十一.再戦

 仮管制室に、ルゥリアからの通信が響く。

『マダン様は、全ての力で戦われたのでしょうか。あまりにもまっとうに攻撃を受けられた気がします』

「その通り」

 即答だった。

 両所長も口を開け、所員達は顔を見合わせささやく。しかしホベルドたち騎士勢は納得の視線を交わしていた。

「この戦いでは、人造竜骨騎一号機、プリモディウスの優位性を正面から受け止める戦いを依頼しておいた。理論上の強みが実戦でも生かされる事を確かめねばならぬ故な。

 ルーンリリア嬢がそれを感じられて何よりだ。もし、勝利に奢っておれば、厳しく灸を据えるつもりであったがの」

「聞いていませんが」

 ケリエステラ所長が口を挟むと、ゼーヴェは椅子に腰を掛けたまま顔を傾けて彼女を斜めに見返して口を曲げた。

「お二方の希望は、ルーンリリア嬢の成長ではなかったか。マダン殿が最初から実戦の想定で戦っておれば、勝敗はともあれ、彼女が成長する間もなく決着がついたであろう。それで宜しかったか」

 低く静かなその声に籠る力。ケリエステラとホイデンスは押されたように言葉に詰まった。

 ゼーヴェは前を向いてガラスの向こうのプリモディウスを見つめながら続ける。

「マダン殿も、けして手を抜いてはおらなんだ。これが御前試合であれば、やはりルーンリリア嬢とプリモディウスは勝っていたであろう。しかし実戦であれば、そうはいくまい」

『ゼーヴェ様!』

 ルゥリアの声に、熱い力が漲っていた。

『もう一度、マダン様と戦わせて頂けないでしょうか。今度は、全てのお力をもって!』

 ホイデンスは首を振った。

「マダン殿は、明日の朝には出航される」

『ですから今日の内に!』

「馬鹿を言うな!」

 怒鳴り返す。

「お前の疲労は、もう限界だ! それに、あれほど格の高い騎士との模擬戦を、もう一度などと簡単に」「話はしてある」

「は?」

 ホイデンスは凍り付いた。

「今、何と?」

「マダン殿に、話はしてあると申した。再戦の申し込みが、有るやもしれぬ、とな」

 二人の所長は、顔を見合わせた。ホイデンスは口元を引き締め、

「勝手な事をしないでいただきたい」

「勝手な事?」

 睨み返す視線の鋭さに、二人はたじろぐ。

「わしは何も決めてはおらぬ。ただ、有りうると伝えただけの事。最後に決められるのは、お二方よ。

 契約時にも申した筈。自分はルーンリリア嬢に生き残るすべを教えると。これもその一つ。

 気が付かば、敵は目の前。戦って勝つか、逃げるか。あるいは味方の時を稼ぐため、全滅するまで踏みとどまるか。直ちに決断し、全力を尽くさねばならぬ。戦場いくさばでは良くある事ぞ」

「ルゥリアが行うのは、仇討ちであって戦争では」「戯けた事を言うでない!」

 老人の声は、広い仮管制室を雷鳴のように振るわせた。

「仇討ち即ち、命をやり取りするいくさぞ。ましてや無法の騎士が相手とあらばなおさらの事!」

 管制室内は凍り付き、静まり返った。それをルゥリアの声が破る。

『ホイデンス所長、ケリエステラ所長。すぐに戻って体調を整えます。多少の無理はしますが、無茶はしません! やらせてください!』

 モニターの向こうで、ルゥリアが懇願する。両所長が視線を合わせると、トルオはフェネインやホベルド達と目配せを交わして笑みを浮かべ、定時報告のように読み上げる。

「管理局の情報によると、二時間後の枠が空いています」

 続いてケリエステラ研究所の実験主任リデローも、

「検査項目、2番までリセットしました。再スタート準備できています」

『再整備、一時間で終わらせて見せますよ』

『彼女の体が冷える前に、早く決めていただきたい』

 これは、格納庫のモニタからバイドレン技師長とメドーン医師。

 ホイデンスは深く呼吸し、ケリエステラと目を合わせる。腰に手を当て、

「ああ、糞、お前達!」

「糞とか言うな」

「悪かったな!」

 楽し気に言い合う。ホイデンスはアルビーの方に首を曲げ、

「どうだ。水は掛けないか」

 赤毛のエルフは肩をすくめた。

「今のところは、ギリギリね。一応ホースは握ってるけど」

「バケツではなかったのか」

 ホイデンスが小声で返すと、笑いが起こった。

 ケリエステラは背筋を伸ばして声を張る。

「ゼーヴェ殿、マダン殿へ正式な再試合の依頼をお願いします。リデロー、再セッティングの指揮を執れ。技師長、時間内で対処不能な不具合があれば、すぐに伝えてください」

 ホベルドも続けて、

「ルゥリア、ただちに格納庫に戻れ。メドーン先生、戻り次第検診を。フェネイン、ルゥリアのメンタルとチェックを。トルオは管理局に演習時間を確保する旨申請しろ」

 一旦言葉を切り、唇の端に微かな笑みを浮かべる。

「お前達、煽ったからには、実行してもらうぞ。直ちに行動開始!」



 二時間後。マダン=ベネンメーリオとの再戦が行われた。

 仕切り直された戦い。その様相は一変した。

 空中砲撃は彼が振るう盾に弾かれ、突撃槍戦はこちらの読みを外して突き入れられた。

 市街地射撃戦はこちらが遮蔽から出るタイミングで集中砲火を受け、接近槍戦はロケットモーターでの勢いを槍捌きでかわされ、地面に叩きつけられて訓練用槍を折られてしまった。



「ああっ!」

 仮管制室に装備担当の悲鳴が響く。

「あの槍、高いのに!」

「気にするな!」

 ケリエステラ所長が振り返り怒鳴る。勢いよく前に向き直った時、バランスを崩して机の端を掴んで体を支えた。右手で額を押さえ、目をしばたかせる。

「燃料残量10%切りました!」

「搭乗者、血圧低下。消化器系で内出血発生の模様!」

 所員達が次々と状況を報告する。最後にフェネイン主任が両所長に声を掛けた。

「肉体的には限界が近いですが、同調率はなお上昇しています!」

 ホイデンスはうなずくとマイクを掴み、

「次で最後だ。行けるか!」

『はい!』



 ルゥリアは戦いながら、マダンの力を身をもって感じていた。

(強い。そして凄い!)

 パワーだけでは勝てない。頭では分かっていたが、生身の肉体が非力な分だけ、プリモディウスと一体になった時はその力に頼った戦いになってしまいがちな自分に気付かされた。

 プリモディウスは槍を地に突き立て、模擬剣を抜く。


 凄い。怖い。悔しい。だけれども、それ以上に、ワクワクする。熱くなる。

 (私も、もっと強く!)


「たあっ!」

 真っ向から斬り結ぶ。力で突き放すと見せ、一歩跳び下がると、すぐに手首を返していた相手の突きが体を掠めていた。更に距離を取りたくなる本能を押さえ込み、盾を前に体当たり。

 だがベネンメーリオは翼の力で浮かび上がり、プリモディウスの勢いをかわして背後に。

 プリモディウスはダッシュとダクテッドファンの推進力で飛び出して距離を取ろうとするが、ファンの回転が上がる前に衝撃が機体を貫いた。

(え?)

 背面カメラの視界には、ベネンメーリオが上体を捻り、こちらの背に剣を突き当てていた。その背の翼がねじれて上に伸びている。

(そうか!)

 ルゥリアは気付いた。浮遊力を逆に向け、自由落下より早く降りたのだ。そしてプリモディウスのダクテッドファンが推力をフルに発揮するまでには僅かな遅延がある。そのために距離を取る前に背後を突かれてしまったのだろう。

『よし、ここまでだ』

 ホイデンス所長の声と共に、視界に浮かぶ、模擬戦終了の文字。

 だが。


(まだ、ここで終わらせたくない!)

 ルゥリアは歯を噛み締めた。顎から汗が滴り落ちる。

 プリモディウスの背に突き付けれられていた剣が離れたところで、背を伸ばし向き直った。

『ルゥリア、どうした』

 ケリエステラ所長の声を聞きながら、盾と剣を地に突き立てたルゥリア=プリモディウスは、左足を半歩踏み込み、両手を前に突き出した。

『何の真似だ』

「格闘戦もやらせてください! まだ二分あります!」

『お前なあ! ……おい何を!』

 しばしの沈黙の後、ホイデンス所長の声に変わった。

『交渉するから少し待て』

『その必要は無い。見よ』

 ゼーヴェの声が響き、ルゥリアが意識を正面に戻すと、ベネンメーリオも剣と盾を置いて両手を前に構えていた。

『あ奴も、やる気満々よの』

 ゼーヴェの嬉しそうな声に、ホイデンスが続ける。

『分かった! 後一分三十秒だ。行け!』

 ルゥリアは叫ぶように答えた。

「はいっ!」

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