十二.凶報
アルビーもハーブ茶を飲んで一息つくと、疑わし気な目をルゥリアに向けた。
「あんた、ノヴォルジの商社幹部の娘……じゃなさそうだね」
「はい」
彼女はしばらく口に拳を当てて考えていた。ルゥリアの先の言葉で、既にその正体は察しがついただろう。やがて、
「さっきは悪かったよ」
ぽつりとつぶやいた。
「いえ。隠し事をしていたのですから、そう思われても仕方ないです」
ルゥリアが首を振ると、アルビーはゆっくり息を吐いた。
「いいよ。べつに、わたしの話をしても」
「本当ですか!」
ルゥリアは思わず手を合わせて声を上げる。
「まあ、あんたの事情を聴いた後じゃ、馬鹿みたいな話だけどね」
「いえ、聞かせてください。よろしければ、ですが」
「大したことじゃない。わたしが、精霊の声が聞こえないエルフだってこと」
「え……」
ルゥリアは息を呑んだ。
彼女の乏しい知識でも、エルフは森の自然の聖霊と会話し、その力を借りて強大な魔法を使う種族だという事は分かっていた。それは、エルフに生来備わる力だとも言われていたのだが。
「当然、精霊の技……あんたたちの言う精霊魔術は一切使えない。エルフの社会では、わたしのような者はほとんど無能扱いになる。それに、この髪の色だ」
赤茶色の髪を指に巻き付ける。確かに、エルフには栗毛から金髪のイメージがあるが、赤い髪というのは写真でも見た事がない。
「わたしはずっと、人間とのハーフ、そう言われてきた。エルフの社会で、それがどんな侮辱か。あそこは、昔のグレニア皇帝の裏返しのようなエルフ純血至上主義だからね」
目を細め、首を振る。
「分かるかな……わたし以上に、両親にとって、どういう事か」
「あ……」
ルゥリアの胸に、その言葉が刺さった。それは、アルベリンの母が人間との間で子をなした、という意味になるからだ。それを思い浮かべた途端、
(!)
ルゥリアの胸に吐き気と共に酸っぱいものがこみ上げ、口を押える。アルビーが身を乗り出した。
「大丈夫? 顔が真っ青だ」
「いえ、もう大丈夫です。すみません」
ルゥリアは首を横に振った。
「そう……」
アルビーは上げかけた腰を下ろした。
「エルフだって、長い歴史の中でヒトの血が入る事もあったし、突然変異だってある。わたしがどっちかは、調べる事は出来なかったけどね。
まあそういう事で、わたしは公国を出て、べランキ王国の……ヒトの下級貴族オスタンダム家の養女になった。そして騎士軍入隊試験の遺伝子検査で、ゴーレム適応因子があると分かった」
薄笑いを浮かべて首を振る。
「皮肉なもんだ。エルフが持っていて当たり前の資質がわたしには無くて、エルフが忌み嫌う資質が有った。だけど、それもいいかと思ってる。その資質で騎士になる事で、わたしは」
その目が昏くなる。
「復讐したいんだ、きっと。エルフの、わたしを生んだ国に……いや、わたしを生んだ二人に」
「え?」
「わたしにオスタンダム家から養子の話が来た、そう話した二人の、必死の顔。私が出ていくときの安堵した顔。きっと一生、忘れない」
胸が、苦しい。うつ向いて、歯を食いしばっても、手の甲に落ちる滴を止められない。
「ちょっと、なんであんたが泣くの」
アルビーの慌てた声。
「だって……悲しいです、そんなの」
ルゥリアは首を振った。
自分にとって最後に見た父は、自信に満ちた笑顔だった。館を出る時、母は心の温かくなる笑顔で送り出してくれた。
それなのに、アルビーにとって一番強烈に記憶に残った両親の顔がそれだとしたら。
私は、確かにアルビーが言った通りだ。心の底で、自分が一番不幸だと今でも思っている。だけど、アルビーが自分より幸せだろうか。彼女の両親は生きているけれど、きっと彼女が両親の本心からの笑顔を受け取る事は、一生ないのだろう。
「あんた、取扱要注意すぎるだろ」
アルビーのつぶやきが聞こえた。
「今日は、つらいお話をさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「好きで話したわけじゃないけど、ま、いいや」
謝るルゥリアに、アルビーは面倒そうに手を振った。
「ところでさ」
アルビーが少し身を乗り出した。
「ホッブが、さっきみたいな話の進め方をしろって言ったの? 打ち合わせはしたんでしょ?」
「ええと」
ルゥリアは記憶を呼び戻しながら、
「ぶつかる事を恐れないで、素直に自分をさらけ出していこうって……」
「それであの喧嘩腰? あんた、不器用にもほどがあるでしょ」
アルビーのあきれ顔に、(最初に喧嘩腰になったのは、あなたではないですか)と言いかけて、ぐっと飲み込む。
「すみません」
「次にこんな機会があったら、ホッブに想定問答集とか、台本を書いてもらいな。その方がまだましだ」
「はい」
小さい体を、さらに小さくする。
だが、部屋を満たす空気は、つい先ほどまでより心地良くなっていた。
その空気をわざと壊そうとするように、アルビーは顔を背けながらつぶやく。
「好きか嫌いかで言えば、やっぱりあんたは嫌いだ。なんか、自分の不器用さを鏡で見せつけられるみたいでさ」
今度はルゥリアも、一言返す誘惑に勝てなかった。
「でもアルビーさん、私より10近く年上ですよね」
「あと、そういう丁寧な毒舌も!」
数日後の研究所。
アルビーが朝から、眉間に皺を寄せていた。
「空調の温度、上げた?」
「いや、変わらないと思うけど」
トルオに尋ね、首を振られたりしている。ルゥリアは近付いて小声で話しかけた。
「お体の具合、悪いのですか?」
「どうだかね。そう言うのじゃない気がする」
首を振って、
「ただ何か、嫌な感じがするんだ」
「そうですか」
少し心配になったが、どうすることも出来ないまま、朝の検査を終えて普通学科の授業へ向かった。
午後、研究所に戻ったルゥリアは、トルオに声を掛けられた。
「セリアちゃん、所長が呼んでるよ」
「ありがとうございます。所長室ですか?」
「そうだよ」
なんだろう。胸騒ぎを押さえながら、所長室のドアを叩く。
「入れ」
「はい」
ドアを開けると、ホイデンス所長の他に、営業部長のナイードが来ていた。彼らしくない硬い表情をしている。
「座れ」
「はい」
椅子に腰を下ろすと、ホイデンスは机の上で指を組み、うつむき気味に話し始めた。
「ノヴォルジ帝国軍務局のサイトが更新された。それによると……」
珍しく言い淀んでいたが、やがて意を決したように口を開く。
「お前の母上、メラニエ・ダリシア・バリンタ殿が、今月の十一日に亡くなったとの事だ」
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