第1章 悪魔の女との出会い【6】

 それから程なくして、昼休み。

 

 俺は徳永との約束通り、母親が作ってくれた弁当を持参して一階にある食堂へと向かっていた。


 そういえば天地のやつも、四限目の授業が終わるや否や、即効で教室を出て行ったな。もしかしてアイツにも俺と同様、他のクラスで弁当を食べる友人でもいるのだろうか?

 

 俺の前では奇人変人な天地も、その友達とやらの前では普通の女子高校生なのだろうか……ちょっと気になった。


 まあそんな事はともかくだ、俺は食堂の扉を開き、徳永が座っている場所を探す。


 だが、俺はその時妙なものを見た気がする。徳永を見つけたまではいいのだが、徳永はその前に、在ろう事か結構な美少女を座らせて、楽しそうに語っていやがったのだ。


 なんだあの二人の間に見える、お花畑みたいな風景は。俺と天地の間に広がっている、荒野の戦場とはまるで比べ物にならない。


 魔が差したのかどうかは分からないが、その光景を見た瞬間俺の中にある黒い部分が増幅し、持参した弁当を持って食堂を回れ右して教室に戻ろうとした時だった。


「ああっ!チハやっと来た!ほらこっちだよ!!」


 徳永が俺に向けて爽やかな笑顔をしながら手を振って来る。すると徳永の前に座っている女の子も俺に気づき、ぺこりと一つ頭を下げた。


 見つかってしまっては仕方ない……俺は未だ増幅する黒いものを腹に抱えながら、徳永の座っている場所へと向かった。


「いやぁ結構使う人多いねここの食堂って。あっチハの為に隣の席は空けておいたよ」


 徳永は俺に椅子を差し出してくる。どうやら俺が来るまで、食堂の大机の下に隠しておいたのだろう。


 すまないなと言いつつ椅子を受け取った俺は、徳永に密着するようにして奴の隣に腰をどかっと下ろし、そして徳永への尋問を開始した。


「徳永、この子は?」


 俺は目の前でピンク色の小さな弁当箱と睨めっこをしている女の子を明確に指す。先程までは徳永と楽しそうに目を合わせて話していたものの、俺が来た瞬間そんな状態になった。

 

 もしかして人見知りなのかな?


「あぁ、彼女は神坂和澄こうさかかすみさん。朝、チハには話しただろ?僕が休みの日に図書館に行ってたまたまクラスの子に会って話したって。その時の子が神坂さんなんだ」


 神坂さんとやらは、徳永に紹介されるとぺこりと頭だけを下げ、「神坂です」と今にも消えてしまいそうな、か細い声で自己紹介をした。

 

 座高から考えるに、小柄な女の子であることは間違いない。白い肌の頬の部分が少し紅潮しているのは、おそらく人見知りからきている恥じらいからなのだろうか。短いボブカットは天地とは異なり美形ではなく、どちらかと言えば可愛い系の、そんな童顔を覆っており、右の前髪が左に比べて少し長く、右目にかかりかけている。


 直視はしようとせず、少し上目な感じで俺を見てくる。うん……これはこれでいい!


「神坂さん、彼がさっきまで話してた、僕の友人の岡崎千羽矢おかざきちはや


「岡崎です、よろしく神坂さん」


 というか徳永のやつ、俺の居ない場所でこの子に俺の事を話していたのか。変な事言ってないだろうな?


「ん?……あぁ!チハ、別に彼女には変な事言ってないから。僕の中学からの友人って事と、一年五組に所属している事くらいしかね」


 俺の視線に気づいたのか、徳永は取って付け加えたかのように俺に弁明する。そうか、それならばいいだろう。


「そういえば噂は聞いたよチハ、隣の女の子に遊ばれてるっていう噂」


 何なんだその掻い摘み過ぎて、内容のなの字も無い様な噂は。あっ、そこの君、今のは決してダジャレじゃないからな?

 

 それと俺の居ない場所で変な事を言わなかったまではいいが、何故コイツは俺が来た瞬間変な事を言い出すんだ。初対面の女の子を前に、俺を公開処刑するつもりか。晒し首か!


「あっはっはっ……いや、そんなつもりは無いよ。ただの事実確認さ。でもその感じだと本当みたいだね」


「違う、勝手に遊んでるのはあっちの方だけで、俺はそれに付き合わされているだけさ」


「ふうん……」


 徳永は俺に向けて疑惑の視線をぶつけてくる。弁当箱の中に入ってる箸でその目ん玉くり抜くぞ。


「まっチハがそう言うならそうなのかもしれないね。えっと……確かお相手さんは天地さんだっけ?噂に聞いただけだけど、結構な美人さんらしいね」


「まっツラはな。だけど中身はそれら全てをひっくり返すほどのビックリ人間だぞ」


 俺は母親手製の弁当の包みを開く片手間、徳永に警告をしてやる。


「へぇ……して、その心は?」


「そうだな……まず人の言う事を全く聞かなかったり、自分の目的の為ならあらゆる手段を決行したり、極め付けには口も悪い」


「ふぅん……でもチハ、付き合わされてるって言ってる割りに彼女の事知ってるようだね?」


「そりゃあまあ、隣の席だしな。それにあいつから色々吹っかけて来やがるから、知りたくなくても知ってしまう」


 弁当箱の中に転がっていたから揚げを箸で摘まみ、俺はそいつを口に放り込む。その際横目で徳永を見た時、奴はまるで「やっぱりそうなんだ」って感じの目つきで俺を見ていた様な気がする。まるでこれでは、俺が事情聴取をされてる様な感じじゃないか。

 

「岡崎君って天地さんと仲が良いんですね?」


 その一番言われたくない、というか、一番誤解されている表現を使ったのは徳永ではなく、正面でちょこんと座っている神坂さんだった。


「いや仲が良いって訳でも無いんですけどね……成り行きですよ成り行き」


 神坂さんの誤解を解こうと、俺はわざとらしい愛想笑いを浮かべて説得する。


「そういえば神坂さん、天地さんの事知ってる様だけど何か関係が?」


 そう言って首を突っ込んできたのは徳永だった。せっかく天地の話をここで納めようとしたのに、コイツのせいで台無しだ。


「はい……と言っても、あたしも知り合いという訳じゃないんですが。同じ中学校だったんで少しだけ知っているというか……そんな感じです」


 でも、と神坂さんは更にこう続ける。


「あたしの知っている天地さんの噂とは少し違うような……」


「少し違う?どういう事だい?」


 真っ先に食いついたのは徳永だったが、実はその一言は俺も気になった。違うとはどういう意味なのか。


「えっと……何と言いましょうか……あたしが中学の頃訊いた天地さんの噂は、お家がお金持ちで、滅多に学校に来ない人だっていう噂なんです。その噂の通り、あたしも中学の頃一度だけ天地さんと同じクラスになったんですけど、一ヶ月に三回会えたら多いくらい、それくらいお休みの多い人でした」


 俺と徳永に注目され恥ずかしいのか、俺達の顔をチラ見したり、もじもじしながら神坂さんは言う。なんというか、小動物の様な可愛さを持った方だな。


「という事は神坂さんが知っている中学当時の天地さんと、今の天地さんには相違があるって事だね?」


 徳永が綺麗に話をまとめ上げ、神坂さんもコクリと首を縦に振った。


 多分神坂さんが俺と徳永の話を聞いて違和感を感じていたのと同じく、俺も今の天地を知っているあたり、神坂さんの話を聞いて違和感を感じた。毎日のようにイタズラの事ばかり考え、ぶっ飛んだ挨拶をし、挙句の果てには入学して翌日に血糊を教室にぶちまけた奴が、中学の頃は学校にも来ないお嬢様だったなんて……。


 心を入れ替えたとか、成長して変わったとか、そう言う次元の話じゃない。まさに同一人物ではなく、人そのものが変わっちまったというレベルの豹変に近かった。


「ふむ……なかなか興味深い話だね」


 徳永はまるで物思いにふけるような、それでも口元はにやけさせて、探偵よろしく、考えを巡らせているようだった。


「……徳永、そんなに天地に興味があるのか?」


「ん?まあ、好奇心程度にはね」


「だったらいつでも変わってやるぞ、実験対象」


「実験対象?」


 その言葉を聞いて、徳永はまるで餌を貰う時の鯉の様に、口をぽかんと開けていやがった。

 

 俺はそんな徳永のマヌケ面をおかずに、弁当箱の白飯を口に頬張った。 

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