十.騎士達の沈黙
ルゥリアは、主機のガスタービンを推進駆動モードに切り替えて出力を上げた。背に負ったダクトファンが高速回転し、機体を強く前に押し出す。
機体に当たる風の抵抗を感じ、高まる風切り音を聞きながら相手を見据えた。
システムが視界に表示する彼我の速度、刻々変化するそれは、常にこちらが大きく上回っている。
最初は空中砲撃戦からだ。ケリエステラ所長からの指示が届く。
『速度を生かして、主導権を取れ!』
「はい!」
ミーティングで決まった結果を再確認し、自分に言い聞かせた。
射程に入ったという表示と共に、自動砲を発砲。空砲の衝撃が全身を揺さぶる。支援システムが仮想弾道を表示、命中判定する。
相手も同時に発砲。互いに初弾は外れ、弧を描き回避。飛行能力の優位で、プリモディウスはベネンメーリオの背後と上を取り、三弾連続で発砲する。
三発目が命中、装甲外側に張り付けられた少量の爆薬が炸裂するのが見えた。
(やった!)
喜びを抑え、意識を戦いに集中する。再び命中。しかし反撃の敵弾が今度はプリモディウスに命中。爆発の衝撃を右肩に感じる。
大丈夫。ダメージ判定は戦闘続行可能と出ている。歯を食いしばって戦闘を続行する。
弾切れし予備弾倉と交換。再び砲撃戦を再開する。プリモディウスの方が終始有利な位置から射撃できている。照準もシステムのサポートで命中率が高い。
やや接近しすぎ、すれ違ったベネンメーリオが背後に回ってきたが、機体を横に向け、背後に自動砲を向ける。プリモディウスの全身を乱れた気流が揺さぶるが、システムのサポートによって安定を維持し砲撃、一発敵弾を受けるが、代わりに二発当てる事が出来た。
双方、予備弾倉も弾切れとなり、砲撃戦は終了。表示されたダメージは、こちらが47、相手が61。システムはプリモディウス=ルゥリアの勝利と判定した。
『よし!』
通信の向こう側で、皆の歓声が聞こえてくる。
熟練の騎士との戦いでも優位に戦え、ルゥリアの精神も高揚した。恐れより自信が上回り、
(いける!)
と心中で叫んだ。
ルゥリアは、手持ち砲を投げ捨てた。砲は、内蔵されたロケットモーターとパラシュートで軟着陸するのが視界の端に映った。
直ちに、模擬槍と盾を構え空中刺突戦へ移る。
これもシステムとプリモディウスを信じるだけ。ベネンメーリオに全力で突進する。刻々と近付く竜骨騎の姿に、恐れと闘志が共に高まる。
ルゥリアは、視界に表示されるシステムの助言と、心に流れ込むプリモディウスの感覚に従って槍を突き出す。
「だあああっ!」
槍に仕込まれた爆薬の反応で相手に当たった感触が伝わる。しかしダメージは浅かった。相手の槍もこちらの肩をかすったようで、一航過目は引き分けと判定された。
互いに弧を描いて再び向かい合い、二航過目。恐れは鎮まり、先程の突進の時には見えなかった、ベネンメーリオの細かい動きが見える。竜骨の眼窩から、存在しない目がこちらを見ている事も感じられた。
全身に意識を広げ、相手を最後の瞬間まで見つめる。
接敵の瞬間、相手の槍先がこちらに差し込んでくる軌跡が見えた。心に浮かんだ動きとシステムの指示が重なり、
(いけっ!)
確信と共に槍を繰り出す。仮想の穂先は相手の槍をはじき、そのまま操者殻へ。すれ違うと同時に、勝利判定が表示された。
「「おおっ!」」
最上階に設けられた仮設の管制室では、再び複数の歓声が重なっていた。
マイクで指示を出すケリエステラとホイデンス。ホベルドとトルカネイも傍に控え、必要な時に助言できるように待機している。
次の試合に移るまでの合間に、ホベルドの隣で見守っていたゼーヴェが、組んでいた腕を解いてホベルドに声を掛けた。
「殿下、一つ伺ってもよろしいですかな?」
「どうぞ」
ホベルドは短く答える。
「この二週間ほど、目を見張る進歩があったとはいえ、まだ子供。体格の差を除くとも、大人の騎士と互角の技量とは思えませぬ。だが、今の彼女は一流の騎士の如くですな」
ホベルドは少し考え、
「竜骨騎と騎士との間には、騎乗していない時でも結びつきがあります。まして彼女は、プリモディウスにとって親のようなものです。彼女がゼーヴェ殿に鍛えられている時、プリモディウスもまた共に鍛えられていた、そういう事でしょう」
「なるほど」
ゼーヴェはうなずき、再び腕を組んで視線を宙に向けた。ホベルドはその表情を盗み見たが、何かを深く思っているという事以外、快も不快も読み取る事は出来なかった。
プリモディウスとベネンメーリオは、都市を再現したエリアの両端に降りた。それぞれ用意されていた手持ち機関砲を取り、市街戦へ。
ルゥリアはビルを遮蔽に使い、胸部装甲の下からドローン四機を発進させる。
上空に広がったドローンがベネンメーリオの位置や市街地の状況を送信し、ルゥリアの視界に表示させる。
作戦プランが管制室から視界上のマップに重ね合わされ、ルゥリアは
「それで行きます」
と短く答える。
ロケットアシスト模擬手榴弾を、相手を挟む位置に二発投げる。ほどなく起こった小爆発と共にビルの影から出て街路を疾駆。
ベネンメーリオが空に飛び出せば機関砲で狙い撃ちするつもりだったが、彼はその誘いには乗らず、こちらの裏をかくように街路を移動している。手榴弾のダメージ判定は限定的だった模様。
(やっぱり戦い慣れてる!)
拡がる恐れを押さえ込み、別のビルの影から発砲のタイミングを伺う。相手の所在が常に分かっている分、こちらが有利の筈だ。
敵が間もなく射線上に出ると思った時、ビルの向こうから機関砲の射撃音が響き、ドローンが次々と撃ち落された。同時に模擬手榴弾が飛来。
(まさか!)
ルゥリアは慌てて後退する。微小ステルスドローンは竜骨騎の視角やレーダーには捕らえられないと踏んでいたが、甘かったようだ。
追撃を掛けてくる相手を撃とうと機関砲を後ろに向けながら後退するが、相手はこちらの死角を迅速に移動、距離を詰めてくるのが足音で分かる。
(そうか)
ドローンを持たなくとも、こちらの足音で所在を推測し、ドローンの微かなモーター音も聞き取って撃破したのだと気付く。
『逃げ回れば追い詰められるぞ!』
ホベルドの声がして、視界上のマップに新たなルートが提示される。
「はい!」
自分の考えと一致したプラン。ルゥリアは即時に同意し、それに従って後退から反転、敵が移動に使うと予測した街路に出る。
ほぼ同時に、約百ヤグル先に現れたベネンメーリオ。ルゥリアは盾を前に、射撃しながら街路を横断する。相手の反撃で模擬弾着の衝撃を受けながらも、路地に飛び込む。
相手の牽制射撃が途切れた瞬間に、再び飛び出して銃撃する。視界の端で、損害判定の数字を見ながらの射撃。常に自分の損害を上回るダメージを相手に与えている。
(大丈夫、今度も勝てる!)
弾倉を交換し、銃撃を再開。一気に距離を詰めて勝負を掛ける誘惑に駆られるが、
(行けるかもしれぬ、そう思った時の客観状況は五分五分。人は、状況を自分有利と考えがちなものだ)
ゼーヴェの教えを思い起こして踏みとどまり、機を伺っての銃撃を粘り強く続ける。
残弾わずかとなった7度目の射撃で、ブザーが鳴り、敵撃破の表示が出た。
「よし」
小さく呟き、次の戦いの為に息を整え、汗を拭う。
勝利の高揚は先ほどより小さく、かすかな違和感が心に芽生えていた。それが何なのか、考えこもうとする心を叱咤し、目の前の戦いに集中させる。
管制室では、歓声の間を縫って、両所員達が次々と状況を報告する。
「燃料残、800リーデ割りました!」
「血中活性酸素、疲労上限値まで後5ポイント!」
ケリエステラとホイデンスは視線を交わす。
「機体は後10分という所だ」
「こちらもだ」
そして共にうなずき、確認した。
「続行だな」
「ああ」
ルゥリア=プリモディウスは銃を置き、飛翔して市街地を抜け、荒野に降りた。
背中のラックから模擬槍を右手に掴み、柄のカバーを跳ね上げてボタンを押すと、柄が実戦用に近い長さに伸びる。ただし穂先は装着されておらず、複合現実の中にだけ存在する。
後を追って降り立ったベネンメーリオもそれに応え、伸ばした槍を構えて突進してきた。
「だあっ!」
ルゥリアが突き出した槍は相手の巧みな槍捌きに受け流されるが、槍を回して反撃を跳ね返す。いったん距離を置いた後、槍を持つ手首を返し、再び踏み込むと同時に左から右へ槍で薙ぐ。
「はあっ!」
パワーなら人工竜骨とモーターアシストの有るプリモディウスが有利。さらに槍に装備されたロケットモーターに点火して加速。受けた槍ごとベネンメーリオをよろめかせる。
槍先を回して相手の槍を力づくで巻き込み跳ね上げ、操者殻に仮想の穂先を突き入れる。
これが決まり、ここでも勝利をもぎ取った。
最後は剣戟戦。両者槍を地に立て、模擬剣を抜く。こちらも、今回は刃こそ付いていないものの刀身を備えた、見た目は実験とほぼ変わらないものを使用。
ルゥリアは先手を打って掛かる。相手の剣と火花を散らしてしばし切り結んだ後、これもパワーで押し込み、相手の体勢を崩して切り込んで勝利した。
「おお!」
「よし!」
竜骨騎騎士への完勝に、管制室では殆どのメンバーが立ち上がり、手を叩いていた。ケリエステラ所長はマイクを掴み、安堵の息をつく。
「これで実戦演習のメニューは終了だ。ルゥリア、良くやった。全課目勝利だ!」
『は……い』
途切れ途切れの返事。その声音に何かを感じたケリエステラはホイデンスを見るが、彼が無表情で悦に入っている気配を読み取り、その感覚を脇に置くことにした。
ホイデンスの向こうでは、ホベルドら騎士組の間に、周りとは少し異なる空気が流れていた。
終始、泰然自若に構えていたゼーヴェ。ルゥリアに助言と作戦を送り終え、ぐったりと椅子に沈み込むホベルド。硬い表情のトルカネイ。
「何か問題でもあったのか?」
ルギウスがアルビーに小声で――あくまでも彼としては、だが――尋ねる。アルビーは嫌そうな顔で答えた。
「さあ。それぞれ事情がありそうだけど……何かまずいとしたら、うまく行き過ぎ、って事じゃないの?」
「そうなのか?」
「そういう気配だってだけ。それ以上はわたしには分からない。所詮、あんたと同じ『練習場の騎士』だからね」
「俺は!」
ルギウスは抗議しかけたが、
「まあ、いい」
と身を引いた。
ベネンメーリオと礼を交わした後、ルゥリアはその場でプリモディウスとの融合を解き、息を整えながら汗を拭った。シートの横に固定してあった水筒から水を飲み、息をつきながらしばらく考える。
『どうしたルゥリア。戻ってこ』「ゼーヴェ様!」
ケリエステラの声を遮り、沈黙を保っていた老騎士を呼んだ。
『な、なん』『何かな、ルーンリリア嬢』
戸惑うケリエステラの言葉に、ゼーヴェの重々しい声が重なる。
『何なんだお前ら……』
ケリエステラの小声でのぼやきを聞き流し、ルゥリアは身を乗り出した。
「お伺いしたい事があります!」
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