三.猛進

 ブルカヌス島上陸から二日。

 ルゥリアとプリモディウスは、様々なシチュエーションで演習を続けていた。演習場が使えない時間には、整備や、他の被験者による起動実験も行う。その間休息していたルゥリアの所に、トルオがやってきた。

「決まったよ、演習相手」

「はい」

 ルゥリアは椅子に座り直した。

「マレディオンのグラットバーキ重工、知ってる? そこがダンバワンの国王向けに建造した機械ゴーレムが、動作テストの為に先に来ててね。そこと模擬戦できる事になった」

「国王騎ですか」

 ルゥリアは思わず目を見開くが、トルオは普段と変わらず気楽な様子だった。

「まあね。でも安全対策はするし、万が一当たっても、向こうも演習用装甲だし、気にしないで行こう!」



 翌日の朝。ルゥリアは眠い目をこすりながら部屋を出た。

 内輪山の各ブロックには、それぞれ独立した宿泊スペースがあり、他のチームと接触せずに過ごすことができる。

 ただし最小でも4人部屋であり、所員と被験者は相部屋を強いられる。

 ルゥリアはアルベリン、フェネイン主任ともう一人女性スタッフと同じ部屋を割り振られていた。

 他の三人は既に起きて部屋を出ていた。休憩室で携帯食料中心の食事をゆっくりとるが、ホベルドの姿が見えない。食事を終えて格納庫に降りても、彼はいなかった。

 トルオに尋ねると、

「今日はお休みだよ」

 という言葉が返ってきた。

「お休み? この島で、お休みして何を?」

 ルゥリアは聞き直した。

 ここに、演習設備以外の公共の場所はほとんどない。観光や息抜きをする場所ではないのだが。

「さあ。彼、ここの所は休んでなかったからねえ。疲れたのかもよ」

 トルオもそれ以上は聞いていなかったようだった。

「そうですか……」

 ルゥリアは落胆した。

 初めての実機との演習に際して、心構えなどを再確認しておきたかったのだが。

「ふん」

 腕を組んだルギウスが唸った。

「こういう時、奴は大体碌な事を考えていない」

「どんな事でしょう」

 ルゥリアの問いに、ルギウスはへの字になった口をさらに曲げる。

「分からんから、腹が立つのだ」

「……確かに」

 ホベルドは、いつも人の意表を突いてくる。

 訓練に付き合ってくれたと思っていたら、正体を言い当ててきた。仇討ちを止めようとしたので断ったら、剣術指南役になってくれた。慰めに来たのかと思ったら、泣きに来た。

 今度は何をするのだろう。


 先の起動実験の後、ルゥリアと共にホッブの正体も皆に明かされた。無論、契約上の守秘義務に含まれるという説明付きでである。

 その場でホベルドは、今まで通りに接してほしいと話をした。

 スタッフの大方はノヴェスターナ人であり、言われなくとも今まで同様気さくに話しかけているが、身分制の強い大概の国の人はやや話しづらそうな気配もあった。

 ルギウスだけは、『王族を貴様呼ばわりできる機会を自ら放棄したりするものか』と笑っていたが、そんな事を平気で言えるのは自分が上級貴族だからだろうと、ルゥリアは思った。

 それでも、実際にホベルドに堂々と接するルギウスの態度には感嘆したが、彼がホベルドの思考を先回りして読めるようなタイプではないのも確かで、この答えになるのも仕方がないところだった。



 十時を回る頃にはプリモディウスの始動点検も終わり、ルゥリアは操者殻に乗り込む。起動して意識を一体化し、接近戦演習装備を装着する。

 演習用の剣は刀身が短く、先端にはロケットモーターを、柄の近くにウェイトを装着している。当たり判定は演習支援システム側で行い、ロケットモーターの噴射で制動する。これによって、実戦に近い感触と、機体・搭乗者の安全性を両立するのだ。

 装備を確認すると、演習場に出る。

 アバンティーノほどではないにしても強い日差しが降りかかる中、誘導に従って丘の頂に登ると、向こうからも上がってくる機影が見えた。

 プリモディウスに匹敵する大型機械ゴーレム。しかし、その全身の装甲は滑らかな黒塗装に金の装飾が施されている。

「管制室」

 ルゥリアは呼びかけた。

「相手の機体、実戦用の装甲には見えませんが」

『こちらでも確認した。今問い合わせている』

 ケリエステラ所長の声が返ってきた。

『……どうやら、納入が早まったらしい。あれは式典用の装甲だ。壊すなよ』

 そこに横からホイデンスの声が割って入る。

『だが気後れするな。思い切りやれ』

 ルゥリアは悲鳴を上げた。

「どうすればいいんですか!」

『安全対策はしてあるからな。体当たりのような乱暴さえしなければ大丈夫だという事だ。だな?』

『まあ、そうだ』

 ホイデンスとケリエステラの話を聞いて、ルゥリアはため息をつきながら答えた。

「分かりました」


 丘の頂で、二人の巨人が向かい合う。

 演習開始の時間を待ちながら、ルゥリアは両研究所のスタッフによる作戦会議での指示を思い起こした。

『フレーム強度が違うから格闘戦は避けろ。かわして打ち込め。機会を見て浮遊力も生かして背後を取れ』

 鋼鉄ベースの複合材料フレーム、その強度は人工竜骨を上回る。万が一組み合いにでもなれば、プリモディウスは不利だ。

 機械ゴーレムのもう一つの強みは、コンピューターが制御する正確な動作だ。特に射撃は、目標選択のみ人間が行い、精密な照準はシステムが行うので強い。

 それに対して、近接剣戟戦や格闘戦は苦手とする。動作自体はシステムが行うにしても、動作の自由度が大きいため、操縦者の意思を機械に伝えるインタフェースが確立していないのだ。

 特殊作業用のマニピュレータモードは、狭いコクピットの中で操縦者が上体を動かせる範囲に制約がある。一方、操縦桿やボタン操作での動作選択では微妙な調整ができず、ほぼデモンストレーション用に割り切られている。


 しかし過日、革命騎士グーフェルギの機械騎は竜骨騎と互角の近接戦を行い、騎士リグル・スワルダの機械騎『デクスマギン』は、それに損傷を与えて撤退に追い込んだ。

 そのどちらも、操作方法は明かされていない。デクスマギンの技術は、帝国政府にすら明かされていないのだとケリエステラ所長から聞いた。

 いずれにしても、まずは既存の機械騎に勝てなければ、スタートラインにも立てないのだ。

 ルゥリアが奥歯をぐっと噛み締めた時、演習開始を告げるブザーが鳴った。


 ルゥリア=プリモディウスと相手の機械騎は、それぞれ盾と剣を構えた。演習用の剣は短いが、仮想映像によって長い刀身が描写され、実戦に近い感覚を与えてくれる。

 ルゥリアは盾を前に出し、半身になって剣を上段から前に向ける。相手は剣を下げ、自然体に近い体勢で動かない。

『想定通りだ。相手をよく見て、落ち着いていけ』

 ケリエステラの声に答える。

「はい!」

 ルゥリアはじりじりと距離を詰め、間合いに入ると同時に剣を突き出した。相手が盾で切っ先の行き先を塞ぐと、剣内蔵のロケットモーターによる制動が掛かった。

 ここまでは予想通り。剣を即座に引くと、相手の左腕が外に開く。相手の突きを盾でかわしながら、その反動で右の半身を前に出して、剣先を相手の右脇下に差し入れた。ここから剣を跳ね上げれば、相手の右腕を切断できる。

(勝った!)

 ルゥリアが思った瞬間、ブザーが鳴り響き、全身に急制動が掛った。

 勝利判定を期待して視線を上げるが、視界の中央に浮かんでいるのは、『敗北』の文字だった。

「え?」

 思わず声を出すと、それを聞いたかのように、矢印が浮かんだ。その指し示す先は相手の左腕、盾の内側。そこからゴーレム用の短剣が、プリモディウスの首に突き付けられていたのだった。

 相手の盾は、左手で取っ手を握っているのではなく、左腕のラッチに固定されていた。そして空いていた左手に短剣を隠し持っていたのだった。

「くっ!」

 唇を噛むルゥリア。

 どこかで、標準的な機械ゴーレムは組みし易いという思い込みがあった。自分の経験の少なさでもプリモディウスの力を借りれば勝てるはずだと。

 甘かった。そして自分は自分の思う以上に弱く、拙かった。

 屈辱と悔しさで、頭に血が上る。

『被験者、脈拍上昇!』

『アドレナリン分泌量も急増!』

『血中酸素濃度低下!』

『生理的には危険ではありませんが、思考のバランスを欠きつつあると思われます』

『ルゥリア。次の状況開始までの時間、深呼吸して落ち着け』

 無線から飛び込む様々な声が、彼女の頭に飛び込んでかき乱した。混沌の中、浮かんできた言葉は一つだけ。


 勝たなくちゃ。

 勝たなくちゃ。

 勝たなくちゃ勝たなくちゃ勝たなくちゃ。


「だあああっ!」

 ブザーと共にルゥリアは叫び、突進した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る