十二.師弟

「よりにもよって、マダン殿に格闘戦を挑むとはな」

 ゼーヴェは口の端を上げた。

「どういう事です?」

 ホイデンスの問いに、彼は答えない。ホベルドが口を開こうとすると、

「マダン・ウー・ゴッソが行なった試合と実戦において」

 背後からの声に、ホベルドは振り返った。腕を組んで座るルギウスと目が合う。ルギウスは口を曲げながら言葉を続けた。

「格闘まで持ち込まれた3件では、全てマダンが勝利している。格闘は彼の切り札だ。そこまで持ちこたえる者が少ないだけだな」

「その通り。よく調べられましたな」

 ゼーヴェがうなずくと、

「い、いえ」

 ルギウスは真面目な顔になり、腕を解いて椅子に深く座り直した。

「殊勝じゃないの」

 アルビーが小声でからかうと、ルギウスは顔をしかめた。

「俺とて、優れた者への敬意ぐらいある」



 格闘戦は、相手の手を跳ね除け合い、互いに有利な組み手を争う所から始まった。

 だが戦いの経験豊かなベネンメーリオに得意の体勢で腕を掴まれ、プリモディウスは押し込まれてよろめいた。

「ぐっ!」

 しかしルゥリアが腹に力を込めると、プリモディウスのガスタービンが回転を速め、全身にパワーが漲る。踏みとどまり、逆に振り回す。

 だが踏み出す足に、ベネンメーリオが機先を制して蹴りを入れようとする。

(来た!)

 ルゥリアはそれを予測していた。ゼーヴェとの鍛錬で、痛い思いをしながら身に着けた足さばき。蹴りをかわして踏み出した足を横に払い、逆に相手のバランスを崩す。

(今だ!)

 ルゥリアはベネンメーリオを持ち上げる。しかし相手も翼を裏返し、飛翔力の逆転で体重を重くしてきた。

(やっぱり!)

 それはルゥリアの予測通り。彼女はベネンメーリオの体を横倒しにしようと力を込める。相手が翼の向きを変え、体勢を維持しようと踏ん張るが、

『全力で倒せ! 機体はもつ!』

 ケリエステラ所長の声。

「はいっ!」

 プリモディウスのパワーを全開。

「うああああああっ!」

 叫びと共にベネンメーリオを空中で横倒し、地に叩きつけようとした。

 そこにブザーが鳴り、ルゥリアの視界に、『勝利』の文字が表示された。

(!)

 ルゥリアは腕に込めた力を逆にして、ベネンメーリオが地面に激突する直前で止める事に成功した。

「はあああ……」

 息を吐き、地に手を突いたベネンメーリオが立ち上がるのを助ける。

 体を離すと、ベネンメーリオが手を差し出していた。

 その手を握り返し、声には出さないが感謝の言葉を心で叫ぶ。

(ありがとうございました!)


 総合戦績は一勝五敗。総合結果は無論敗北である。だがそれは、ルゥリアにとって大きな価値のある敗北だった。


 ルゥリアはプリモディウスを格納庫に戻した。

 関節をロック。クレーンに身を任せて同調を切り、主機を落とした所で疲れ果ててしまう。

「両所長、すみません。もう動けません。後は、お願いします……」

『分かった。メドーン先生。応急処置を! その後、島の医療センターに運ぶ!』

『承知しました!』

 ホイデンスとメドーンの声を無線から聞きながら、ルゥリアはシートにもたれかかり、意識を失った。


 ケリエステラ所長が格納庫に降り、現場作業の総指揮を執る。

 ルゥリアは、タラップに連れ出されて担架に乗せられ、メドーンやトルオに付き添われ医療センターへ向かった。

 それを仮管制室から見下ろしながら、ゼーヴェは楽しげに呟いた。

「あの娘、まことにマダンに格闘で勝ちおった」

 その直後、

『所長!』『大丈夫ですか!』

 格納庫からのマイクから、何人もの叫び声が聞こえてきた。

「どうした!」

 ホイデンスがマイクに叫ぶ。

『ケリエステラ所長が倒れられて』

「意識は?」

『あります!』

 バイドレン技師長の声。

『ただ、目眩がひどく、立ち上がれません!』

「分かった! ただちに医療センターに運べ!」

『はい! 少し人手をいただけますか?』

「ちょっと待て」

 ホイデンスが管制室内を見渡す。フェネイン主任がそれに答えて立ち上がったが、

「わたし達が付き添うよ。主任はデータの取りまとめしないといけないでしょ」

 アルビーが立ち上がった。

「いいの?」

「それしないと、わたし達の搭乗試験もないでしょ」

「よし、頼む」

 ホイデンスはうなずいて、マイクの向こうの技師長に指示を出す。

「やれやれ、賑やかな事よの」

 つぶやくゼーヴェの傍らに、所員の一人が近づいて耳打ちした。ゼーヴェは小さくうなずき、微かに笑みを浮かべた。



 ブルカヌス島の港湾部近くの平地には、管理委員会用施設の他、使用者向けの共有施設も多く建てられている。その一つ、複合会議場の一室に、ゼーヴェは足を踏み入れた。

 室内では、竜骨騎騎士マダン・ウー・ゴッソが立っていた。口髭をたくわえたがっしりとした体格のマダンが、ゼーヴェを見るなり片膝を床に着けようとする。

「わざわざの御足労……」

「やめよ」

 ゼーヴェは手を上げて制した。

「ここでのわしは、無名の引退騎士に過ぎぬ。大仰にされては、どこで不審に思われるか分からぬ」

 マダンはすぐに立ち上がった。

「これは、失礼いたしました。お掛け下さい。どうもこの島には、ゆっくり人目を気にせずに語らう場所などないようでして、このような殺風景な部屋で心苦しくはありますが」

「気にするな。こちらも承知しておる」

 腰を下ろしたゼーヴェは、居住まいを正した。

「この度は、無理を聞いてもらった事、礼を言う」

「いや、恐れ多い事です」

 マダンは恐縮した。

「ヴィラージを知る騎士なら、彼の家族の境遇に心を寄せぬ者は居りますまい」

「わしは何も言えぬがな」

 ゼーヴェは素知らぬ顔で答えた。この実戦形式演習に際し、対戦する搭乗者の氏名は一切マダンに伝えてはいない。それでも、自分がそうだったように彼もそれを察するだろうとは思っていた。

「はっ」

「そなたの元気を見るに、我が教え子も、そなたを苦戦させたとは言えぬようじゃな」

「それでも、なかなか手応えはありましたぞ。並の騎士なら、かなり優位に立てましょう」

 マダンは豊かな声で笑った。

「そうか」

 ゼーヴェの表情は変わらないが、その声には満足感が滲み出ていた。


 一呼吸置いたマダンは、心配顔になった。

「また、お痩せになられましたな」

「であろうよ。別に不思議な事ではない」

「お願いでございます。先日お話いたしました医師に」「マダン」

 必死の形相を浮かべ言い募るマダンを、ゼーヴェは厳しい顔で遮った。

「わしの口癖を覚えているか」

「……同じ話を二度するな、でしたな。申し訳ありませぬ」

「いや、良い。厚意は有難いと思っておる。が、決めた事だ」

 頭を下げるマダンを優しく見やり、

「この後、時間はあるか」

「は。お望みとあらば、朝まで飲み明かしましょうぞ」

 身を乗り出すマダンに、ゼーヴェは苦笑する。

「馬鹿を申すな。延命は断ったが、好きこのんで寿命を縮めるつもりも無いわ」

「は……」

「折角の機会だ。会わせたい者がってな。ああ、そこで良い」

 共に立ち上がりかけたマダンを制し、ゼーヴェは会議室のドアを開け、外へとうなずいた。規則正しい足音が近づき、戸口に姿を現したのは、女騎士トルカネイだった。

 彼女は胸に右手を当て、礼をする。

「久方振りです。叔父上」


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