第2章 禁断の屋上ランチ【4】
とりあえず俺と天地は、天地オススメの特等席とやらに座り、互いの弁当箱を広げる。こういう時ってのは、何故か他人の弁当箱の中を自然と覗きたくなるもので、俺もその例に漏れず天地の弁当箱の中身に視点を持って行っていた。
アスパラベーコン、卵焼き、プチトマトにブロッコリーと、思ったよりスタンダードな弁当の内容だった……と思ったのだが、俺は気づく。この弁当箱の中には主婦御用達の冷凍食品が一つも存在していなかった。
「もしかしてお前それ……自分で作ってるのか?」
「ええ、朝の日課だもの」
「冷凍食品とか使わないのか?」
「わたし薄味が好きだから冷凍食品は濃くてあまり好みじゃないのよ。食べ物くらい自分で好きな様にして食べたいじゃない」
どうやら俺は天地のスペックの高さを見くびっていた様だ……イタズラばかり考えているロクでもない奴だとすっかり思っていたが、よくよく考えると容姿端麗で頭の回転も良く、しかも料理も作りきる女子って……完璧だ!完璧すぎるじゃないかこの女!!
俺はこんな奴と毎日戦っているのか……何だかつくづく今日の事といい、レベルの差を感じたような気がしたな。
「なにしみじみした顔してるのよ岡崎君。そんな顔しても弁当あげないわよ」
別に貰おうとは思っていなかったが、でもちょっと食べてみたいという気持ちもあったかな……。
それからは二人それぞれ手持ちの弁当を食べながら、風景を見ながら、会話を交わしていく。朝のホームルーム前にいつも話している様な、ロクでも無い会話を。
「ねえねえ、今日のイタズラの感想はどうだった?」
早速天地はいつも通り、本日のイタズラのフィードバックを俺に求めてくる。そういえば今朝はあの後、俺は山崎教諭が教室に出席を取りに来るまでずっと机に突っ伏していたので、今日天地と直接会話を交わしたのは昼食に誘われた時が初めてだったんだな。
「お前の狙い通り、精神をズタボロにされたよ。まさか昨日の今日であんな作戦を思いつくとはな」
「岡崎君の精神がいつもボロボロのボロ雑巾みたいに、今にも穴が空きそうなのは知ってるわよ」
「知ってるなら修繕の時間くらい俺にくれよっ!」
ボロ雑巾だって縫い直せば幾らでも使えるんだぞ。まあ限度はあるが。
「そうじゃなくて怒りの具合よ。少しとか普通くらいとか大盛りとか特盛とか」
どうやら俺の怒りメーターとやらの単位は、定食屋で頼むご飯の量と同じ単位らしい。ご飯なら特盛がいいんだけどな。
「そうだな……敢えて言うなら少しよりも微量ってところかな。それよりも悔しさとか恥ずかしさの方が上回ってた気がするし」
「あらそうなの。岡崎君に羞恥心なんてまだあったのね」
「そっちかよっ!羞恥心くらいあるわっ!!」
あるとは思っている、人並みには。だが妙に天地と関わり始めてから、そこら辺の感覚が薄れていっている気がしなくもないのだが……毒されてないよな俺?
「まあでも、今回のは色々盛り込み過ぎてわたしも疲れちゃったし、明日は軽いものにしとくはね」
「明日はって……明日もあるのか」
俺は溜息と共に肩を落とす。まぁ、やる事は分かっていたんだけどな。
「これから三年間は岡崎君の朝に平穏は無いと思った方がいいわ。覚悟しておきなさい」
まるで犯行声明を行うが如く、天地は満々のしたり顔で宣言する。俺にそれを拒否する権利は……多分無いんだろうなぁ。分かってしまう自分がつくづく情けない。
そして再び視線は弁当へ。正直に言って、食べながら話すというのは中々難しい事だ。母親がよくガキの頃に「ご飯を食べるか話すかどっちかにしなさい!」と俺に注意していた様な気がするけど、今ならその意味が分かる。というより、そんな器用な事をこなしていたガキの頃の自分がどれだけ妙々たる器用な口を持っていたのかと少し羨ましく思った。
弁当の中身を一口分の白米だけ残し、そういえばと俺から話を切り出す。
「天地、お前お嬢様なんだってな」
そう、昨日の丁度今くらいの昼時に、俺は神坂さんの言っていた事を思い出したのだ。
天地の中学の時の噂。神坂さん曰く、天地はどこかのお嬢様で、学校には滅多に来ない生徒だった。そんな今とは比べ物にならない天地の中学時代。それを本人に確かめようと思ってな。
「お嬢様……お嬢様ねぇ……まあ他人から見たらそうなんでしょうね……」
この時、俺は初めて天地の困惑した顔を見た気がする。いつものニヤケ面からは想像のつかない、どこか物憂げで儚い表情。こう言っちゃなんだが、美形の顔をしている天地にはこういう表情の方が様になっている気がする……なに、ただの妄言さ。
「ねぇ岡崎君、あなたはどう思う?」
「何がだ?」
「豊かっていう意味。あなたにとって豊かな事ってどういう事だと思う?」
「豊か……か」
何だか哲学的な話になっちまったな。いや、哲学なんざそもそもかじった事も無いから分からないのだが……。豊か……豊かねぇ……。
その時、俺はふと弁当箱の中に残っている一口分の白米を見て思いついた。
「……毎日飯を食える事じゃねぇか?こうやって毎日美味い飯食って、学校で勉強して、友達と話して、漫画読んで、ゲームして、ふかふかなベッドで寝る。この日常こそが豊かな事そのものなんじゃないかって俺は思うね」
世界には貧困で困ってる人がいるからとか、そう言う意味ではなく、俺はただこの日常に満足している。その満足っていうものこそが天地の言う豊かって事なんじゃないかと、まあ俺なりに考え付いたわけだ。普段なら考えもしない事だろうけどな。
「へぇ……岡崎君って意外と自分の考えってものをしっかり持ってるのね。わたしはてっきりお金持ちなんて間抜けな事を言うのかと期待してたんだけど」
フッ……俺だってもう一高校生だ。これくらいの立派な意見の一つくらいは持ち合わせているさ。
「そうやって自分の事を立派だって思ってる内はまだまだ幼稚なのよ岡崎君」
まるで右でかわしたはずのパンチを、左側からクリティカルに浴びせられた様なワンツーパンチ。というかコイツ、罵詈雑言のパターン幾つ持ち合わせてるんだよ。
「歩く雑言図書館と言ってもいいわよ」
「……それ言われて嬉しいのか?」
「割と」
まあ……感性は人それぞれだし、純粋な悪意を持ってる天地らしいといえばらしいのだが。俺だったら多分嫌になるだろうな……そう言われている自分が。
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