一.巨人狩り(後)
「グローズ村だ。樵が森の中で見つけた。畑のすぐそばだ。メラニエ、後を頼む!」
一気に飲み干したカップを妻に渡す。
「はい。ご武運を!」
彼女が館に駆け戻るのを見送り、マイクの送信スイッチを入れる。
「ゲオトリー、聞こえるか?」
「はい!」
「グローズ村に現れた。出るぞ!」
「はっ! 軍医先生は?」
「もう来た。乗せてくれ」
「了解!」
そしてハッチを閉じ、端末をその裏に固定すると、左右の肋骨に取り付けられた竜骨製のアームを握って精神を集中する。コクピットを囲む肋骨が仄かに光り始めると、つぶやく。
「行くぞ、ゴドラーグ。『我は汝の心臓なり』」
ガレージから、身長約四ヤグル、人の二倍以上の大きさの甲冑が歩み出る。右手には大型麻酔銃を、左手には盾を持って。
演習場から戻ってきた軽装甲車二台へ、竜骨騎から声が飛ぶ。
「俺は空から先に行く。追いついたら、ミントレルは俺の支援を、ラズベルは村長の館を警護だ!」
「「はっ!」」
二両の軽装甲車には、クー・ダル92という軍の型式があるが、ヴィラージは竜骨騎同様にそれぞれ名をつけている。一号車『ミントレル』、二号車『ラズベル』。神話に登場する知恵ある双子の名だ。
一人がトラックに乗り移り、軍医トロンカイルがその助手席に乗り込む。
ヴィラージは、館の裏口を振り返った。そこではルゥリアが怯えた表情で覗いていた。彼は口を開きかけ、少し考えた後に、
「大丈夫だ。すぐに戻ってくる」
今までとは違う言葉をかけると、娘の顔がパッと明るくなった。つっかえながらも声を絞り出す。
「ご……ご武運を!」
「おう!」
答えた後、クルノに視線を向ける。
「クルネイス・バーニク!」
「はい!」
張り詰めた声で名を呼ばれ、クルノは背筋を伸ばす。
「拳銃の実弾装填と装備を許可する。メラニエとルゥリアを守ってやってくれ!」
その言葉を受け、少年の顔が一気に紅潮した。
「はい! この命に代えましても!」
想いを込めた一世一代の宣言は、しかし大人たちの爆笑に迎えられた。困惑が、クルノの全身から力を奪う。
「……あの……?」
「いや、悪かった。ルゥリアにはお前の方が騎士様だな! ではな!」
ゴドラーグは背中の翼を広げた。飛龍の骨を炭素繊維で強化し、高分子系の半透明素材を皮膜とした翼だ。
その骨組みの、炭素繊維に覆われていない関節から青白い光を仄かに漏らし、巨体をふわりと宙に持ち上げる。高度を上げながら東へと向きを変え、グローズ村へと飛び去る。
「しっかりな! 騎士様!」
二両の軽装甲車も父の言葉を残し、街道に出て後を追った。
「はい!……いや、あの……」
思わずルゥリアの方を振り向いてしまうと、彼女は少し顔を赤くして横を向いた所だった。
「ええと……」
さまよった視線が、作業机の上に止まる。ルゥリアが横を向いたまま、
「あの……コーヒー……みんなにあげられなかった…」
「帰ってきたら、みんなにも飲んでいただきましょう。じゃ、頂きます」
「うん……あの、お砂糖とミルク……」
「いえ、ブラックで!」
クルノはコーヒーを一気に流し込み…顔をしかめた。
飛行中のヴィラージは、ハッチの裏に固定した情報端末に届いた新たな通報を確認する。次々に届くのは、森の中でこちらを伺う巨人らしきものの姿をとらえた写真や動画。
「もう少し、大人しくしていてくれよ」
呟いた彼の目に、雲から頭を出した朝日が差し込んだ。実際には感覚を共有する龍骨騎の視界なのだが、それでも黄金の陽光が照らし出す森や川、街道や山並み、その全てが彼の意識をして、目前の危機を忘れさせる程に輝いていた。
「猛き者デラーンよ。この郷の全てを守らせ給え」
思わず、ノヴォルジの軍神に祈りを捧げる。
だがその祈りに、彼自身の中から違和感が起きた。それは、彼と一体化したゴドラーグが異論を唱えているのだと、すぐに分かった。
「そうだな」
彼は半身たる龍骨騎をなだめた。
「今現実に、この郷を守るのは、俺達だな」
祈りが通じたか、グローズ村の上空に差し掛かっても、巨人は動き出していなかった。村の広場に近づくと、車やバイク、トラクターと共に、100人以上の村民たちや、牛馬が集まっているのが見えた。
龍骨騎が近付くと、人々が空を見上げて手を振る。どの顔も不安そうだ。ヴィラージは、空いた場所を見つけて騎を着陸させた。
「御領主様!」
村長が駆け寄り、ヴィラージはハッチを跳ね上げて顔を見せる。
「うむ。まだあそこに居るか?」
ヴィラージは北東の森をゴーレムの腕で指す。
「はい、まだ動いておりません」
「そうか。それは幸いだ。すまぬが、村長と、銃を持つものは村長の家に残ってくれ。それ以外の者は、ゲオトリー達が追いついたら、直ちに避難を開始してくれ。その後で捕縛に取り掛かる」
「はい!」
ほどなくして、軽装甲車が到着した。二両が広場を挟んで展開し警備に着く頃、捕縛チェーンなどを載せたトラックも追いつく。それと入れ替わりに村人たちと家畜は、トラックなどに分乗して避難していった。
「では、行こう」
「はっ!」
ヴィラージはゲオトリーのミントレルを従え、農道を通って森に近付く。
「指示あるまでここで待機だ」
ミントレルの天蓋を開けたゲオトリーは機関銃の銃把を握り、うなずいた。
「はい、ご用心を」
「ああ」
森の中に足を踏み入れる。
大半の木が葉を落とした秋の森に、朝の光がまだらに差し込む。美しい光景の中、落ち葉を踏みしめ、布らしきものを纏う大きな影へと近付く。
麻酔銃の射程はゴドラーグの歩みでおよそ20歩。その距離で歩みを止め、銃を構え直す。
その上で、メモリカードに入れてあるオーグトロルの言葉での警告を、スピーカーから流す。騎士である以上、相手が食人鬼でも不意打ちはできない。
唸り声のような、耳障りな声が自分の声のようにドヴォラーグの口から流れるのは、何とも奇妙なものだ。
だが。
『そのようなものは無用ぞ!』
「なに!」
返ってきたのは、明瞭な男の声、ヒトの言葉だった。
その語尾が消える前に、巨人の中から複数の機械音が流れ出した。ガスタービンの起動音、ギアの咬合音、人工筋肉繊維の擦過音。
うずくまっていた姿勢から立ち上がり、纏っていたものを脱ぎ捨てる。
「貴様…!」
それはゴドラーグより遥かに大きかった。硬質な白い装甲板の輝き、直線的な輪郭。その関節から覗く、金属フレームとモーター。
それは、オーグトロルなどではなかった。
「機械ゴーレム……!」
ヴィラージは呟いた。
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