第2章 禁断の屋上ランチ【3】
同日、時は飛んで、四限の終わりを知らせるチャイムの音が校舎に鳴り響き、俺は英語の教科書を鞄に直し、その引き換えに弁当箱を持って食堂へと馳せ参じようとしたその時だった。
「ねぇ岡崎君、今日のお昼よかったらご一緒できない?」
意外な奴からのお昼のお誘い。前日は四限が終わるや否や、真っ先にどこかに消えていた天地魔白からの誘いだった。
「えっ!?」
あまりにも唐突な出来事に、俺は思わず言葉を詰まらせてしまう。しかしこの言葉の詰まりすらも計算に入れていたのか、更に天地はこう続けた。
「屋上の階段前で待ってるから来てちょうだいね?」
それだけ言い残して、天地はさっさと自分の弁当を持って教室を出て行ってしまった。まるで通り雨の様な奴だ……。
拒否する間も天地は俺に与えなかったので、仕方なくだが俺は一度食堂へと向かい、徳永に事の発端だけを知らせると「そうなんだ……どうぞごゆっくり」と意味有り気な笑みを返され、その場で張り倒してやろうと思ったが、神坂さんの「ではまた明日」というお言葉と、エンジェルスマイルによって俺の怒りは中和(もしくは沈静)し、その手を振るうことは無かった。
神坂さんにせいぜい感謝する事だな……。
とまあそんなこんなで事なきを得た俺は、一階にある食堂から、その正反対の位置にあろう屋上への階段を上っている最中だった。
一年の教室は全て二階にあるため、この高校に入ってからこんなに階段を上るのは初めてであり、更に登下校の道も平坦な道を歩いていたという事もあって、何だか久々に良い運動をしている様な気分になった。
三年の教室が並ぶ四階をまで辿り着き、最後の階段を上ると天地はそこに立って待っていた。
「岡崎君疲れた顔してるわよ?もしかして運動は苦手な方?」
自覚は無かったのだが、そんなに階段上りの疲れが顔に出ていたのだろうか……まあ疲れたには疲れたが。
「いや……苦手ではないけど得意でもないかな。一応中学時代は部活してたし」
「へぇそれは意外!何の部活をしてたの?」
「野球、まぁ入ったには入ったけど万年ベンチ入りも果たせずだったけど」
「ベンチウォーマーにもなれないなんて……頭を刈り上げただけのいがぐりボウズな中学時代を送ってたのね」
毒を含む言い方を天地はするが、あながち間違ってないので言い返す事も出来ない。テレビで夏、甲子園を見る度にこんな青春を迎えたかったと僅かながら思う時もあるしな。
「満足な青春なんてほんの一握りの学生に与えられる特権であって、大半の学生は残念な青春を味わい大人になっていくのよ。恥じることは無いわ岡崎君」
高校生活始まってひと月も経ってないのに、俺はその大半の学生に分類にされちまうのか。あぁ、悲しきかな我が青春。
「そんなちんけな事より岡崎君、ちょっとこっちに来て」
「俺の青春をちんけなもの扱いか……何だよ……」
俺は招かれるがまま天地に着いて行くと、そこには屋上へと通じる扉がある……まさかと思うがコイツ……。
「おい、まさか屋上に行くっていうんじゃねえだろうな?」
「そのまさかよ」
「ちょっと待て!屋上には生徒の立ち入りは禁止って……」
「そんな事誰が言ったの岡崎君?サッカー馬鹿の山崎先生もいかにも影も頭も薄い校長先生も言ってなかったわよ?」
確かに言われてみれば、誰もそんな事言ってなかったような……というかコイツ、俺以外の人間にも容赦無い罵倒をさらっと言ったよな今。
「口癖よ口癖。それじゃ行くわよ」
「とんでもねぇ口癖だな……」
どうやら屋上への扉の鍵は既に天地によって開錠されていたらしく、何の抵抗も無しにガラリと開いた。屋上には春の蒼穹が広がっており、心地よい風も吹いて、まさに春日和な風景が広がっている。
至極当然、屋上には誰もいないために人の声や気配は全く無い。いや、僅かに人の声は聞こえるのだが、それは下の階で団欒を繰り広げている上級生達の声であろう。
「岡崎君こっち、ここがわたし的には特等席だと思う場所よ」
天地が指し示した場所は、屋上の階段がある場所が正面だとしたらその右横側の場所。その場所にはいい感じに座る事の出来る段差が存在し、フェンス越しには広々と広がる蒼天と街の風景が見て取れた。
「確かに良い場所だと思うが……もしかしてお前、屋上に来るの今日が初めてじゃないな?」
「ええ、昨日屋上の鍵を破ろうと思ったらあっさり出来ちゃって、その場所でお弁当食べたの。まるで世界を掌握した様な気分になれて気持ち良かったわよ」
世界を掌握って……コイツは魔王にでもなった気でいるのか。と、それよりも……。
「なるほど……だから昨日四限が終わって即座に姿を消したのか。友達と団欒を繰り広げながら弁当を突く訳でも無く、こんな場所で一人泥棒みたいな事をこそこそして、青空を見てご満悦してたと」
「辛辣な言い方ね岡崎君。わたしの心が傷つくわ」
「俺はその倍は傷ついてるだろうさ」
「それもそうね。岡崎君のはガラスのハートだろうけど、わたしのは純正のダイヤモンドハートだから」
「そりゃ傷つかないだろうなっ!」
傷をつけるどころか、傷つけるこっちの方が折れちまいそうだ。
「そんな他愛もないやり取りはいいから、早くお弁当食べましょ」
他愛もないなんて身も蓋も無い事をさらっと言いやがって……まあ、他愛も無いか。
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