二.革命の騎士(後)

 機械騎とは、ロボット技術によって生まれた人工のゴーレムである。

 西方世界の貴族達には、ゴーレム騎士を初代とする者が多い。ゴーレム騎士はほとんど、その能力の発現は一代限りとなるが、その初代が確固たる地位や資産を築き、世襲貴族の叙任を受けた結果である。

 しかし能力の発現しなかった貴族に持たせるには竜骨騎はあまりに貴重であり、ほとんどは国家に返納されてきた。

 しかし近年の土木建築用人型重機の登場により、ゴーレムを模した大型ロボットの製作が技術的に可能となった。

 それらはゴーレム騎士から始まる世襲貴族から、その起源を誇示する動くモニュメントとしての需要があり、一機が平均七億ディラという、新型ゴーレム戦闘機を上回る高額ながら、専用工房が西方を中心に二十以上も立ち上がる程の活況を呈している。

 とはいえ、人体の延長として自在に動く竜骨ゴーレムとは異なり、操縦桿や音声認識など限られたインタフェースでの操作は、あくまでも式典や模擬戦用に留まり、実戦に投入された事例は無い。

 少なくとも、今までは。


 東方の森は、樹齢50年近い古木が並んでいる。しかしその中で立ち上がった機械騎の姿は、木々の梢に達していた。確実に、諸国王用の大型竜骨騎に匹敵する巨体だ。ただ異様なのは、剣ではなく六角断面の棍棒を手にしている事だった。

「何者だ!」

 ヴィラージは見上げるように誰何した。それに対して巨大騎は、背をそらし、視線だけを下に向けて答えた。

「誰かと問うなら、まず名乗るのが人間のしきたりとかいうものではないか?」

 その言葉遣いに、ヴィラージは違和感を感じた。探りを仕込ませた言葉を返す。

「侵入者や無法者にはその限りではない、と言う暗黙のルールも人間の社会にはあるのだ。覚えておかれよ」

「なるほどな」

 相手は平然と答え、ヴィラージは確認した。

(こいつは、やはり人間ではないな。それに、エルフやドワーフのような、人間の文化に馴染の深いヒト族でもない。どこか子供じみている…人工知能か?)

「それでは名乗るとしよう」

 巨大騎は手にしていた棍棒の先を土に突き立て、宣言した。

「我が名はグーフェルギ……」

 間が開き、ヴィラージは息をのんで次を待つ。なにかとてつもない家の名が出てくるのではないか?

「……」

 だがそれにしては間が長い。

「……」

 巨人騎は首を傾げた。

「……おい……」

「……ハリバンである!」

 声が重なった。

「そうか……」

 明らかに、誰かから教えてもらったようだ。

「覚えられぬ偽名なら、姓は省いて名だけとするがよろしかろう」

「まあわしもそう思うが、それでは重みがないとな…」

 機械騎はまるで頭を掻くような仕草を見せた。

(何だ?)

 ヴィラージは疑問を感じた。

(この機械騎、無意味に人間らしい動きが多い)

 こんな動作をモードに入れたり、わざわざそのためにマニピュレートモードにするのも酔狂な話だ。それとも、会話の文脈から仕草を生み出す人工知能か?


 この騎が動き出した時から、通信機に電波妨害を示すランプが点灯していた。館はおろか、ゲオトリーのミントレルとすら連絡ができない。

 しかしこの機械騎には電子戦装備らしきアンテナ類もしくはカバーは見られない。となると、支援部隊が近くにいるのだろう。

 まあ、ゲオトリーの事だ。こちらが心配せずとも打てる手は打ってくれよう。


「で、トルムホイグに何の用か」

「言わずと知れたこと。西方有数の竜骨騎士と名高いお主と戦うために来たのよ! 革命騎士団の騎士としてな!」

「それは随分と買いかぶられたものだ。それにしても…革命騎士団か」

 世界中で出没し、あらゆる国や組織に戦いを挑む正体不明の騎士団。実際には主義も主張もバラバラな反体制派の総称であり、その名を騙って新型機の実戦テストを行う国や企業もあると噂される。

 この機体も、その動きも、今までに見た覚えがない。そんな最新型の機体を、弱小揃いの革命派が用意できるものではない。そうなると、非合法の実験部隊か。

「騎士団と名乗れども、実際には無法者の身の寄せ場に過ぎぬと聞く。貴様もその類いか。それとも、何を、いかに革命するか、考えての事か?」

 畳み掛けるヴィラージに、機械騎の主は

「むう」

 と黙り込んでしまう。

「ただ己の功名のみの為に戦うなら、人というより獣人ではないか!」

 その啖呵に、機械騎は動きを止め、重い沈黙が訪れた。

(図星だな)


「獣人、か……」

 ようやく彼から漏れた声は、低く、重かった。

「そう言われて、今、分かった。確かにわしは、革命とやらをしようとしているのだな。ヒトのその傲慢こそ、我が革命すべき敵だとな。ヴィラージ・デア・トルムホイグ、礼を言うぞ」

 その言葉に、ヴィラージは胸を突かれた。相手の正体は予想通りだったが、その反応は予想と異なっていた。


 エルフなど、ヒト族と互角の知能を持つ諸人族と異なり、竜人、魚人などの獣人諸族は、ヒト族の抽象思考能力には及ばないため、圧倒的多数を占める人族の社会で高位につくことは極めて難しい。

 その体力の優位も、かつては人の魔法に、今は科学技術によって相殺され、治安傭兵を除けば、多くが保護下で細々と生きているのが現状だ。

「無礼な事を言ったな。すまなかった」

 ヴィラージは詫びた。

 正体を探るためとはいえ、それが図星であってみれば尚更、後味は悪いものだ。

「いや、お主が本心から我らを貶めんとしたわけではないことは分かる。お主と酒を飲むのは、楽しそうだ」

「貴公が思い直すなら、それもできよう」

 無駄と分かっていても、それでもそう言いたくなった。

「いや、それはできぬのだ。もはや、引き返す術は無い」

 思った通り、巨大騎は首を横に振った。

「私が戦わぬと言えばどうする?」

「それでも戦う。そなたが逃げるとは思えぬが、もし逃げおおせたなら、さらにこの地を踏破し、噂に聞くトマーデン公の新型機械騎に戦いを挑むのみ」

「そうか。やむを得ぬ。私には、領地と帝国国境を守る義務がある。それを果たすため、この決闘を受けよう」


 その時、村の方からサイレンの叫び声が上がり始めた。続いて聞き慣れた女性の声が緊急避難を呼び掛ける。

「む?」

 機械騎がその声の方を向くのに、言葉をかける。

「我が妻だな」

「ほう」

「あれだけ派手に電波妨害されては、正規軍の侵入が疑われる。当然の措置だ」

「なかなか優秀な奥方だな」

「軍人としてなら、私より優れている。軍での階級は、私より上だった」

「そうか」

 機械騎は楽しげに笑った。

「それでは、もう時間はあまりなさそうだな」

「だろうな」

 二騎は真っ向から向き合った。

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