六.凶報

 グローズ村で、村長ダワデは護衛に残った狩人三人と東の森を見守っていた。

 森の奥から響く剣戟や爆発音。そして煙が立ち上る。

「どうなっているんだ。領主様はご無事なのか」

 ダワデは辺りを見回すが、応える者はいない。電波妨害が続く中、ヴィラージとも従士たちとも連絡が取れない。

「お、俺が行って見てきます」

 一番若い猟師が、近くに止めてあったバイクにまたがり、森に走っていった。

 そのエンジン音が小さくなると、入れ違うように背後の空から空気を叩きつける音が聞こえてきた。

「何だ?」

 振り向くと、十数機のヘリがこちらに接近していた。

 中央の一機は、鎧を身にまとった巨大な人型を垂下している。

 ダワデは首から下げていた双眼鏡でその機体を見た。

「紋章は……交差したハルバード! トマーデン公の軍だ!」

「助かった!」

 猟師たちは安堵の声を上げた。平時にいろいろと圧力を受けるとしても、帝国有数の武力を有する大領主の援軍である。今まで、いつ敵の機械騎が森から出て襲い掛かってくるかと怯えていた彼らにとって、何よりの知らせであった。

 大型ヘリが広場の上空でホバリングし、機械騎を降ろした。

「あれ、戦えるんですかね?」

「多分、そうだ」

 猟師の問いに答える。

「確か、すごい金をかけて開発しているとか聞いたことがある。飾り物じゃなく、本当に実戦で使えるものだという噂だ」

「じゃあ、あれが味方してくれりゃあ領主様も安心だ」

「そうだ……そうだな」

 村長は半ば上の空で答えた。一つには戦闘ヘリ部隊が上空を通過して東に向かうのを見上ていたからでもあるが、ちょうど今、戦闘の音が途絶えたことに気付いたからでもある。おそらく、既に決着はついている。そして今も電波妨害が消えていないという事は……。

「村長!」

 猟師に促され、視線を落とすと、着陸した兵員輸送ヘリから降りてきた騎士が険しい顔でこちらに近づいてきたところだった。慌てて、膝を折り頭を下げて貴族への礼を取る。相手も騎士としての敬礼を返す。

「トマーデン公配下にして代戦士、騎士軍少佐、リグル・スワルダである」

「グローズ村の長、ダワデ・ガリッチにございます」

「うむ。戦況はどうか」

 短い言葉に、無駄を嫌う気性を読み取ったダワデは、手短に状況を説明した。

「そうか」

 リグルはうなずいた。そのまま背を向けて機械騎に向かおうとしたが、足を止めた。

「我が軍の部隊による農作物の被害は必ず請求し、農民に支払うように」

「は……はい!」

 意外な言葉に、ダワデは少々戸惑ったが、リグルはそのまま機械騎に乗り込んだ。

 すぐに機械騎がエンジン音を上げて歩き出した。村長宅の脇を抜けて、森に向かう。

 広場にはさらにヘリが着陸し、従士部隊が次々と降りて、その後を追う。散開し、麦畑を踏みつけながら。



「お嬢様も少しお休み下さい」

 サイデルガルス市の広場。

 配給も一通り行き渡り、子供達も落ち着き始めた頃、クルノはルゥリアに声をかけた。

「うん……でも大丈夫」

 ルゥリアは少し考えて首を振った。

「そうですか。無理はしないでくだ……」

 クルノが言いかけた時、腰に下げた軍用通信機が大きな呼出音とランプの点滅で注意を促した。

「うわ!」

 クルノは慌てて通信機を取る。

「はい、こちらバーニク従士見習!」

 答えると、周りの避難民たちの会話がやみ、その視線がこちらに集まる。

『こちらメラニエ・ダリシア領主代行。そちらは全員無事ですか?』

「はい!」

 クルノは答えた。電波妨害が消えたと言う事は、敵は撤退したか、撃破されたのだろう。

『ルゥリアに替わって』

「はい! ……お嬢様、奥様です」

「……うん」

 彼女は小さな声で答え、通信機を受け取った。

「はい、ルゥリアです」

 答える声を聞きながら、クルノは不安に襲われていた。短い会話だったが、メラニエの声は固かった。それがただ実戦の緊張によるものであってほしいと願う。

「え……」

 ルゥリアが小さな声を出し、青ざめた。

「はい……はい……」

 表情が強張っていく。やがて、うつむき気味で通信器を差し出してきた。その手は小刻みに震えている。

 悪い事態が起きたのは疑いようがなかった。様々な事態を思い浮かべながら通信機を耳に当てる。

「クルネイス・バーニクです」

『よく聞きなさい。ゲオトリーが戦闘で負傷、現在意識不明の重体です』

「……」

 予測していた事態の中に、それはあった。むしろ、戦死に比べればまだ希望があるはずだった。それなのに、舌が張り付いて言葉が出ない。

『これから伝える事を書き取りなさい』

「は、はい……。どうぞ」

 メモ帳を開く。

『ゲオトリーはトマーデン公部隊のヘリでそちらの中央病院に向かっています。貴方は皆と別れ、病院に向かいなさい』

「はい……あの……」

 手が震えている。書き取っているつもりが、判読不明の紋様にしか見えない。

 その時、誰かの手が無線機を取り上げた。顔を上げるとサニエスが無線機を耳に当て、メモを取りながら、クルノにうなずいた。

 クルノは俯いて手を腰に押し付け、震えを止めようとした。

 ……止まらなかった。

 こういう事は起こりうるって分かっていた筈だった。だが現実になると、そんな覚悟は軽く吹き飛んでいた。

 落ち着け。落ち着け。

 周りの人たちもこちらの様子に気付き、ざわめき始めている。

 横でサニエスが何か答え、通信機を切った。屈んで拡声器を拾い上げたが、

「私が……話します」

 ルゥリアが手を伸ばしていた。サニエスは何かを言いかけたが、それを口に出すことなく拡声器を渡した。

 ルゥリアが拡声器のスイッチを入れると、人々の話し声が止まり、視線が集中した。

 だが彼女も、息を吸い込んだ後、しばらく固まった。その青ざめた顔に、クルノは彼女も、自分の父の事で責任を感じているのだろうと思った。それは、彼女には何の罪もない事なのに。

「敵機械ゴーレムは、国境外に脱出しました」

 人々の間に、ほっとした雰囲気が流れる。

「他に侵入者はなく、避難命令は正午をもって解除されます。トマーデン公領領民とサイデルガルス市市民に感謝し、私達はトルムホイグに帰還します」

 皆の顔が緩み、私語が始まろうとした時、

「この戦闘での死傷者は以下の通りです」

 ルゥリアの声がそれを断ち切った。

 ちょっと待って。クルノは思った。今、死傷者って……?

「ヴィラージ・バリントス・デア・トルムホイグ。騎士軍中佐。戦死」


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