第1章 悪魔の女との出会い【2】
翌朝、まだまだ盛りを忘れていない桜の並木道が、まるで俺を出迎えるようにその通学路を彩ってくれている。そういえば明後日からは雨が降ると言っていたので、もしかしたら今年の桜もこれが見納めなのかもしれない。
そんな俺にも僅かながらに、ジャパニーズソウルっていうものがあるのだなと感じつつも、昨日までは入学式モードとなっていた東高の校門もすっかり通常モードへと切り替えが行われており、上級生らしき人達の登校も見られた。
まあ特別っていう訳でも無いのだが、やはり登校初日ってのは何となく浮足立ってしまうもので、俺もその例に当てはまっていた訳で……。
恥ずかしながら、ちょいちょいルンルン気分で歩いていると、丁度下駄箱で中学の頃からの友人、
「あらっチハじゃん、どうそっちのクラスは?」
ちなみに徳永の言うチハとは、俺の名前が
「おっす徳永。うぅん……まあまだ初日だしな。新しい友達っていう友達は出来てないかな」
「ははは、僕も同じ様な感じさ。と言っても同じ中学の奴が多いからそんなに目新しい感じもしないんだけどね」
ちなみに徳永のクラスは一年三組であり、何故か中学の頃の知り合いは皆、一年三組に固められている様な気がするほど多く在籍していた。意図してそうなったのか、はたまた自然とそうなったのかは分からないが、あの様子だと新鮮味が無いのは致し方無い事だな。
俺は下駄箱から一年の教室のある廊下まで共に歩き、一年三組の教室の前で別れる。
「それじゃあ、お互い新しい友達が出来る様にってね」
「あぁ、特に俺はな」
徳永と別れた後、俺は一つ教室を跨いで一年五組の教室へと入って行く。
相変わらずここは他の中学からの生徒が多く、早く友達を作っちまわないと孤立してしまいそうで、でもこの逸る気持ちがそれを阻みそうな、何とも言えない気分になっちまう。
とりあえずクールになれ、岡崎千羽矢。
クールになって、自分の席に着こう。そして隣の席の奴にでも適当に話しかけておけばいい。おはようの一言でも振っておけば完璧さ。
そう思って、俺は自分の座席に着いたのだが……そう、それまで完全に忘れていた。昨日の出来事を。
『決めたわ!わたしこの三年間であなたを本気で怒らせてみせるわっ!!!』
「はっ!!?」
思い出し、隣を振り向く。
そこにやっぱり奴はいた……天地魔白の姿が。
しかし天地はずっと窓の外を見ているようで、俺の方には決して振り返らない。ただひたすら、ぼーっとしている様に見えた。
そうか……昨日のは何というか、もしかしたらパンチの効き過ぎた彼女なりのジョークだったのかもしれない。よくある話なのではなかろうか?中学の時目立てなくて、高校デビューしようと思って思いっきりな事をやったら引かれたって思い出。
もし一部の人のトラウマを引きづり出したとしたら、ここで先に謝っておこう。すまない。
だが、昨日の奴の冗談はそれだけインパクトとしては強力だったという事を伝えたかったのだ。
俺はとりあえず昨日の事もあるし、挨拶だけはしておく事にした。俺も俺で、初対面ながら大きな口を叩いた様な気もしないでもないからな。
「あ……あのさ、おはよう」
恐る恐るだが、俺は天地に声を掛ける。
「…………」
返答は……無しか。気持ちの良い日本晴れの朝だってのに、一気に気分が害されちまった。
まっ、触らぬ神に祟りなし。昨日の一件もあるし、無視だ無視。
俺は自分の座席に座り直し、今度は俺と気の合いそうな男友達を作っておこうと周りを模索していると……。
ドスッ!!!
鈍い音がしたのは、隣の座席。天地魔白の座っている場所だった。
何となく、そう何となく嫌な予感はしていたのだが、そのまま放っておく事もいかず、俺は振り返る。
するとそこには、先程まで外を見ていた天地が顔面から全身を投げだす様にして机に突っ伏していた。
まだ良い。そこまでならまだ、事は簡単に運べたんだ。
よく見てみると、天地の机に何か液体がダラダラと流れ出ていた。その液体は机上だけに留まらず、飽和して、机の淵から垂れる。
教室の床が白かったため、その液体の色、正体を確認するのに時間は必要無かった。
赤黒い……言ってしまえばそれは、血液だった。
「ひ…………ヒヤアアアアアアアアアアア!!!!」
前の席に座っていた女子がその血液を見て、気を動転させる。
そんなの当たり前だ……学校登校日初日、まだ朝のホームルームも始まらない内に人が目の前で死んだんだぞ!
いや、そんなのこの際関係無い。しかしその風景を見て、俺も動こうにも動けない。足がこんな時に限って動きやがらない。
……そうか……俺も気が動転してるんだ。叫んだ女の子と同じ様に。
一年五組の教室全体に怖気が走り、ついには教室から逃げ出す奴も出て来始めた。
パニック……最悪の登校初日だ。
でも一つ引っかかるのは、昨日コイツの言った言葉。『本気で怒らせる』と奴は言ったはずだ。
しかしこれでは怒るどころか、それ以上に恐怖が勝ってしまっている。あの宣言はハッタリだったのか?それとも、これ以上の何かがあるっていうのか?
「ふ……ふふっ……くっくっ……はははっ!」
このパニックに包まれた教室の中で、一際異彩を放つ笑い声が聞こえてくる。恐怖で狂った笑い声なんかじゃない、それはなんというか、遊んで貰って喜々戯れる子供の様な、愉快な笑い声だった。
そう、言わずとも分かるだろう。それも隣の座席、天地の座席から聞こえたものだった。
何だろうな、こればかりは本当に直感なんだろう。その瞬間、俺の足は自然と動かせる様になり、座席から立ち上がり、天地の肩を両手でむんずと掴んでやった。
その光景を見て、俺を止めに入ろうとする生徒もいたには居たが、俺はそんな奴らを制すように大声で叫んでやったんだ。
「起きやがれこの仮病女ああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!」
教室に、まさにしん……と言うに相応しい沈黙が訪れる。
パニックで逃げまどっていた奴等も足を止め、まるでその空間だけ時が止まったかのように、全員がその場で静止していた。
ただ一人を除いては。
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