二十一.大乱の種

 人造竜骨騎の起動試験が成功したあの日から、ホイデンスは二日入院していた。地下格納庫で放水を頭から浴び続けた結果、風邪を引いたためである。

 ようやく研究所に戻って早々、ホイデンスはフェネイン主任の報告を受け、その後ナイード代理人を呼んだ。

「具合はだいぶ良くなったようで……という雰囲気ではないですね」

 にこやかに入ってきたナイードは、相手の不穏な雰囲気を察した。

「ナイード、ノヴォルジ皇帝への伝手はまだ生きてるな?」

 その視線に込められた力に、ナイードは腰を引く。

「はいと言ったら、えらい事になりそうで嫌なんですけど」

 それを肯定と捉えたホイデンスが続ける。

「ある事について、皇帝の意向を知りたい」



 ケリエステラ研究所の地下ハンガーで、ルゥリアは一号機プリモディウスの、銀色に輝く人造竜骨を撫でていた。

「もう大丈夫なのか」

 賭けられた声に振り向くと、女騎士トルカネイ・ガリエンサが立っていた。

「トルカネイ様……。はい、御心配をおかけしました」

 ルゥリアは手を前で組んで頭を下げた。彼女は試験の直後に検査入院させられ、今日の朝に退院したばかりだった。

「いや、無事で何よりだ」

 彼女は微笑むと、ルゥリアの横に並び、プリモディウスを見上げる。ルゥリアはこの機会に、気になっていた事を尋ねた。

「あの、私の……正体と言いますか、それについては、前から気が付いておられたのですか?」

「まあ、あの話し方だ。騎士の娘だとは分かっていたからな。であれば、その正体はヴィラージ殿の娘御ではないかとは思っていた」

「そうだったのですね。あの……ホッブさんについては、いかがでしょうか」

 トルカネイは肩をすくめた。

「まあ殿下も有名人だし、いくつかの情報も入ってきていたから、そうだろうとは察していたよ」

「騎士の皆さんの情報を集める力はすごいのですね」

 ルゥリアは素直に感心した。

「それにしてもだ」

 トルカネイは溜息をついた。

「これほどの大事に居合わせられなかったとは不覚だ」

 起動実験の日、現役の騎士であるトルカネイは、アバンティーノ自警隊の当番で海上警備をしていたので呼ばれなかったのだった。

「仕方ないです。それにあの日は、トルカネイ様が海魔を撃退もされたのでしょう?」

 ルゥリアが慰める。トルカネイはアヴァンティーノ島運営委員会が所有する竜骨機で、島に近づく海魔を追い払ったのだ。

「まあそうなのだが」

 彼女の気は晴れていない様子だったが、やがて頭を振った。

「だが君の成功で、研究は大きく前進したのは確かだ。私としても感謝したい」

「いえ、そんな……」

 ルゥリアとしては、危うく研究所を破壊しかねなかったので、非常に気の引ける所だったが、その言葉に救われた気がした。

 そこに、ケルエステラ所長の呼ぶ声。

「おいトルキー、ちょっと来てくれ」

「だから、トルキーはやめろ!」

 トルカネイは渋い顔をしながらも、そちらへと歩いていった。



「それは、正気ですか?」

 ナイードは腰を上げた。が、すぐに息を吐いて座り込む。

「……って、所長に言っても無駄でしょうね」

「そうだ。狂気の魔学者だからな」

 ホイデンスは口の端を上げた。

「ですがそれ、国を二分する騒乱の火をつける事になりますよ」

「そうだろうな。だがこれも、俺の地図の上にある。前に言ったろうが」

「一番大ごとになる場合、国一つがひっくり返る……まさにそうですね」

 ナイードは息をついた。

「でも、そこまでする必要がありますか? ルゥリア嬢は父親の仇さえ討てば、大手を振って故郷に帰れるのに」

「それでは、親父と同じ不安定な地位にあいつを戻すことになる。まだ子供のあいつに、親父以上にうまくやり続けることを期待するのは無理だろう。まあそれ以前にあいつは、報告式典でトマーデン公と刺し違えかねないぞ」

「……フェネイン主任の報告書ですか?」

「やはり察しが良いな。そうだ。今送るから見ろ」

 ホイデンスがタブレットを操作する。それを受信して読んだナイードの表情も険しくなる。

 それは、トマーデン公に対する拒否反応の激しさから、フェネイン主任がルゥリアに行ったカウンセリングの結果報告だった。

 それによると、トマーデン公がルゥリアの母メラニエに関係を強要している所を、ルゥリアは見ていたのだった。


 彼女は人の気配に部屋を出たが、一階客間への扉の前に立つ見知らぬ兵を見て引き返す。しかし非常事態に備えた隠し通路を通り、客間の様子を見ることができたのだった。

 思わず乱入しようとしたルゥリアだったが、母の目がこちらを見て、駄目だと言っているのに気づいた。その必死のまなざしに、思いとどまって部屋に戻り、後は朝まで、ベッドの中で毛布をかぶって震えていたのだという。


「今のあいつは、自制するつもりではいる。だが、実際に顔を合わせたらどうなるか」

 ナイードは溜息をついた。

「この期に及んで、このプロジェクトに参加した事を後悔しかかってます」

 起動実験の日に聞いた母の最期の言葉。それによって義務から解放されてなお、ルゥリアは仇討ちを目指すと断言していた。

「あいつを止めるには、軟禁でもするしかない。そして何年もかけて翻意させて、ここかノヴェスタ辺りで穏やかな生活を送らせる。故郷には二度と戻れまい」

「それでも、まともな大人なら、嫌われてもそうすべきだと思いますが」

「俺は生まれてこの方、まともな大人だったことは一度もない」

 ホイデンスは胸を張り、ナイードが苦笑する。

「さて、どうでしょう。私は所長の事を、結構まともな大人だと思ってますけどね」

 一度言葉を切り、真顔になった。

「所長、怒っておいでですね。トマーデン公に。あるいは、彼女を取り巻く状況に」

「怒ってなどいない」

 ホイデンスは、地の底から響くような低い声でうなった。

「俺たちの研究に新たな道が開かれることを楽しみにしているだけだ」

「……まあ、子供に薬剤を投与するような実験をしている我々が怒るのも理不尽でしょうけどね」

 ナイードの言葉に、ホイデンスは背筋を伸ばす。

「俺は狂気の魔学者だ。よって、その怒りが理不尽であるのも当然だ」

「なるほど」

 ナイードは報告書をスクロールしながらつぶやいた。

「やっぱり怒っておいでなんですね」

 ホイデンスは硬直し、横目でナイードを睨む。

「お前とは賭けカードはしないからな」

 ナイードはただにっこりした。ホイデンスは咳払いして、

「で、やってくれるか」

 ナイードはうなずいた。

「やりますよ。それが彼女の生き残る道でもあるなら、なおの事」

「うむ」

 ホイデンスは立ち上がった。

「では、行くぞ」



 ケリエステラ研究所の地下ハンガーに、両研究所のメンバーと被験者が集められた。

 その前に、ホイデンスとケリエステラ、二人の所長が歩み出た。ルゥリアもその横に立つ。

 そこでホイデンスは、ルゥリアの正体を明かした。これは、多くの者が起動実験の際に察した事ではあり、それほどの衝撃は無かった。

 だが、その次にケリエステラ所長が今後の目標として、一号機プリモディウスとルゥリアによる、革命騎士グーフェルギ討伐が発表されると、人々の間に動揺が走った。

「無論、その最終段階においては、危険が諸君の身に及ぶこともあり得る。それを回避したい者は、一週間以内にそれぞれの所長まで申告しろ。以後も不利な扱いをしないことを約束する。また自己都合での退職も引き留めない。ただその場合は、当方から告知があるまで守秘義務を遵守する事が求められる」

 話が進むうちに、皆のざわめきは収まっていった。

 ホイデンスが再び話を引き取る。

「世界有数の剣士、ゴーレムが敗北してきた革命騎士グーフェルギを破る。これは二つのプロジェクトの力を示す、これ以上ないほどの機会となる。人造竜骨機騎と人為的覚醒者が世界最強であることを証明したくはないか!」

 その言葉が帯びた熱は、それを聞く皆に感染していった。ホイデンスは満足げにうなずき、最後に宣言した。

「本日より10日後、牡鹿月の5日、両研究所の主要メンバーは、実戦形式の実用試験に向け、マレディオン領ヴルカネス島の演習場に移動する!」

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