四.愚者二人

挿話:ヴィラージ・バリントス

 俺は、メラニエが思う程辛い人生を歩んできたつもりはない。

 もともと騎士として戦いの道を行く事は、幼いころからの人生の一部だったし、それが騎士の誇りだとも思ってきた。

 元来、苦難に遭えば闘志の湧く方であるし、平和に年老いて人生を終えるよりも、戦いの中で死ぬ事が望ましいとも思っていた。

 そうでもなければ、女帝陛下からのお申しつけであっても、主君に背く形で帝国騎士の叙任を受けるなどという事に踏み切れなかっただろう。国境防衛に命を懸けることへの誘惑は、トマーデン公への恩義を上回ったのだ。

 だが、メラニエと結ばれ、ルゥリアを授かり、その成長とともに歳を重ねてくると、平和というのも良いものだと思えるようになってきた。


 今、俺は生きたいと思っている。ルゥリアが大人になり、誰かと結ばれて子を産む。そんな所までは見たいと思っている。未練がましいとも思うが、今はこれが戦い、勝つべき理由にもなっているのだから良いのだろう。

 まあ、昔の俺が今の俺を見たら怒るかもしれないが。


************************


 大型の、それも新型の機械騎ともなると、そのパワーは確実にゴドラーグを凌駕するだろう。こちらは、小ささと軽さ、速さを武器とするしかない。それと、森の地形を利とする事だ。

 ヴィラージは、相手と会話しながらそれを考え、辺りに目をやり、戦い方を組み立てていた。

 その時、ゲオトリーの声が響いてきた。

「領主様、助太刀致します!」

 大きくエンジンをふかしながら、ミントレルが森に入って来た。

「いや、それは無用だ。そこで見届けてくれ!」

 ヴィラージは断った。

「は……」

 ゲオトリーは一瞬戸惑ったが、

「は!」

 天蓋から敬礼し、車を止めた。

「すまんな」

「いえ」

 首を振るゲオトリーと視線をかわし、ヴィラージはゲオトリーの意図を感じた。前に彼と、これに近い事態は想定して机上演習した事がある。

 あの時決めたようにやってくれるはずだ。

「待たせたな」

 ヴィラージはグーフェルギに向き直った。

「いいのか?」

「まあ、ちょっとした我儘だ」

「貴公も相当ないくさ馬鹿だな」

 グーフェルギは面白そうに首を振った。

「まあな。さて、如何に戦う?」

「ふむ。そなたは麻酔銃と剣しか持っておらぬな。ならば手持ち武器のみの戦いとしよう」

 グーフェルギは、手や背面のラックに背負っていた自動砲や火器を捨てた。

「貴様こそ、いいのか?」

「なに、この方が、俺も楽しい」

「貴様も、やはりいくさ馬鹿であるな」

「いかにも!」

 二人は仮の肉体を通して見合い、そして笑った。



「何か、通じ合っちまったみてえだな」

 ゲオトリーは肩をすくめる。

「スイッチが入っちまった騎士様ってのは、ちょっと度し難いというか、とんでもねえ事をするもんだ」

「なるほど。さすが俺達の領主様だ」

 従士達は笑った。

(まあ本当は、それだけじゃあるまいがな)

 ゲオトリーには分かっている。

 あの大型騎相手では、軽装甲車の機関銃での有効打は難しい。かえって敵の標的ともなろう。

 トラックの到着まで引き延ばして、火力戦にした方が大きさの差を相殺できるかもしれないが、グローズ村の収穫間際の農地に被害が及ぶことは避けたいのだろう。

(肝心な時に俺が力になれねえとはな!)

 ゲオトリーは拳を握り締めた。

 その前で、二騎の巨人が剣を抜いた。

「さて、参ろうか!」

「おう!」

 そして戦いが始まった。



 避難民達が、次々とサイデルガルズ市に到着する。

 ルゥリアはその代表として、迎えた市長や騎士軍の指揮官と話していた。

「名簿はこちらになります」

「それでは、コピーさせていただきます。ところで、武器の持ち込みはありますか?」

「それは…」

「お嬢様の帯剣と、ぼ…私の拳銃だけです」

「うん、ありがとう」

 クルノはルゥリアの脇に立って、彼女が答えに窮した時に自分なりの考えで助け舟を出していた。

 市の役人達からは、水や食料の配給を受けられた。それらは全て記録をつけた。

 これらは全て、事態の沈静化後に相当額の支払いか、同等の物資で返却する事になっている。貴族領と帝国直属領の間の物資のやり取りには、色々神経を使うものなのだ。


 当初は住民の視線はやや冷ややかに思われたが、思い切って声を掛ければ親切に接してくれる人は少なくないのだと、クルノ達は学んだ。

 何と言っても、十二歳の少女が領主の名代として懸命に話す姿は、たいていの大人をして好意的にさせずにはおかなかった。

 それは、クルノにとってもルゥリアにとってもほとんど経験したことのない、故郷以外で過ごす貴重で新鮮な時間だった。

 たとえその時間の大半が、はしゃぐ子供たちを叱り、泣き出す幼子を宥めるのに費やされたとしても。またそれぞれの父母の安否が、常に心を重くしていたとしても。

「少し休まれてはいかがですか?」

 クルノはルゥリアの顔を覗き込んだ。

「ううん、大丈夫」

 ルゥリアは首を振る。

「そうですか」

「……あのね」

「はい」

「今日の事、お父様に早くお話ししたい」

 クルノは、強くうなずいた。

「はい、私もです!」



 機械騎が大きく踏み込み、メイスを振り下ろしてきた。

 ゴドラーグは横飛びでかわす。メイスは地を叩いた後、横薙ぎに追って来たが、巨木の幹に激突。幹に大きな傷をつけるが、跳ね返された。

(さすが我らの森!)

 出来た隙にヴィラージは飛び込み、剣先を機械騎の脇腹に突き立てる!

 機械騎は横跳びしつつ右腕を引き、棍棒から右手を離し、ヴィラージの剣先を肘の装甲で弾いた。

「くっ!」

 ヴィラージは歯噛みし、竜骨騎を飛び下がらせた。

 敏捷性ではこちらに劣るが、簡単に打ち取れる程に遅くはない。

(厄介だな)

 速さだけではない。今のような動きは、これまでの機械騎の、プログラムされた動作からは出てこない。さりとてマニピュレータモードでは、操縦者の意のままに動かせるのは両腕だけ。

(やはり、こいつはただの機械騎とは別の何かだ!)

 そしてもう一つ確信した事がある。敵は剣術を学んではいない。ただメイスは扱いなれている。それこそ体の一部と同然に。


 踏み込み、切り付け、飛翔力を働かせながら回り込む。

 ついこみ上げる、飛翔して上を取る欲求を押さえつけた。火器が使える戦いではない以上、意味はない。メイスの縦の動きを自由にさせるだけだ。

 ただ周りを飛んでも、背後を取らせるほど甘い相手ではない。

 しかも、敵の背後に回り込みかけた時、飛翔ユニットを装備しているのを確認した。空中で自由な機動を許すのは自殺行為だ。

 しかし、ここは狙い目でもある。機械騎の飛行ユニットは液体燃料と酸化剤を搭載している。飛翔の為にノズルのカバーを開いた時は、燃料タンクまで攻撃を通せる可能性がある。


「良く動くなっ!」

 機械騎から大音声が飛んだ。笑い声ではあったが、苛立っている。

(ここが狙い目か!)

 ヴィラージは足を止め、言葉を返した。

「己と相手の向き不向きを見極めるのも戦いの正道であろう。それとも、こちらと同じサイズの機体に乗り換えてくれるのかな?」

「抜かせ!」

 敵は一気に踏み込んできた。

(よし!)

 竜骨騎の飛翔力と跳躍力を併せ、斜め後ろに飛び下がる。グーフェルギのメイスはそれを予想したように軌道を変えて追ってくる。しかしその先端がグォドラーグを捉えるには、左足を強く踏みしめなければならない。その左足が踏み込んだのは、ヴィラージの読み通り、積もった落ち葉に覆われた泥濘の窪みだった。

「ぬおおおっ!」

 機械騎は足を滑らせ、両手と膝を地に突いた。

 その時すでに、ヴィラージは大木の幹に腕を引っかけて急転換。急速離脱用ブースターを点火していた。

「行けえっ!」

 その叫びに呼応するようにヴォドラーグは急加速。剣の切っ先が狙うのは機械騎の背面、飛翔ユニットのカバー。

 敵は指を地に立てて滑りを止め、上半身をひねって迎え撃とうとしている。その巨体にしては敏捷な動き。だが僅かにこちらが早い。

(間に合え!)

 ヴィラージが強く念じた時、敵の盾の内側で閃光が走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る