したのだった。
『この決闘は、いずれかが死ぬか、意思表示が不可能になるまで行う。双方、異論はないか』
『無論、ない』「ありません!」
グーフェルギの声に被せるように、ルゥリアも答える。
『では、始めよ!』
『うぉおおおお!』
審判の声と同時に、グーフェルギは突進してきた。
ルゥリアは即座にプリモディウスの飛翔力を発動する。ダクテッドファンも全力回転し、浮上しつつ後退。手持ち自動砲の引き金をひく。
プリモディウスの体を震わせる重い反動。赤熱した砲弾がルークリッジに迫るが、相手は盾をかざして砲弾をはじいた。直後に炸裂、閃光と衝撃。
ルゥリアはプリモディウスが感じた反動と衝撃に、自らが放つ弾が人を殺すための実弾であることを、改めて実感した。しかしその重みを飲み込む間もなく、爆煙の中からルークリッジが飛び出してくる。
『いきなり逃げるか!』
なんと言われても構わない。これが私の戦い方だ。
答えず再び発砲。足元を狙った弾を、しかしグーフェルギは読んでいて、跳躍でかわずと同時にブースターに点火。炎と白煙を噴き出して浮上して追ってくる。
こちらも速さに乗り、全身が風を切る。表面の熱が急速に失われていく代りに、胸の中のガスタービンが熱くなる。
『挙動判定。機械ゴーレムです!』
ケリエステラのスタッフから通信が入り、トルカネイの声がそれにかぶさる。
『よし、ルゥリア。作戦1-1、本命だ!』
それは、人工竜骨騎ではない純然たる機械ゴーレムを想定した作戦。速いが小回りが利かない相手の突進を、竜骨騎の飛翔力を生かした空中機動でかわし、システムに補助された予測砲撃で当てていく作戦だ。
「はい!」
叫ぶと同時に身を翻す。ルークリッジの突進をかわし、その背に砲撃。振り向き構えた盾に命中する。
『ぬおっ!』
直撃は防がれるが、弾片や衝撃波が装甲や装備を脱落させた。
しかし相手も即座に反撃。その砲撃は、システムが画像分析で予測された射線と、引き金を聞く動作で警告されるタイミングで回避。弾が掠める衝撃波。直後に炸裂。予測通りに盾で防ぎ、反撃する。
接近戦で強い相手、遠距離戦で大きなダメージを与えておきたい。更に砲撃戦を続けながら確信する。グーフェルギ、射撃はそれほど巧みではない。戦い慣れているが、本気のマダンほど手ごわくはない!
「いける!」
「マダン戦より楽だ!」
仮管制室でも、スタッフたちが有利な戦況に盛り上がっていた。そこに、鋭い声が鞭を撃つように響く。
「調子に乗るな!」
トルカネイが立ち上がり、周りを見据えていた。
「グーフェルギの本領は接近戦だ。まだ本番はこの後だと思え!」
静まった一同に、頬を僅かに緩める。
「引き続き、着実なサポートを頼む!」
「「はい!」」
皆が答え、最も高揚していたホイデンス所長は、気まずい表情で視線を逸らした。
騎士たちの席では、中腰のアルベリンが開きかけた口を閉じ、体を椅子に落とす。隣のホベルドがその顔を覗き込んだ。
「言い損ねたな」
「うるさい黙れ」
アルベリンは口を曲げて腕を組んだ。
同じタイミングで、双方とも自動砲の弾切れ。どちらも手持ち砲を捨て、機関砲に切り替える。
ルゥリアは、プリモディウスを島の高度上限200ヤグルぎりぎりまで上昇させ、突き上げてきた相手をかわした。勢い余って飛び出したルークリッジは、島の対空砲から警告射撃を受ける。
『おお、いかんいかん!』
慌て気味に反転する彼を、その速度が落ちた所を狙って射撃。再び数発が命中し、破片が飛び散る。
『やりおるな、小さな騎士!』
グーフェルギの感嘆の声が飛び込んでくる。相手は急降下し、ブースターの最後の噴射と共に地表すれすれで引き起こし、ブースターユニットを投棄しつつ着地した。
プリモディウスの方は、まだ飛行が続けられる。上空から機関砲で射撃。相手がビルを盾にして反撃すると、こちらも降下してビルの死角に入り、予想される敵位置の直前で進路を変え、弧を描いて街路を飛び抜ける。
本来の進路をグーフェルギの射弾が貫いた。ビルの影、予想通りの場所から銃を上に向けていたその機械騎に弾を打ち込む。
『むうっ!』
数発の弾着と共によろめく機械騎。反撃は二発を装甲で弾いただけでかわし切る。
機関砲も双方弾切れで放棄。ルゥリアは背のラックから槍を手に取り、上空から突撃をかける。
「でやああああっ!」
マダンに対してそうしたように、穂先を回してねじ込むようにぶつかる。だが。
「おうっ!」
グーフェルギは背負っていた六角断面のメイスを手にし、片手で一気に振り回した。
あまりにも重みのない、単純な音が響く。剛力によって振り下ろされたメイスは分厚い鋼鉄の刃となり、ニッケル・クロームモリブデン鋼の槍の柄を飴のようにへし折っていた。
その反動でプリモディウスのバランスも崩れる。ビルの壁面をこすり、地面に落下した。
「うっ!」
プリモディウスの衝撃は、そのままルゥリアに伝わる。人体のような痛覚そのまま感じる訳でないのが、せめてもの救いだった。
『来るぞ! 走れ!』
トルカネイの声と、聴覚センサから飛び込む機械騎の足音。そして体に伝わる振動。全てが切迫した危険を告げていた。
(危ない!)
手足と翼、ダクテッドファンの全てを動員してその間合いから逃れる。背面カメラの視界をメイスがかすめ、ビルの壁面に激突した。衝撃波と爆煙、破片がプリモディウスを叩き、ルゥリアの脈拍が跳ね上がった。
距離を取って振り向くと、ルークリッジがめり込んだメイスを引き抜く所だった。それを肩に乗せ、首を左右に傾ける。尾が生き物のようにうねり、アスファルトの路面を叩く。
『ふむ。準備運動もこの辺で良かろう』
そんな馬鹿な。
ルゥリアの喉が恐怖に詰まる。
何発も当てたはず。実際、ダメージがその機体に残っている。
それなのに。
『ようやく体も温まった。正直、離れて戦うのは面白みが足りんからな!』
まるで
その口調は軽く、むしろ楽しげで。
陽光が、にわかに陰る。上空に黒雲が流れ込み、涼しい風が吹き始めた。もうすぐスコールが降るだろう。
薄暗くなった路上で、ルークリッジのカメラが緑色に光る。それがプリモディウスを見据えた。
『ここからが、本当の戦いよな!』
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