十七.翼の影

 管制室のモニタには、一号機操作殻のシートでルゥリアが点検を続けている様子が映し出されている。

 既に主機のガスタービンは起動し、外部電源ケーブルも切断済み。ハッチは閉鎖され、タラップも脇に移動していた。

 ディスプレイと警告ランプが内部を照らし、モニターには外が映し出されている。

 ルゥリアはチェックシートに記入し終えると、シートを座席横のホルダに収め、肋骨から突き出た竜骨アームに素手を置く。

 そこに被せられていた絶縁ラバーは今回、ルゥリアの申し出で外してある。

 初期の起動試験で、人造竜骨が操者の生命力を吸い出してしまう事が判明。その対策として装着された絶縁グリップラバーだが、同時に機体と操者とを隔ててしまう問題もあった。

 ノランはそれを薬の増量で力任せに乗り越えたのだが、ルゥリアは再び直接人造竜骨に触れる事を選んだのだ。

 画面の中のルゥリアが深呼吸した。

『これから一号機と話をします。時間をください』

「ああ、任せる」

 ホイデンス所長が答えた。

 ルゥリアはうつむき、目を閉じて動かなくなった。


「同調率54%」

「ゴーレム出力63%」

 管制室で数値を読み上げながら、スタッフ達は不安な表情を隠せない。緊急招集されて起動試験を急遽開始したが、数値は最近の試験よりむしろ低いのだ。

「これでいい。むしろ予想通りだ」

 ホイデンス所長は、彼らの懸念を一蹴した。だがその低い声に、隣のケリエステラ所長は首を横に曲げ、ホイデンスに視線を向けた。

「どうした。機嫌悪そうだな」

「そんな事はない」

「そうか?」

「ああ」

 顎を拳で支えるホイデンスは、さらに不機嫌そうに見える。ケリエステラは視線を前に戻し、一号機のデータをチェックし続けた。


(あの娘の置かれた状況から、いずれはその精神的内圧が限界に達して爆発する。それが臨界を突破するトリガーになる)


 かつて、いきなり届いたルゥリアからの被験者志望メールに対し、ホイデンスが語った言葉を、ケリエステラは思い出していた。


 事態は、あの日のお前の読み通りになりそうじゃないか。

 だがお前は、やはり非情になり切れないでいる。だから機嫌が悪いのだ。

 こうなると思っていたよ。だから私はあの時、反対したんだ。こんなことを思うなんて、我ながら生産的ではないが。

 いっそ、お前が本当に狂気の魔学者であれば、こんな心配もいらなかったのにな。



 ルゥリアは目を閉じ、意識を集中して機体に語り掛ける。

 手のひらから、冷たい人工竜骨へと体の熱が流れ出ていくのを感じながら。


 あなたは、竜の骨を模して作られ、ゴーレム魔法を掛けられて生まれた。でもあなたには、竜としての記憶がない。自分が何者か分からない。

 だから不安なのでしょう。怖いのでしょう。寒いのでしょう。触れた者から、生命力を吸い尽くすほどに。


 その時、ルゥリアの手のひらに機体の振動が伝わった。彼女にはそれが、一号機の声だと思えた。それに励まされ、言葉を繋ぐ。


 ずっと私も怖かった。

 お父様とゴドラーグのように、自分の中に自分以外の誰かを招き入れ、一つに溶け合う事が。

 でも、もう怖くない。何を失うとしても。

 だって、もうこれ以上ないほど、私は多くのものを失ってしまったのだから。


 もう怖がらないで。寂しがらないで。

 私があなたに名前をあげる。形をあげる。あなたに私の全てをあげる。私の、この胸の中で煮えたぎるものを、命の炎としてあなたにあげる。


 両手のひらから竜骨へ、自分が流れ出す。一号機の巨体に、自分の意識が広がっていく。

 同時にその手から心臓へ、一号機の心が流れ込んできた。冷たい力の奔流。

 体に流れ込む一号機の孤独と寂しさ、不安を、怒りの炎に変えて送り出す心臓。それが自分だとイメージする。


 あなたはただの兵器じゃない。

 ただの機械じゃない。

 あなたは猛き竜、荒ぶる神。

 多くの人の願いを受け、人が生み出す最初の、第一の、至高の神様。


 だからあなたの名は


 プリモディウス



『行こう、プリモディウス。我は汝の心臓なり。魂なり。命なり!』

 スピーカーからルゥリアの声が響くと同時に、モニタに表示される数値とグラフが跳ね上がった。研究員たちの声が慌ただしく交錯し始めた。

「同調率80……90……100%!」

「ゴーレム出力100%突破! 臨界越えました!」

 ガスタービンの駆動音も急速に高まる。

「自律制御システム、フィードバック始動! 竜骨フレームが自ら主機の出力を上げています!」

「ゴーレム出力170%! 理論上限値到達しました!」

「本覚醒、達成だ!」

 ケリエステラが身を乗り出して叫び、スタッフの間から歓声が上がった。

「セリア、身体に異常はないか!」

『ありません。大丈夫です!』

 ホイデンスの問いに、力強い声が戻ってきた。



 ルゥリアは、一号機プリモディウスを自分の体として感じていた。巨人の視線、遥かな高みから見下ろす地下空間。

 腕を振り、足を上げて歩く。巨体が金属の床を響かせる衝撃が、自分の体の事として伝わってくる。

 腹に力を込めると、プリモディウスの腹部でガスタービンエンジンがさらに出力を上げ、全身に力がみなぎる。速度を上げ、地下空間の外周を走る。

 周回を終え、空間の中央に立つ。

 背の翼を広げ、尾で床を打つ。そのどちらもが、生まれてからずっと自分の体だったように意のままに動き、感触を返してきた。

(いける!)

 その確信を得て宣言する。

「浮遊、行きます!」

『分かった。慎重にな』

 ケリエステラ所長の指示に、

「はい!」

 力を込めて答える。

 翼に意識を集中すると、その骨から青白い光が放たれた。後頭部の補助カメラの視界がルゥリアの意識に映し出され、父の愛機ゴドラーグが飛ぶ時の姿を思い出させた。

(行こう、空へ)

 自らの心に、そしてプリモディウスに呼びかけると、翼の光が強まり、足の裏に感じる重量が軽減されていった。それが無になり、次いで地面の感触が消えた。

『試作一号機、浮上確認!』

 管制室からの音声と、他のスタッフの拍手が飛び込んできた。自然とルゥリアの胸も高揚する。

 レーダーが、地下空間の形を立体的に脳の中に送り込んできた。機体のあらゆる数値が、意識を向ければ即座に返ってくる。

 天井が近づき、ルゥリアはプリモディウスの右手を上げた。照明を避けて天井に触れ、自らの体を押し下げた。同時に翼に向けた意識をわずかに緩め、ゆっくりと地上に降りた。


 次は戦闘動作の確認。戦術システムが、ガレージの前に用意されている武器に情報を付加して提示する。

「剣術動作、確認します」

 ルゥリアは、大型ゴーレム用の剣と盾を取り、空間の中央に向けて素振りをする。自分の体よりは遅いが、正確な動きで振るわれる、重量5ゴルンもの剣が空を切り裂く音は重く鋭い。

 システムが視界に浮かべる演習用の仮想目標に切り込む。上段からの踏み込み。一歩引いて盾で攻撃を受け、横薙ぎに打ち込んだ時、視界が一瞬激しくゆらめいた。

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