六.怪盗カード
ダク・ホジャイは典型的な立志伝中の人物であった。
南方大陸のグルンデで生まれ育った少年時代、戦災で両親を失い、奴隷として売られたが、過酷な労働の中でも読書と勉学に励んだ。
やがて自らの自由を買い戻して魔術と電子機器の複合アイテム店を興し、二十年の間に大企業に発展させてノヴェスターナに移住。そこでも大成功した後に経営からは引退。今は投資家として巨万の富を運営している。
齢七十を超えて、世界を駆け回り、新たな投資先を自分の目で選ぶことを信条にしている彼は、ホイデンス研究所とケリエステラ研究所、双方にとっての筆頭投資家であった。
その彼が、ホイデンスの言葉に目を剥いた。
「成功? 成功と言ったか?」
「もちろんです」
ホイデンスは動じなかった。
「私の、薬学・心理学的アプローチによって竜因子を発現させる研究と、ケリエステラ研究所の、人造竜骨によるゴーレム作成という研究は、今回の試験において、共にその根本原理に誤りがない事を証明しました」
ダクが口を開きかけるのを封じるように、
「乗員への負荷は、もちろん解決します。お約束通り、累計投資と同額の追加投資をお願いします」
ダクは椅子の肘掛けを強く掴み、身を乗り出して睨みつけた。
「今まで、多くの起業家や発明家を見てきたが、君はそのイカれっぷりではトップクラスだな」
ホイデンスは無表情で返した。
「お褒めに預かり、光栄です」
ダクはしばらく彼を睨んでいたが、急に大笑いし始めた。それが収まると、
「そして、わしら凡俗が、そんなイカれた天才を好むという事を、良く分かっているな」
「失礼します。あなたが凡俗などとおっしゃったら、正真正銘の凡俗の皆さんが立つ瀬がないでしょう」
ちょうど入ってきたケリエステラが、椅子に腰を下ろしながら軽口を返した。ダクはニヤリとすると、携帯端末を取り出して操作した。
「今、それぞれへの累計投資額の二倍を送金した」
両所長は、ちらりと視線を交わすと、礼を述べた。
「「ありがとうございます」」
「うむ。搭乗者の負担軽減は、必ず実現する事だ。出動するたびに騎士が心臓発作を起こすような竜骨騎を欲しがる国などある筈がない」
「無論です」
「それとだ」
ダクは上着の胸ポケットからカード入れを取り出し、金属光沢のカードを一枚抜いた。それを人差し指と中指で挟み、手首のスナップを聞かせて飛ばす。カードは回転しながら弧を描き、ホイデンスの手の中に納まった。
「バラダイン・ロデンティンのチタンカードですな」
ホイデンスがカードを見ながら、やや困惑した様子で言うと、タグはうなずいた。世界でも持つものは二百人程度と言われる、富豪のためのクレジットカードだ。
「限度額一杯まで使って構わん。それで、あの被験者の子、なんと言うたか。……そうか、ノランか。あの子の生活が今後成り立つ手立てを考えてほしい。あの様子では、もう乗る事は出来んだろう」
「……はい」
「返済など気にせんでいい。これは見舞いだ。そう伝えておいてくれ」
「はい」
「ただしだ!」
ダクは立ち上がるとホイデンスの目の前まで近づき、覆いかぶさるように顔を寄せた。赤銅色に日焼けした労働者の肌と、老人となった今でも逞しい筋肉が、ホイデンスに圧迫感を与える。
「びた一文でも研究費に流用してみろ。わし手ずから君の首に鎖を掛けて、ノドリーゲンの奴隷市場で叩き売ってでも回収するからな!」
「は、はあ」
気押されたようにホイデンスが答えると、タグはにやりと笑った。
「そんな普通の間抜け面も出来るのだな」
ホイデンスが思わず顔を押さえるのを横目に椅子に戻り、
「で、どうだった?」
「は?」
「これだよ」
カードを投げる仕草をして見せる。ホイデンスは頬を軽く引きつらせ、
「お見事でした」
「だろう? 子供の頃、怪盗ベリディットに憧れて、日がな一日練習をしていたものだ」
そこまで話したところで、ホイデンスの顔に困惑を読み取って、
「知らんか?」
「はい」
そこで気が付き、手を振る。
「ああ、君はアレだったな。すまなかった」
「いいえ」
「私は見ていました」
ケリエステラ所長が、少し頬を赤くしながら話を引き取る。ダクは喜色を浮かべ、
「そうかそうか。あれは世界中で、長く放送していたからな。あれの中で、予告カードを投げてテーブルに突き立てたり、敵の手首にぶつけてピストルを叩き落したりするのがカッコ良くて……まあそんな事はどうでもいい」
ダクはふと我に返り、手をひらひらとさせて話を自ら打ち切った。
「要はだ。そんな馬鹿なガキだったわしが、一度は天涯孤独の奴隷となり、今ではあの子くらいの孫娘がいるんだぞ」
彼は、ノランがすでに運び出された地下空間に目をやった。
「人生とは、世界とは不思議なものだと思わんか」
「はい」
「あの子にも、世界が悪い事ばかりで出来ているのではないと思う機会をあげたい」
「……ありがとうございます」
ホイデンスは頭を下げた。
「そうだ」
ダクはふと思い出したように振り向いた。
「人生のあり方は人それぞれと承知の上で、君たちも、子を持つ事を考えてみてはどうか、と言わせてもらう」
彼は天井に視線をやり、両手の指を組んだ。
「子の成長は、奇跡だよ。この島でなら、君らの年でもまだ遅すぎるという訳でもあるまい。何しろ、狂気の魔学者の島だ。あるいは、実子でなくともよい」
困惑した二人の顔を見回すと、ふっと息を吐いて微笑を浮かべた。
「まあ、気にせんでいい。年寄の戯言だとでも思っておいてくれ」
その時、振動音がして、ダクはポケットから携帯端末を取り出してメッセージを見る。
「待ちきれなくなったか。まあ時間を三十分オーバーしておるしな。では、失礼するとしよう」
ホイデンスとケリエステラが腰を上げかけると、
「見送りなどいらん。車に乗るまでの二、三分くらい、好きに物思わせろ」
「はい」
「本日は、ありがとうございました」
二人が頭を下げると、ダクは背を向け、手を振りながら出ていった。
ドアが閉じられ、部屋が二人きりの空間になると、妙に気まずい空気が流れた。
「まあ、あれだ」
ケリエステラはそっぽを向きながら、
「私には一号機が子供だ」
「そうだな」
答えるホイデンスに、ケリエステラは顔を向け、微かに柔らかい笑みを浮かべた。
「お前なんて、本当に子供が出来たみたいなものだしな」
ホイデンスは、顎に手を当てて五秒考えた後、顔を上げ、
「……誰の事だ?」
ケリエステラの顔から微笑が消え、殺意を込めてホイデンスを睨みつけた。
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