第6話

 列車は長いトンネルを進む。


 人々の思惑を運び、各々が様々な思案を巡らせる。


 その中でもヴォルトとメルフェドは誇らしげに、解体手前の〔ビィ・ツゥ〕のコックピットに乗り込んでいた。


「ヴォルト、いい知らせだ。ここの連中が協力していた証拠が手に入ったぜ」

「そうか。通信を傍受したのか?」

「それはもう! あいつら接触回線だからと安心してたみたいだが、列車の上ってことはこの機体が拾えないわけないだろ」


 メルフェドは操縦席でコンソールを操作して、僚機にデータを共有する。


 ヴォルトの乗る〔ビィ・ツゥ〕は片腕がないのを確認するように頭部を動かし、隣で仮面の外れたメルフェド機を捉える。


 外装のない顔はもはや機械の寄せ集めでしかなく、発光信号を送るハニカム構造のライトスクリーンが怪しく光り、反重力流体を流すパイプが電荷に伴って、血が巡るように赤くちらつき始めた。


 反重力流体の熱量が血管ともいえるパイプを熱くさせ、それが機体全体に行きわたる様は人体標本で見る動脈や静脈の流れに思えた。


 ヴォルトは僚機の状態を思いながら、モニタに出てきたスクリーンショットに気づく。シセルの顔が高画質で表示され、録音記録も入ってきた。


「さすがメルフェド、女に関しては手回しが早くて助かる」


 ヴォルトは候補生時代のことを思い出しながら、ヘッドセットを装着する。


「今度はお前から紹介してくれよな」


 メルフェドは軽口を叩いたが、トンネル内の空気の流れが変わってくるのをヘッドフォンから感じ取った。くぐもった反響音の中に、ざらついた風の音が入るのだ。


 出口が近い。


 その緊張で張りつめた空気の違いが、メルフェドの頭を刺激する。


 彼とてコロニー制圧に出た下士官だ。AMアームド・ムーバを動かすことは訓練でも実戦でも同じだとはもう思わない。

 

「そろそろだぞ」

「地下空間って言っても外は宇宙だ。むやみやたらに攻撃はできないぞ」


 ヴォルトは操縦桿とフットペダルの感触を確かめ、背後のモニタから光が差し込んできたのを目の端で捉える。


 列車の先頭車両がトンネルを抜けた。


「全スタッフへ。衝撃に備えろ」


 一足先に車掌のメルモランもヘッドセットを装着して、マイクで呼びかける。


 車両が次々と抜けていくといよいよ〔ビィ・ツゥ〕を乗せた車両がまず現れて、間をおかずに最後尾が飛び出した。


「――っ」


 シセルは急な光の強さに目を細めながら、構わず操縦桿のスロットルレバーを挙げた。


〔ビアンケリーア〕が翼を畳んだまま跳ね上がった。垂直離陸、直後メイン・ノズルに火が走った。弓につがえた矢のごとく、一瞬にして弾ける。


 寝起きのように上体を起こした〔ビィ・ツゥ〕二機が腕部を広げるが、〔ビアンケリーア〕の細い機体はヴォルト機の失っている腕をつくようにして両機の合間をすり抜ける。


「クソッ。抜かれた!」


 ヴォルトは後方を振り返って、列車の上を走っていた〔ビアンケリーア〕が翼を広げて、舞い上がるのを目で追った。


 天井には眩い運河の空が輝き、波頭が雲の様に影を重ねる。そこに重なる翼のシルエットは地球の空を思い出させる。


 その感覚がヴォルトとメルフェドのような地球で育った者の感覚ならば、地球を知るシセルもまた見下ろす景色に驚かされる。


「あたしは何てところで逃げ出しちゃったのよ」


 機体を傾けて、わずかに旋回しながら青々と広がる月の下とは思えない豊かな渓谷を目の当たりする。


 壁の様に左右を固める山肌は緑で着飾り、生き生きとした土の肌を露出している。さらに谷間には長く、巨大な湖が遊覧船を浮かべ、斜面に家の影も捉えることができた。


「むやみに飛んだら、被害が出る」


〔ビアンケリーア〕は天蓋との距離を取るようにして高度を下げると、農園が見える斜面へと近づいた。


 葡萄畑の木々が揺れ、山羊の群れが声を上げて逃げ出す。


 シセルは機体の方位を確かめながら、操縦桿の反応と左右の主翼のたわみを確認する。主翼は向かい風を受けて反りかえり、小刻みに震えている。


 その震えはガタガタと嫌な音をコックピットにも伝えていた。


「揚力はあるけど、推力に負ける」


〔ビアンケリーア〕は湖へと高度を落とし、ジェットエンジンの出力を弱めて滑空。水面が矢のごとく後方に流れていく。


 シセルは渓谷の景色を楽しむ余裕もなく、正面のメイン・コンソールを操作しつつ上空を確認。


 列車から飛び出してきた〔ビィ・ツゥ〕二機がわずかに右手の山の斜面に降下していくのがわかった。そして、自分が乗っていた列車が右手の山脈の斜面を走っているのも見て取った。


〔ビィ・ツゥ〕二機が山の斜面を蹴り上げ、湖を行く〔ビアンケリーア〕へと跳んだ。


「メルフェド、わかってるな?」

「おうよ。挟み込んで、掴まえる」


 メルフェドの外装のない〔ビィ・ツゥ〕が背部のスラスターを噴射して、大きく湖を跨ぐようにした。


 その間にも頭部のバルカン砲を発射。しなるような弾道が〔ビアンケリーア〕に迫り、細かい水柱が上る。


「上に一機。もう一機は?」


 シセルは相手の射撃に怒鳴りながら、フットペダルを踏み込んで機体を傾ける。


 風を受ける〔ビアンケリーア〕は翼の端を水面ギリギリまで落とし込んで、滑らかに右へと流れる。


 その方向に待ち伏せとばかりに着地したヴォルトの隻腕〔ビィ・ツゥ〕がビームサーベルを抜き放つ。発振器から伸びるビーム粒子が斜面を焼く。


「翼を切ってしまえば、おしまいだ」


 ヴォルトは自機の正面を向く〔ビアンケリーア〕を睨んでつぶやく。


 彼の操縦に従って〔ビィ・ツゥ〕がやる気を見せるようにして、脚部を上げて足裏のスパイクを展開すると、斜面で腰を沈めて迎撃態勢を取った。


「あれね……」


 シセルは敵の存在を正面に捉えれば、とっさに操縦桿の安全弁を指先で弾いて解除する。対岸に着地したメルフェド機や背後の山やそこを走る列車のレールなどは目にも入っていない。


 耳の奥で心臓の音が大きくなる。身体を強張らせる緊張からか、お腹の奥底から妙な感覚が絞り出される。


〔ビアンケリーア〕の主翼に内包されているビーム・サーベルの発振器が展開する。


「グライダーで刺し合いはできないっ」


 ヴォルトは〔ビアンケリーア〕の発振器を見て取って、刺し違えるつもりかと思った。これまでの戦闘経験が突撃一辺倒のマシーン相手だったために、出力の弱い発振装置では十分に距離を詰める必要があると読み取ったのだ。


 だが、失念してはいけなかった。


〔ビィ・ツゥ〕が斜面を踏みしめているのに対して、〔ビアンケリーア〕はその広い翼で風を纏っていることを。


「動かないで、よっ」


 シセルは祈るようにつぶやき、ターゲットカーソルを睨んでトリガーを引いた。


 互いの距離は五〇〇メートルを切るころ合いだった。


 水面すれすれを飛ぶ〔ビアンケリーア〕は両翼の発振器を作動させ、細いビームを撃ちだした。


 ヴォルトも覚悟を決めていたが、ビームの瞬きに思わず手足が反応する。


〔ビィ・ツゥ〕がビームサーベルを奮おうとする。


 が、〔ビアンケリーア〕の射撃は岸辺よりも離れた深間を焼いた。その熱量が一瞬にして水を蒸発させ、白い水蒸気の波が〔ビィ・ツゥ〕を襲う。


 そこへ突っ込んだ〔ビアンケリーア〕はその波に乗り上げた。


「煙幕だとしてもっ」


 ヴォルトはモニタが真っ白になっていても、〔ビィ・ツゥ〕のビームサーベルのタイミングが外れているとは思わなかった。機体の腹部を突き上げる暴風に見舞われようとも、脚部は地をしっかりと踏みしめ振り上げる逆袈裟の一閃は死んでいなかった。


 水蒸気が揺れる。


 しかし、飛び込んでくるはずのグライダーを切った感触はなかった。


「手ごたえがない。けど、この音――」


 ヴォルトはヘッドフォンを押さえて、注意深く音を聞いた。


 聴覚センサがとらえる空を鋭く切り裂く音。


「逃げられたのか?」


 ヴォルトは悔しさに顔をゆがめながら、ヘッドフォンを外す。


 ハッチを開放して、自身の五感で周囲の様子を探った。熱い水蒸気が漂い、蒸し暑さを覚えるが、はっきりとする音の波を耳と肌で感じ取る。


「何をやっている? 逃げるぞ!」


 そこにノイズ交じりにメルフェドからの無線が飛び込んできた。


 ヴォルトがはたと気が付いたときには、スラスターの轟音がすぐ上を過ぎていくのに気づく。


 水蒸気が突風で押し流される。


 彼の頭上で見えてきたメルフェド機が北側へ流れるのを目で追い、その先で山肌を撫でるように飛ぶ〔ビアンケリーア〕も確認できた。


 視線を進めていけば、その下にレールの白い輝きが走っているのもわかる。


「あんなにも飛んで、列車のレールを盾にしてる」


 ヴォルトはその上に列車が走っていくが見えて、急いで機体を跳躍させる。開けっ放しのハッチから入り込んでくる空気の流れに目を細めながら、奥歯を噛みしめる。


 体を潰すような風圧が彼を冷静にさせてくれた。


〔ビアンケリーア〕のパイロットの方が頭を使っている。


「突進しているのは、俺たちの方だ」


 ヴォルト機が列車を追い越していくと、そのスラスターの圧力が車体をかすかに揺らす。


 ゲストルームに通されているプロイツ・アーネルベは巨大な展望車窓でその過ぎ去っていく不出来な〔ビィ・ツゥ〕を見送った。


「参謀。いかがいたしましょう? ここは――」


 側近の一人がプロイツの横について、腰をおって耳打ちする。


 ソファに腰掛ける公爵参謀は厳格な表情を崩さぬまま、彼の顔に手を挙げて遮る。


「すぐに呼び戻せ。これ以上の追撃はただの茶番だ」


 御意と心得て、側近は一歩下がり姿勢を正すとゲストルームを後にした。


「まったく……」


 プロイツは肘掛けにあるリモコンを操作する。そして、目の前にあるテーブルのホログラフィを作動させ、車両についている幾らかの観望カメラの映像を呼び出す。


 そして、進行方向を映すカメラが先行する〔ビアンケリーア〕の尾翼を捉える。


「スパイを嗅ぎ付けた下士官の嗅覚は認めようが、相手が悪い」


 モーターグライダーが頑なにレールの傍を離れないところを見るに、意図的に列車を盾にしている。操舵技量も申し分なく、実際追い越していった〔ビィ・ツゥ〕二機は先に回り込めても攻撃にためらいが生れていた。


 不完全な機械人形が斜面で肩を並べ、緊張し、見ているしかない姿はプロイツには滑稽としか思えない。


「どうするよ?」


 メルフェドは横につく隻腕の〔ビィ・ツゥ〕と向かってくる〔ビアンケリーア〕を見比べた。


「どうするもない。列車と併走されちゃ……」


 ヴォルトは向かってくる〔ビアンケリーア〕が速度を落として、列車を横手に下がりだしているのを見ているしかなかった。


 奥歯を噛みしめ、睨む目元も憤りに痙攣する。相手に対してもだが、打開策を生み出せない自身にも腹が立つ。


〔ビィ・ツゥ〕二機は列車との距離を測りながら、岸辺へと後退。〔ビアンケリーア〕に道を譲る形になった。


 シセルは目の端で〔ビィ・ツゥ〕の動きを捉えながら、コンソールを操作して現在地を確認する。

 

「このままエレベーターに行けば、逃げ切れる」


 気の抜けきれない状況に熱い吐息を吐きだして、シセルは横手の列車との間隔を視認する。


 ちょうど、〔ビアンケリーア〕のコックピットが人員輸送の車両の横と前後するところであった。


 その上層に位置するゲストルームの大きな展望車窓に人影を見た。


「誰か見ている……?」


 シセルはその人影が自分に顔を向けていると感じた。


 肉眼では人形のように小さな形しか見えないというのに、相手の目力というのか、尖った感覚がシセルの心に負担をかける。


〔ビアンケリーア〕が不用意に列車寄りに傾いて、コックピットの視界を集中させる。


 対して、ゲストルームにいるプロイツはグライダーのキャノピに見える人影を確認すると正面のホログラフィに視線を戻しリモコンを操作する。


 その映像が〔ビアンケリーア〕のコックピット部分のズーム映像に調整し、少女の姿を映し出す。


「若いパイロットか。分別がないのはそういうことか」


 プロイツはさらに画像解析で拡大されたパイロットのミルク色の髪やちらつく青い瞳、顔の輪郭を観察した。


 その時間は五秒となく、後部車両から打ち上げられた閃光弾に彼女の驚く顔と共に〔ビアンケリーア〕ごとカメラから消えてしまった。


「信号弾? 撤退、してくれるの?」


 シセルは湖の上空で〔ビアンケリーア〕の姿勢を直しながら、はるか後ろで落ちていく閃光弾の弾道と列車に向かっていく〔ビィ・ツゥ〕二機の動きを視認する。


 そして、渓谷の中部で湖は曲線を描き出す。


 列車が走る山間は曲がる直前にトンネルへと入り、姿を隠していく。


 消化不良の不安感。短いまでも戦闘をして高ぶった心身は震え、疼き、乾く。


「撤退する……。撤退、しないと」


 シセルは煩悶とする頭にその言葉を繰り返させる。そして、列車が消えた斜面を後にして、〔ビアンケリーア〕を湖に沿って飛行させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る