五.勝利と敗北

 盾の内側から閃光が走った直後、何かがゴドラーグを貫き、跳ね飛ばした。その衝撃は、ヴィラージ本人の体にも走った。コクピットの中に、破片が飛び散り、彼の顔を傷つける。

「ぬおっ!」

 木に叩きつけられる衝撃が重なり、彼は一瞬気を失った。

 次に意識を取り戻した時、コクピットは半ば割れ、太い鉄槍が外殻と肋骨を貫いて座席に突き刺さっている。その巻き添えで、彼の左脇腹が破れ血がとめどなく流れ出している。

『近接防衛用のロケットジャベリン…使わぬつもりであったが…この勝負、お主の勝ちと言って良かろう』

前に立つグーフェルギの機械騎は、悄然としているように見えた。

「それは……光栄だ……」

『……すまぬ」

 言葉を交わした後、グーフェルギは背を向けた。それを見送りながらヴィラージは意識を失った。



「御領主様!」

ヴィラージの敗北を見た瞬間、ゲオトリーは叫んだ。

「糞! 突っ込みましょう」

「隊長!」

下から従士達が口々に訴える。だが、

「待て!」

ゲオトリーは歯を食いしばって踏み止まった。

「御領主様の救助が先だ! 今ならまだ間に合うかもしれん!」

彼らの前で、敵機械騎と主君が会話を交わしていた。ヴィラージはまだ生きている。

やがて機械騎は背を向け、先に投げ捨てた銃火器を拾い上げると歩き出した。

「よし、行くぞ!」

 ゲオトリーはハンドルを握るルデリオの背を叩き、ミントレルを前進させた。

 しかしミントレルがゴドラーグの傍に止まった時、

「隊長! 奴が!」

 ルデリオの声に、ゲオトリーが顔を上げると、敵の機械騎が再びこちらに向かっていた。その右手には自動砲が握られ、装填状態になっているのを、彼は見て取った。

「あいつ、とどめを刺す気か! 軍医先生、降りて下さい! 御領主様をお願いします!」

「心得た!」

 軍医トロンカイルが飛び降りると、ゲオトリーは重機関銃の銃把を掴み、叫ぶ。

「突っ込め!」

「はい!」

 ルデリオはミントレルのアクセルを踏み込み、ゲオトリーは引き金を引いた。銃弾を浴びせながら、機械騎に接近する。

「左に回り込め!」

 ゲオトリーの指示でミントレルは機械騎の背後に回りつつ射撃する。だがその弾は、機械騎の装甲にことごとく弾かれる。

「主を救わんとするか。天晴なり!」

 機械騎が吼え、自動砲を放った。

 ルデリオのとっさの回避も、敵に読まれていた。銃身を僅かに振っての斉射は、その一発がミントレルのボンネットに突き刺さり、爆発した。



 従士隊の副隊長タルーディは、二人の部下と共に森の中を進んでいた。

 通信妨害下で機械騎が支援を受けているとすれば、レーザー通信機などを使っているのだろうし、支援車両は機械騎が目視できる位置で隠れているに違いないとゲオトリーは踏み、伝令で指示を出したのだった。

 指示を受けたタルーディは、軽装甲車ミントレルでトラックと共にグローズ村を離れたが、敵の視界から隠れると同時にトラックと別れて森に入り、エンジン音を抑えながら、支援車両を探していた。

(奴の……ゲオトリーの予想通りだ)

 タルーディは小さくうなずいた。

 推測される場所に使づくとミントレルを降り、足音を忍ばせて前進。木々の根元に仕掛けられた集音マイクや警報センサのケーブルを発見。

 警戒用のマイクなどを迂回しつつ進み、決闘の場所をぎりぎり望める尾根の稜線の陰に、大型トラックを発見したのだった。


 その大型トラックは、天蓋を開いて車外に足を下し、多くの電子機器をその下に広げていた。また稜線にはカメラやレーザー通信機らしき機材が設置されている。

 トラックの周りには技術者らしいスタッフの外に、軽機関銃を持った兵士か警備員も十人前後いる。

 タルーディと部下たちが彼らに見つからぬよう、茂みの影を利用して近づくと、中高年女性の声が聞こえてきた。

「お見事な戦いだった!」

『……どうかな?』

 通信機を通したらしい男の声がそれに答える。

(あの時聞いた、機械騎に乗っている奴の声だな)

 タルーディはラズベルに乗っていた時、聞いた声だと確信した。

「火器を使えば圧勝だったろう。公正に戦った結果だ。気にすることはない」

『ふむ。まあそういう事にしておこう』

 だがその後の女の科白が、タルーディの全身の毛を逆撫でした。

「ところで、すまないが善後処置として目撃者を全員処分してくれ」

(なんだって!)

「処分?」

「ああ、言い方が回りくどかったな。殺してくれ」

 機械騎からの返事はない。

「気が進まないかもしれないが、我々のデータを漏らすわけにはいかない。軽装甲車も破壊して、竜骨騎ともども燃焼榴弾で完全に燃やして、データが残らないようにしてくれ」

「……了解した」

(ふざけるなよ畜生ども!)

 タルーディは怒りに燃えた。だが今飛び出せば、奇襲で制圧する前に数の差で圧倒される。後ろを振り向き、手信号で二人ずつのチームに分かれた。

 そのままこちらは手榴弾を手に、匍匐前進で近づく。

 稜線の向こうから自動車の急発進音、次いで聞きなれた重機関銃の発射音が聞こえてきた。

(間に合え! 間に合え!)

 タルーディ達は必死に地を這う。

『主を救わんとするか。天晴なり!』

 機械騎の主の声が聞こえ、自動砲の発射音、そして爆発が振動として腹に響いた。

(くそっ!)

 思っていた距離にはわずかに届かないが、タルーディは手榴弾のピンを抜き、立ち上がって投げた。

 再び伏せると、爆発が辺りを揺るがし、悲鳴と共に頭上を破片が通り過ぎた。即座に立ち上がり、煙の中にうごめく警備員に自動小銃を撃ち込んだ。

 まだ動けるものが反撃の体制をとったが、右から別の二人が銃弾を浴びせて撃ち倒した。

「動くな!」

 回り込み、銃を構えて叫ぶと、機械の陰に隠れていた技術者たちは凍り付いた。

「両手を頭の後ろにおいて立て! 三つ数える間に立たない奴は殺す!」

『博士、どうした!』

 スピーカーからの声に、

「チェックメイトだ。革命騎士……いや犯罪者め! その機械騎から降り、手を上げてこっちに来い!」

『なるほどな。博士は生きているか?』

 立ち上がった技術者の中に、他から一目置かれているらしい中高年の男女が一人ずついた。灰色の髪の女性が先ほど話していた人物だろう。

「今は、な」

『そうか』

 答えた後、機械騎の足音がこちらに近づいてきた。

「あいつ、降りないですよ!」

 部下の声に、タルーディはマイクに叫ぶ。

「それ以上近づくな! 近づけばこいつら、少なくともこの女は確実に殺す!」

『そんな事をすれば、こちらも貴様たちを全員殺す』

「てめえ……」

 有効な返しが出来ないまま足音は止まらず、稜線から機械騎の上半身が現れた。

「もともと皆殺しにするつもりだったんだろうが!」

 タルーディの声に相手は直接答えず、

『博士、ここは引こうぞ』

 と語りかけた。相手の女性が片方の眉を上げる。

『戦場の勝利に酔って欲張りすぎたのではあるまいか』

 機械騎が畳みかけ、タルーディは苛立った。

「おい、引かせると思ってるのか。投降しなければこいつを」

『聞けぬというなら、殺すがよかろう!』

 相手は言下に拒否してきた。

「なに?」

『戦いに犠牲は付き物。戦わずに降るなどご免被る。お主も、あまり勝利を欲張るものではない。元も子も無くすぞ』

 言葉に詰まったタルーディをよそに、

『博士も、取られたデータや記憶は諦めよ。御身や同僚のお命が大事であろう』

 語りかけると、女性は撃ち倒されて血を流し呻く警備員たちに目をやり、同じ年かさの男と目を合わせ、

「承知した」

 と答えた。

「安全圏に出たら、こちらを皆殺しにするつもりだろうが」

 タルーディは疑いの目で機械騎を睨み上げたが、相手は動じなかった。

『人質を出すつもりはない。後は賭けてもらうしかないな』

「く……」

 タルーディは唇を噛んだ。

『早く終わらせて、急ぎ怪我人の救助に当たるが良かろう』

 機械騎の主はこちらの弱みを突いてきた。タルーディはこれ以上粘っても無駄だと感じた。

(それでも、せめてあと一つ!)

 博士と呼ばれた女に顔を向ける

「名前は」

「……レイディア・クナンティス」

 女は一瞬のためらいの後、答えた。タルーディはその名を暗唱し、心に刻みつける。

「機材と怪我人は収容していくぞ」

「勝手にしろ!」

 言い捨て、銃口を向けたまま、同僚に片手で指示する。

「領主様と隊長の所まで走れ!!」

「ああ」

 部下達が走り去る足音を聞きながら、レイディアと機械騎を両睨みしながら慎重に後退していった。

 トラックが稜線の陰に見えなくなると、背を向けて全力で走る。

 機械騎の動作音がして振り向くと、相手も背を向けて支援車両の方に歩み寄る所だった。

「くそっ!」

 タルーディは小声で罵った。


 彼の前には、槍に貫かれてうずくまる竜骨騎ゴドラーグと、その傍らに膝をついてコクピットに上半身を差し入れているトロンカイルの姿があった。

 近くには、転覆し大破して煙を上げるミントレルと、血を流し倒れ伏すゲオトリーとルデリオ。こちらには、先行した従士たちがしゃがみ込み、ミントレルから離そうと抱き上げている。

(俺が遅かったからか)

 タルーディは自問した。今この瞬間も、助けるものを助ける以外の成すべき事が思い浮かばない。怒りの為に頭が麻痺しているようだ。

(おい、ゲオトリー)

 目の前を運ばれていく隊長を見ながら、語りかける。

(お前なら、今、どうする?)

 ゲオトリーは両足からひどく流血し、右足はありえない方向を向いていた。

 噛んだ唇から、血の味がした。


 勝ち戦、のはずだった。

 だが、負傷者を急ぎ収容し、機材は投げ込むように積み込んでの撤退は、敗走のようだった。

 ぎゅう詰めのカーゴスペースで、レイディアと名乗った女性は天井を睨み、思案していた。

『どうして、ヒトの戦いは単純にいかぬものなのかな』

 スピーカーからグーフェルギの声がする。レイディアは物憂げに、

「今なら、貴方にも分かるのではないか?」

 と返した。

『今は、まだ、な。いくさ場を脱したら、ゆっくり考えるつもりだ』

「後悔、しているか?」

『いや』

 グーフェルギは、言下に否定した。

『補助脳が付いても、そこまでヒトにはなれんよ』

 その豪快な笑い声に、レイディアの表情も少しばかり緩んだ。

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