第6話
宇宙と地球とではそのスケール差は測りしえない。
目に見えるモノが自身のコックピットよりも大きな世界を持っていると到底思えないからだ。しかし、その錯覚はパイロットにとって必要な処世術の一つであった。
スペースコロニーにしろ、地球にしろ、月にしたって、自分の現在座標を知る指標として利用する。こと戦闘では位置関係を把握することに神経を使うのだから、オブジェクトとして配置していればいい。
そこに都市があり、何百万もの人が暮らしていると想像するのは建設的ではない。
加えて、それらオブジェクトが艦艇にしても言えるのことなのだが、常に移動しているモノなのだから注意を払わなければならない。
「あれは機種不明機……。ドミニオンの艦か?」
ヴォルトの〔ビィ・ツゥ〕が四つのメイン・スラスターを噴射して、急接近をかける。
暗い宇宙に浮かぶ〔メルバリー〕は急激に大きくなり、白い装甲や機銃の位置が鮮明になっていく。戦闘態勢なのか、機銃座の動きが接近する〔ビィ・ツゥ〕と連動する。
ヴォルトは機体を加速させながら、〔メルバリー〕の艦橋横を過ぎ去って煽ってみせた。かなり危険な飛行であったが、〔ビィ・ツゥ〕は旋回してヴォルトの目はモニタに映る戦艦を眺める。
モニタを見渡せば、反対側に回った別の機体、モンテの〔ビィ・ツゥ〕が光信号を送っていた。
「距離を取れ?」
モンテ機の光信号を読み取るとともに、彼の機体から信号弾が打ちあがる。
停船命令の光が傘の様に広がって緑色の筋を宇宙に描いた。〔メルバリー〕に対しての警告であると同時に味方への応援要請を兼ねている。
煌々と輝く信号弾は23番地コロニー、近接する〔デルムント〕にも把握できる光量だ。
タットは信号弾の意味を即座に理解し、口元をゆがめる。
「停船命令です。どうしますか、艦長?」
操舵士に指示を仰がれて、タットは決意する。
「総員、第一戦闘配備。アームド・ムーバは甲板にて迎撃態勢。最大船速で本宙域を離脱する。警報っ」
矢継ぎ早な命令が木霊して、ブリッジクルーたちは肝を据えて仕事に取り掛かる。
その瞬間、〔メルバリー〕艦内に警報が鳴り響き、メイン・スラスターが火を強めて速度を上げた。
中にいる全員がその強烈な負荷に体を縮こまらせる。身体が引っ張られる。
とくに避難民たちには強い衝撃で咄嗟に手近なものにしがみつく。
「ほんとに、戦う気なの?」
レクレーションルームにいるシセルは警報と周囲の悲鳴を耳にしながら、手近なポールにしがみついてつぶやいた。
肌が痺れるような振動。ただの加速による負荷だけではない。
「銃声、聞こえないか?」
「気のせいだろ、そんなの」
メットとヘンリーが不安をあおるように言って、ティータの厳しい視線を浴びる。
「根拠のないこと、言わないでよ。イライラするっ」
嫌な予感。言葉にできない不気味な体感が壁向こうからチクチクと伝わってくる。
シセルはクラブ仲間に余裕がないのを見取りつつ、周囲でも意気消沈する人々の小声に胸が苦しくなる。
抱えているユノも震えているばかりだ。
外の様子もはっきりしないレクレーションルームは息が詰まる。ここから逃げ出したくなるのも無理からぬ話だ。カービン達が感情で先走って出ていったのは、この空気に殺されると思ったからだろう。
「カービン、無理をして……」
シセルはその友人の居た堪れなさをわかろうとしたが、やはり戦場の混沌に溺れてしまっていると感じずにはいられない。
彼女が先に〔ヴェスティート〕で囮に出た時とは違う印象があったからだ。生きるために、生かすために戦うことを選んだシセルと、個人の感情に押し流されて死を恐れて飛び出したカービンとでは気の持ちようが違う。
「…………」
シセルにはそのカービンの激情が羨ましくもあったし、生きている実感を持っている気がした。その興奮が生物らしい、とさえ思える。
実際、カービン・ウィルソンは偶然に潜り込んだ格納庫内で興奮状態にあった。
「こいつは使えるのか?」
カービンは飛び交う宇宙服を来た整備員たちを横目に、一機の〔ライター・ヘッド〕に取りついた。
人が動いているためか熱い空気が渦巻き、警報が焚きつけるように格納庫を震わせる。
整備員たちは〔アルミュール・アン〕を甲板に上げたことで一通りの仕事は終えている。しかし、補欠パイロットたちが出るような事態になれば、送らなければならない。
それでも、戦闘状況に慣れていないクルーたちだ。他人の動きに気をつかって動ける人材は少ない。
カービンは何なく〔ライター・ヘッド〕のコクピットに潜り込むと、すぐに起動操作を始める。ハッチを閉じて、メイン・コンソールを起こしてスクリーンをつける。
「第一戦闘配備、わかってるのか?」
「スカート付きはいつでも出せます」
カービンは無線に飛び込んでくる整備員たちの声を聴いて、背筋がざわつくのを感じた。強い語気や熱気に心打たれたのは言うまでもない。
まるでアーティストのライブ会場に入った時のような高揚感。そう感じていた。
カービン・ウィルソンにとっては宇宙での戦場はそのようなものだと体感している。爆撃された町を逃げ出してきた経験も後押しして、機械の動作が自分を助けてくれるとも浅はかにも考えていたのだ。
「女のシセルでだって、生きて帰ってこれたんだ。やってやれないことはない」
カービンは自身を鼓舞して、〔ライター・ヘッド〕を進ませる。
それに呼応して、誘導灯を持った整備員が格納庫の両サイドにある昇降リフトに誘導する。彼らには〔ライター・ヘッド〕が発進することを疑問に思っている暇はなかった。
〔ライター・ヘッド〕の挙動は無味乾燥な
昇降リフトの隔壁が開き、カービンは機体を所定の位置に運ぶと隔壁が閉じて空気が抜かれる。
「内圧調整、正常。ダンパーもアポジモーターも大丈夫だな」
カービンは襟元を緩めながら、操縦桿を握り直す。コックピット内に昇降機内の『空気が抜ける音』が聞こえて、息苦しさが増してくる。
昇降機は真空状態に近づけながら、上層の甲板について隔壁を開けた時には宇宙空間とほとんど変わりのない状態になっていた。
正確には艦橋内にある
カービンと同じか、補欠パイロットが乗り込んだのだろう。
カービンがモニタで様子を窺っていると、その機体は当然に壁にかかっているビームライフルとシールドを手にして、戦闘準備に入る。
「そこの! 早くしろっ」
カービンの耳にデッキクルーの怒鳴り声が飛びこんだ。
「わかってる。いちいち怒鳴るな……」
カービンは愚痴りながら、自機を進ませコンソールを操作して、捕捉した得物を自機に保持させた。全自動とはいえ、それだけでは不格好に抱えているだけに過ぎない。
そこから、シールドを腕部のハードポイントに装着させたとき、コックピット内に爆音が響き渡った。シートが大きく揺れて、一瞬〔ライター・ヘッド〕の脚部が浮き上がる。
「爆撃? 当たったのかよ!?」
カービンは冷や汗をかきながら、正面の飛行甲板に続く隔壁が上がるのを見た。
その隙間から鋭い光が飛び交っているのを目の当たりにし、漆黒の宇宙に膨らむ光芒が目の奥にまで焼き付くように輝いた。
コックピット内にはそれら光情報が音として再現されて、カービンの聴覚を刺激する。作られた爆音であっても、コックピット内の空気を震わせる重低音やビームの甲高い音は人間の感覚を正確に呼び覚ますのに効果的であった。
「これが戦争……っ」
カービンは口の中の渇きと冷えていく自分の体に恐怖した。
頭で思い描いている以上に、肉体を支える五感の感触は痛烈で少年を容赦なしに屈服させる。
「見習いは甲板で迎撃すればいい。振り落とされるなよっ」
デッキクルーの無線がカービンの耳に入り、先に出る〔ライター・ヘッド〕が隔壁を盾に牽制射撃に入るのを見た。
「そ、それくらいなら」
カービンは自機を右側面側に寄せながら、宇宙で飛び交う閃光を目で追った。
カービン機はビームライフルの銃口を上げるも、狙いが定まらずふらついてばかりであった。射撃管制が脆弱になったからではない。
パイロットであるカービンが敵影を目でとらえようと必死になっていることが原因であった。ターゲットカーソルがスクリーン上で走り回り、カービンの頭は切羽詰まったように飛び交う
隣では当てずっぽうとはいえ〔ライター・ヘッド〕がビームライフルを使って見せて、〔メルバリー〕の防御を厚くしてくれている。
その光は敵にしてみればよく目立つ。
「ん。出ていない機体がいるのか?」
モンテ・グロービが先んじて飛び出してきた角付きの
そして、甲板めがけてビームライフルを発砲。三条の光りのうち、一発が飛行甲板に命中。
ビームの爆発が膨らんで、彼の操る〔ビィ・ツゥ〕がそれを受けて上昇しつつ、〔メルバリー〕の弾幕を回避し後部へと抜けていった。
「素早い動き。できるか」
ロディオ・バレッジはフットペダルを踏み込んで自機を加速させながら、モンテの〔ビィ・ツゥ〕へ発砲する。
〔メルバリー〕の位置を意識しながら、ロディオの操る〔アルミュール・アン〕が23番地コロニー側へ旋回する〔ビィ・ツゥ〕を追走しながら、発砲を続ける。
その流れ弾がヴォルトの〔ビィ・ツゥ〕を掠める。
「ぐっ。掠めたか」
飛来してきたビームを回避したヴォルトは精度を上げてきた〔メルバリー〕からの対空砲火に気をつかって距離を開ける。
戦艦の弾幕は注意すべきものであるが、それ以上に同じ戦闘宙域を飛び交う敵性
ヴォルトの〔ビィ・ツゥ〕は〔メルバリー〕とは違うノズル光に狙いをつけてビームライフルを乱射する。モニタの
ビームの数条が月に吸い込まれるようにして飛び、月光を受けてロディオの〔アルミュール・アン〕は回避運動を取りながら戦況を分析する。
「敵も食らいついてくる。あの機体、また」
ロディオは操縦桿を切り返しながら、〔メルバリー〕に取りつこうとする〔ビィ・ツゥ〕の影を認めた。
ヴォルト・ヌーベンの機体ではない。
モンテ・グロービの操る〔ビィ・ツゥ〕が南極側、〔メルバリー〕の艦底に潜り込む様な軌道を取って、バックパックのミサイルサイロを開放する。
だが、そこにコディ・ルクスの一角頭の〔アルミュール・アン〕が行く手を阻む。シールドを構え、ビームサーベルを発振して切りかかった。
「さすがに一つ筋縄では取れないかっ」
モンテはすぐさま〔ビィ・ツゥ〕にシールドを構えさせて、〔アルミュール・アン〕に体当たりする。
互いの機体がシールドで得物をはじき、もつれ合い、スラスターの噴射で回転して弾き飛ばされる。その衝撃に苦悶の表情を浮かべる両パイロットであるが、〔ビィ・ツゥ〕がミサイルサイロから数発を打ち上げた。
「しまった!?」
敵機との距離を開けたコディは艦底へ飛ぶマイクロミサイルの光跡に目をむいた。
彼の〔アルミュール・アン〕が頭部のバルカンで迎撃姿勢に入ろうとしても、〔ビィ・ツゥ〕の素早い反撃に後退を余儀なくされた。
〔メルバリー〕の機銃座が即応。マイクロミサイルが爆裂し、艦体を押し上げる。が、撃ち漏らした二、三発が直撃する。
その衝撃は否応なく乗組員たちに襲い掛かり、固定していた物資が暴れまわった。
レクレーションルームでは身体の固定が不十分な者が室内を跳ね回り、宙で衝突し、天井や壁に叩き付けられ人の壁に落っこちた。
「う――」
シセルはその中でユノの腕をしっかり抱えながら、首の折れた死体が漂ったのを見てしまった。絶命した人間の顔が生きている者と違うと思えたのは、首の角度とかではなく目の光りがぷっつりと切れたと感じられたからだ。
その感触は金属のような冷たさであった。温かみを吸い取ってしまう冷たさだ。
激震の中で何人がそれを認識しているだろうか。死体と知らずに、はじき出された人を受け止めた人たちは三度襲い掛かる衝撃に負けじと、ソレを抱えている。
「神様……」
ユノが力一杯シセルにしがみつきながらつぶやく。
シセルはその言葉や彼女の力強さに恐れと違和感を覚える。ユノ・クックスが情けないとか、だらしないとかではない。
ただ『神様』に祈るのも、違う気がしてならなかったのだ。
いつ死ぬかわからない状況は怖い。だが、シセル・メルケルはどこかこの混乱寸前のこの空間を観察していた。身体は震えているのに、頭だけは他人行儀に冷静に働いた。
いや、シセルと他の人との齟齬があるとすれば、肉体の感覚と精神の感応の歪であろう。
運命は決まっている、と思っていた。
が、ここで死ぬことが運命なのか。ソフィを死なせてしまうことが運命なのか。このくらい宇宙の塵になるというのか。
「このままじゃ、死にきれない……」
シセルは揺れが弱まったのを見て、決意する。
ガッドマンの言葉が頭をよぎる。運命は所詮結果だ。その過程があっての結末だ。このままじっと座っていて、何かが変えられるわけがない。
何よりも、これは自分が抱いた考えだ。生存本能が彼女を自覚させた。
ユノの腕が緩むとともに、シセルは立ち上がってするりと彼女から脱け出した。
「あなた! どこにいくの!?」
「みんなを守るの!」
不安げに見つめるユノにシセルは叫んで、レクレーションルームを出ていく。
口から出まかせの言葉。それがさらりと出てきたのは、日ごろの行いがそうさせたのだろう、と思う。
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