十一.機械仕掛けの神様

 翌日は日曜日。朝食を終えて部屋に戻った後、ルゥリアはアルビーに声をかけた。

「今日、またお時間をいただいても良いですか?」

「話の内容による」

 タブレットに目を落としながらアルビーが答える。

「アルビーさんの、個人的なお話を聞かせてください。ここに来た理由や……」

「その必要があるの?」

「あります。一号機を動かす為です」

 アルビーは、眉を片方あげた。

「説明して」

「はい」

 そしてルゥリアは、かつてホベルドと話した、喪失と自我の肥大という被験者の共通点について説明した。もちろんホベルドの身分については伏せたままだが。

「ノランさんの次に臨界を突破するために、私たち被験者でも、何がカギになるのか、お話しできたらって思うんです」

「そういうの、スタッフに任せればいいんじゃないの? わたしは別に、あんたの話を聞きたくない」

 取り付く島もないとは、この事だった。

 ルゥリアはうつむき、それから上目を使ってアルビーを見る。

「アルビーさん、私の事がお嫌いですよね」

「うん」

 即答だった。

「具体的に、どういう所でしょうか」

「その、私は不幸でございます、同情してくださいっていう顔」

 ルゥリアは息を呑んだ。タブレットから目を上げもしなかった。その拒絶する力の強さに、逃げ出したくなるのを抑え込む。

 ひるむな。ここで戦わないと、きっと私は彼女に踏み込まず、必要な事だけ話す、そんな関係に逃げてしまう。

「ア……」

 舌が強張って言葉が詰まる。一度唾を飲み込んで、拳を握って声を絞り出す。

「アルビーさんも……いかにも私は傷ついています、触れないでっていう顔をしているじゃないですか」

 はじめて、アルビーがタブレットから顔を上げた。

「もしかして、わたし、喧嘩を売られてるのかな」

 アルビーの緑色の瞳が、鋼鉄のように冷たい青に見えた。

 逃げ出したい。手が、足が、震える。それでも、向き合わなければならない。向き合って、話をして、互いを知り合わなければならない。

 息を吸って、話し始める。

「私は、優しい人が好きです。大きな声を出さなくて、いつもそうだねって言ってくれて、駄目だっていう時も優しい声で言ってくれて……私を甘やかしてくれる人が好きです」

 そう言った時、心の中にノランと、父と、クルノの顔が浮かび、一瞬言葉に詰まる。

「でも、今はそれでは駄目なんだって、分かっています。だから今は、アルビーさんと向き合って、ちゃんとお話をしたいんです」

「なるほど」

 アルビーの口に、微かな笑みが浮かんだ。

「あんたの事、少し分かった」

 ルゥリアが少し安堵した時、アルビーの口がきつく引き締められ、

「もっと嫌いになったよ」

 ナイフのように突き刺さる言葉に、ルゥリアは凍り付いた。

「そんなに甘やかされて、優しくされて、親元を離れたくらいで、そんなに不幸な顔ができるって事に」

「いえ、私……」

「どんな風に育てられたのか、大体想像がついた」

 ルゥリアの抗弁も、アルビーに撥ねつけられ、真正面から冷たい目で見据えられる。

「あんたの、馬鹿な親の顔が見てみたい」


「ふ……」

 全身が震えている。さっきまでの冷たい震えではない。熱い、血が煮えたぎるような怒りの震え。

「ふざけるなあああああ!」

 絶叫した。

「あんたなんかに、お父様とお母様の何が分かる!」

 アルビーに詰め寄る。アルビーも立ち上がり、全身の筋肉を緊張させて睨み下ろしてくる。だが構うものか。殴られたって、打たれたって、言いたい事は今、全部言う。

「私と、故郷のみんなを守るために戦って、お父様は亡くなった! お母様は私を守るために自分の身を……それを不幸に思って何が悪いんだああああ!!!」

 初めてアルビーの、驚いた顔を見た。ほんの微かで、もしかするとこちらの思い込みかも知れないけれど。


 その時、ブザーが鳴って合成音声が天井から響いた。

『人間関係のトラブルと思われる音声を検知しました。深刻な問題に発生しそうでしょうか。何らかの助けは必要でしょうか。必要でしたらお申し付けください。ご返事がない場合は、30秒後にドアロック解錠の上全フロア警報発令。5分以内にスタッフが参ります。必要があるようでしたら、直ちに警察に通報いたしますが』


「あ」

 余りに事務的な声と、警察沙汰になるというその内容に、ルゥリアの動きが止まる。その全身から、針を刺した風船のように熱と怒りと力が抜けていった。

 そういえばノランの件があってから、管理用人工知能のトラブル検出閾値を下げると、所長が言っていたのだった。

「ええ……」

 アルビーも溜息をついて、頭を掻いた。困惑した様子で、ルゥリアに目配せをする。ルゥリアもうなずいて、天井に顔を上げた。

「すみません。ちょっと興奮しただけです。大丈夫です」

『ランセリア・クオリッタさんの安全を確認しました。アルベリン・オスタンダムさんは問題ありませんでしょうか』

 アルビーもうんざりした表情で答える。

「ああ、問題ない。スタッフ来なくていいから」

『了解いたしました。それではこれで注意喚起モードを終了いたします。心穏やかな休日をお過ごしください。なお、この危機管理システムは、世界のご家庭に平和をお送りする、タバンドラ・セキュリティ研究所の提供』「うるさい黙れ広告キャンセル」

 アルビーがいらいらと遮る。

『了解いたしました。どうもありがとうございました』

 そして静けさが戻った。


 興奮が過ぎ去ると、二人の間に妙に気恥しい空気が流れた。

「ま、座んなよ」

「はい」

 ルゥリアが腰を下ろすと、アルビーは冷蔵庫からハーブ茶のパックを二つ取り出して、一つをルゥリアに手渡した。

「ありがとうございます」

 ストローを刺して、お茶を吸い上げる。カラカラだった喉が潤され、冷やされると、さらに落ち着く。

 ルゥリアは天井のマイクをちらりと見上げた。

 ノランが倒れた時に救けてくれたのはホベルドだったが、今度の救いの神様は機械仕掛けだった。それもまた、アバンティーノらしいと、ルゥリアは思った。

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