第2章 禁断の屋上ランチ

第2章 禁断の屋上ランチ【1】

 ついこの前入学式を迎えた俺だったのだが、四月の後半に差し掛かっていたこの時期、巷やテレビの特集なんかでは大型連休、所謂ゴールデンウィークは何をするのかという話で持ち切りとなっていた。


 ゴールデンウィークねぇ……考えた所で特にやる事は見つからず、自宅で相変わらず怠惰な日々を送るだけだろうと自己完結し、俺は食っていた朝食のトーストを飲み込み、通学鞄を持って学校へと登校する。


 外は景気が良い程の青天井。そのお蔭か、昨日までじっとりと濡れていたアスファルトもすっかり乾き切っていた。


 しかし平道を一五分歩くだけで学校へ向かえるというのはやはり良いものだな。東京なんかでは、郊外から出勤や通学をする為に電車を使っても一時間や二時間かかるという人もいる様だが、こんな好待遇の美味い餌を食ってきた俺にはとても耐えれそうに無い。ましてや寿司詰め電車なんて論外だな。


 そんな、恵まれた今のこの状況を噛み締めていると、後ろから昨日と変わらず、また声を掛けられた。しかし昨日と異なるのは、声が二つあった事だった。


「やあチハ、今日も天気がいいね」


「おはようございます岡崎おかざき君」


 その声は徳永とくなが神坂こうさかさんのものだった。


「どうやら神坂さん、僕の家の近くに住んでたみたいで、昨日その話をして知ったから今日は一緒に来たんだ」


 訊いても無いのに勝手に説明を始める徳永。まあ、コイツなりの俺への配慮なのだろうけど。


「家を出たら徳永君が待っていたからビックリしちゃって……」


 小さな体で、麗らかな笑みを浮かべる神坂さん。うむ、こういうのを天使の様な笑みって言うんだろうな。どっかの悪魔女に見せてやりたいくらいだ。


 というか徳永の野郎、神坂さんの家まで知っているのか。侮れんヤツだ。


「たまたまだよ、たまたま」


 相変わらず俺の言いたい事を表情で読み取っては、的確にその返しをしてくる徳永。時折、コイツはもしかして読心術を使える超能力者なんじゃないかと思ってしまう時もある。


 それから三人で他愛もない会話をしながら歩き、一年三組の教室の前で二人とは別れる事になる。


 さてさて、と俺はここから気を引き締めなおす。どうせまたヤツが何か仕掛けているのは、目に見えずとも明白だからな。


 いつもの足取りで、四組を飛ばして五組の教室へと入って行く。やはり予想通り、俺の座席の隣にはもう天地は座っており、それは何かしらのスタンバイを終えた後だという事を意味している。


 もしかしたら何もないかもだって?そんな甘い考えはもうとっくに捨てたさ。


「………………」


 俺は思わず、自分の座席の椅子を見て絶句する。


 勿論、前述の通り何も無いなんて事はあるはずもないのだが、そこにはあからさまというか、ひけらかす様にして座布団とその下に膨らんでいる物が設置してあった。


 原始的というよりも、もはや化石化したのではないかと疑う程のドッキリ、ブーブークッション。


 しかも空気はパンパンに入ってるようで、もはやブーブークッションを隠す気などさらさら無いフォルムをしている。というより、椅子に昨日まで有りもしなかった座布団を置いてる時点で隠す気など毛頭無かったのだろう。


 何が狙いなんだコイツは……と隣の天地あまちの顔を見た時、俺は確信した。


 天地は明らかに俺の方を向き、そしてあろう事か既に全てが成功したかの様なニヤケ面をしていたのだ。


 この手の、人を驚かすドッキリにおいてそのニヤケ面はご法度。起こる前からネタバレをしているのと同じ事だ。


 全てにおいてバレバレ……だが、奴にとってはそれこそが狙いだったのだ。


 天地が本当に狙っているもの……それは俺の反応。敢えてドッキリの基本を破り、わざと全てを曝け出しているそんな状況を見た時、俺がどう処理するかの反応を狙っていたのだ。


 昨日言っていた精神攻撃とはこういう事だったのか……まさか昨日の今日で実行に移すとは、末恐ろしいやつだ。


 俺は目の前の座布団と睨み合う。どうしたら正解なのだろうか……と。


 このまま座ってしまい、おならの音とは似ても似つかないブーっという人工音を教室中に奏でるべきか……否、もし周りがその音はおならの音だと認知しなくても、ブーっという通常の生活では発生しない不協和音を出す事によってクラスの注目の的に成り、赤っ恥をかき兼ねん。


 ではそのまま取り去ってしまうか……と俺が椅子の裏を見た時、その考えを俺は捨て去った。


「んなっ!!?」


 衝撃的な光景に思わず俺は声をあげる。座布団は椅子に紐で固定されていたのだが、その紐が何重、いや何百重もの固結びによってギッチギチに固定されていたのだ。


 用意周到。これを仕込む為に、コイツが何時に学校に来たのか気になるところだね。


 いやいや!そんな事考えている場合じゃねぇ!!とにかくこの固結びをされた紐を切断しない限り、俺は今日一日、空気椅子の状態で授業を受けねばならん事になる。そんな大腿筋やヒラメ筋やらに多大なる負担を掛ける様な事はなにが何でも避けたい。


 かといって俺はハサミなど常備していない。むしろノリとハサミに関しては、常備している学生の方が少ないだろう。


 だが、ハサミを常備してる奴がすぐ近くに居た。というか、そいつは言わずもがな、天地魔白あまちましろだった。


 天地は、スッ……とポケットからハサミを取り出すと、まるで空を切断する様に自分の顔の前でチョキチョキとハサミを動かして見せる。完全に俺への兆発で間違いないだろう、腹立たしい。


 しかしこれ程までに目の前のハサミを手にしたいと思った事がかつてまであっただろうか……いや無いだろう。それほどまでに俺はハサミを欲していた。


 だがその所持者は天地魔白。悪魔の女だ。やつはここまで計算して全ての仕掛けを揃えていたのだ。そしてもし俺が天地に、そのハサミを貸してくれだなんて要求した時にはきっと奴はこんな条件を提示してくるだろう。


『ハサミ貸してあげるから、そのブーブークッションに座って』と。


 端的なイタズラに仕掛けられた、巧妙なトリック。嘗めていたよ……ブーブークッションを。恐ろしきかなブーブークッションよ。

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