第4話
アン・カーヴェッジの〔デルムント〕三隻は23番地コロニーを包囲するようにして宇宙に浮かび、周辺警戒を行っていた。
もちろん、23三番地コロニーを捨てて、逃げ出すスペースボートは後を絶たない。三隻の戦艦を管制塔にして、
そうした人手が必要な時だというのに、帰艦したヴォルトは半壊した〔ビィ・ツゥ〕を整備班に渡し、自身は艦内のサロンに籠った。
サロンは壁面のスクリーンに地球の森林を映し出し、いくつものプランターには蔦植物が垂れ下がり、湿気も他の場所に比べると潤っている。色どりを付ける造花も花びらに含んだアロマを漂わせ、サロンの空気を甘くしていた。
ヴォルトはカウンター席に座って、何をするでもなく呆けてスクリーンの梢の光りを眺める。春先の麗らかな日差しを模した映像は彼の故郷を思い出させる。
「今頃はトウモロコシを植えてる時期か……。父さん、母さん、元気にしてるだろうか」
古い農場を営む両親を思いながら、ヴォルトは夏に食べる甘いトウモロコシの味を思い出す。
何年帰っていないだろうか。士官学校に入ったころはまだ足の裏に土の感触や芝の柔らかさを感じられた。去年のクリスマスに帰郷できたはずだ。
だが、宇宙に出て一年ちょっと、冷たい合成金属と乾いた空気を吸い続けていると環境の違いを痛感させられる。最初の三か月は除菌室に監禁されているような、無味乾燥とした悪感に苛まれたものだ。
ヴォルト・ヌーベンのみならず、アン・カーヴェッジの中にはやはり宇宙環境に拒否反応を起こすものはいる。新人のホームシックだけではなく、空気の違いを分かるようになってきたベテランまでも、時折郷愁の念に襲われる。
だから、サロンの機能は宇宙航海には必需品となっていた。
そこにアン・カーヴェッジの黒い軍服を着たモンテ・グロービが入ってきた。
「ん。そこにいたか?」
「中尉、スペースコロニーはいいんですか?」
モンテはヴォルトの隣に腰掛けると、カウンターテーブルに腕を置いた。脚を組んで、椅子の下部にあるリングに爪先を引っ掛ける。
「ひと段落といったところだ。聞いてないのか?」
「あぁ……、はい。すみません」
「しっかりしてくれ。外は人手が足りないんだ。まだ引きずってるのか?」
ヴォルトはモンテの意見に理解はできても、気持ちの落としどころを未だ見つけられずにいた。とはいえ、まだ一時間と経っていない知り合いの死をまだと片付けてしまうのは淡泊に思えた。
しかし、モンテは現状が沈滞している気がした。ヴォルトを見ても明らかである。
「他の将校はよくやってる。軍艦三隻でコロニー1つを制圧のは、意外と気力がいるんだぞ?」
「わかりますけど、もう少し……、時間をください」
「感傷に浸れば許してもらえるとか、そういうのは学生のすることだ」
モンテの言い分にヴォルトはぐうの音も出なかった。
他の兵士たちは23番地コロニー制圧で手いっぱいの状況だ。帰艦してサロンに籠るようなことはしない。そこに優しい声をかけて、時間をかけて現実と向き合えばいいと諭す安い上官はいない。
そうして、現実から目を離している奴から振り落とされるのだから。
「同情で誘ってもここの女は誰も母親のような優しさなんぞ向けないし、まして男は父親の様に叱咤するわけでもない。自分で足掻けなきゃ、淘汰される。お前が入った組織の仕組みくらいわかれよ」
「それでも中尉はここにきて何なんですか? お説教が趣味ですか?」
「人手不足だといった。パイロットはすぐにデッキ来ることだ」
「今は補給中です。だから、大丈夫です」
「自分のマシーンくらいは責任をもって付き添え。少数精鋭とか言っても、体のいい給料削減のいい訳だからな」
モンテは黒い瞳をヴォルトに向ける。
ヴォルトはその目がただのお節介でここにいるのではないと感じた。
「死にたくなけりゃ働きな。モンタージュ周辺のデブリ拾いに左遷されるぞ」
「地球の裏側の衛星基地ですか?」
ヴォルトは月と双璧をなす衛星のことを言った。
モンテは偉い人たちの膝元で働く気にはなれなかった。
「息苦しくてしゃーないぞ、あそこは。ま、お偉いさんに取り入ろうとする向こう見ずな奴もいるが……、お前はそういうタマじゃねえな」
モンテは軍服のポケットから一冊の文庫本を出すと、ヴォルトに流した。
無重力の中で本はゆったりと流れて、ヴォルトはその本を手にして表紙を見る。その表題を見て、眉を顰めた。
「これ、ちょっと前にメディアが取り上げたヤツでしょ? 時代遅れのSF本」
「読んだことがあるのか?」
「いいえ。けど、『12人の人造人間』って聞けば概要は誰だって知ってます」
ヴォルトはモンテが口ひげをいじりながら言う。
「人類愛顧を笑う一般人のコピペか」
その言い方がヴォルトが一般の人と同じか、それ以下だと言っているように聞こえた。
「だってそうでしょう? 著者は自分が
「上辺を並べればそんなものだが、お前は自分が何をしなければならないのか、考えたことあるか? 生まれながらにして」
「それは――、アン・カーヴェッジとしてやるべきことをやるしかないでしょ」
ヴォルトの模範解答にモンテは深く息を吐いて、立ち上がる。
「若者の答えにしかなってない。その本を少しは読んで考えろ」
「意味があるんですか?」
「同じ組織の上司が勧めるんだ、一応読んどけ」
モンテは一度ヴォルトを指さしてから、サロンを後にした。
彼から言わせれば、本に感銘を受けるとか感想を抱くとかは二の次だ。勧められたものを送った人物に対して、自分なりに評価が出来なければ意味がないのだ。ついていく価値のある人間なのか、それとも踏み台にするのか。
人を見極めることができなければ、組織で生き残ることはできない。
ヴォルトにはそんなモンテ・グロービの心遣いを察する力はなかったが、渡された本を適当に開いて読んでみた。
「あの人はどうしてここまでするんだ……」
彼が視線を落とした文章にはこう書かれていた。
『世界には私を含め12人の人造人間が存在する。彼、彼女らは生まれながらに望まれながら、その人格を否定される。私に求められたのは稀代の数学者の復活であった。それ以外のことは何も評価されない。それでも私は私でいる理由を作ろうとした』
* * *
シセルはガウン姿のまま、後ろ手に手錠までかけられ、当番兵に連れられてゲストルームらしいところに通された。
「代表、お連れしました」
当番兵の一人が言って、シセルの背中を押した。
シセルは一度彼を睨んだが、すぐに通された部屋の内装と待っていた人物に関心を向ける。
ゲストルームとはいえ、作りは士官室と大差ない。差があるとすれば、一人で部屋を独占できることくらいだろうか。寝台列車の一等客室のような間取で、ベッドの傍には外窓を模したスクリーンが設置され、港の様子を眺めることができた。
そして、カウンター机に向かって書き物をしていた鉄仮面をした人物が仮面の物見を向ける。
「ありがとう。艦長には私から言っておく。キミたちは部屋の外で待機してくれたまえ」
鉄仮面の人物、ガッドマンが命じると当番兵は敬礼して部屋を出ていった。
「この人……、ガッドマンとかいう政治屋さん」
シセルは彼の態度と容姿に警戒心を強めつつ、目を離さない。
ワイドショーで見た程度の記憶であったが、鉄仮面をした人物がドミニオンを盛り上げていることは知っている。が、その先導者を目の前にしても圧倒される感じはなかった。
と、ガッドマンが立ち上がって大股で近づく。
「色々と話は聞いている。航空ショーのマシーンで敵を撃墜したって?」
「あなたもパイロットに推薦するんですか?」
「そのつもりだ。まぁ、立ちっぱなしも疲れるだろう。ベッドにでも腰を掛けてくれたまえ」
「女を相手にそれは、恥知らずです」
「他意はないのだがね」
ガッドマンはシセルの横について、彼女を部屋の奥へ誘導する。
シセルは頭一つ大きい男の体つきに危機感を覚える。しかし、来客用の椅子を用意されてガッドマンが座るのを見届けてから渋々腰かけた。
膝を突き合わせて、目の前の人物を見た。ガッドマンが頬杖をついて、物見の角度が若干下に向いていると感じる。
「若いキミはこの戦争をどう思う?」
「戦争? まだその段階ではないと、思いますけど」
シセルは手錠のジャラジャラした感触が嫌で、目つきを鋭くしながら返した。
「何故、そう思う?」
「戦争は暴力で解決するやり方でしょう? コロニーを襲って、人を追い出して、何が解決するの」
ドミニオンとアン・カーヴェッジの二組織が紛争をしているからと言って、その結果がただの主導権争いに決着がつくだけだ。それが、痛めつけられた人々にどんな幸福をもたらすというのだろう。
かつては国益の争いだった戦争が、今や大規模な思想運動に変わっている。
だから、シセルは賛同もできなかった。
「自分の考えが正しいというのなら、文壇で説き伏せてみせてください」
「正論だな。だが、その水掛け論では解決できないから武力化をする」
ガッドマンがドミニオンの立役者になったのも、共和体勢を敷いた地球の議会がすでに供物にもならない烏合の衆になったからだ。すでに増えすぎた人口管理をおざなりにして、地球の暖かな環境に縋りついているだけ。
「地球の環境ではインテリジェンスは育たない。宇宙の厳格な環境にこそ、人は困難を意識して知恵を編み出す。それが出来るのは、スペースコロニーが共和制を望むのは祖先が嫌々地面から足を引っこ抜かれたからだ」
「老人の言い分でしょう」
「だから、その血を引き継ぐ若者は地球の環境について危惧する。公害病や自然破壊に対して敏感になったし、政治についても考えることもできた」
シセルはガッドマンの言い分がドミニオンの根幹的な論理だと思った。
スペースコロニーが公害病患者の
衣食住に関わってくれば、誰だって無視はできない。
「しかし、若者に政治の壇上を渡すような聞き分けのいい人ばかりではない。政治家を育てるというのは、難しいのだよ」
「頭のいい人ってそうでしょうね。だけど、結局暴力……。それで兵隊集めに鞍替えってわけ?」
「そうなってしまったのは悲しいが、自発的な民衆を育てることができる。市民革命の頃の熱が戻れば、人は今一度革新できるのだ」
ガッドマンは姿勢を正して、続ける。
「地球では公害病にも負けない人造人間を作っていたらしいが、それは人の進化ではない。外道だ。克服とはいいがたい」
「では、代表はどう対策するっていうの?」
シセルはむきになって問うた。
「全人類の住処を宇宙に移し、地球の治癒力をもって病の元凶を浄化する」
「何千、何万年とかかりそうですね。地球に住んでいる人は嫌がるはずでしょうとも」
「しかし、それは自らを特別だと思っている証拠だ。本当に人が優れた生き物であるならば、自然から離れられるはず。だが、スペースコロニーができれば、自然をも制御できると錯覚する輩も出てきた。アン・カーヴェッジはそういう奴らなんだ」
ガッドマンは語気を強めて訴えた。
しかし、シセルの琴線に触れる話ではない。主義主張で運動をするのは、レジスタンスのやり方だ。一般人のシセル・メルケルが
シセルは視線を落としていう。
「あなたの演説は主義者にでも言ってください。わたしに戦う気はありません」
きっぱりと言うシセルにガッドマンはしばらく黙ったが、重い息を吐き出して肩肘の力を抜いた。
「しかし、いずれは否応なく巻き込まれるだろう。そういう運命を感じる」
シセルはその心霊的な物言いにイラつき、ゆっくりと顔を上げる。
「運命なら初めから決まってる、私の場合は」
そこで艦内アナウンスが割って入り、いよいよ〔メルバリー〕が出港する旨が明かされた。
メインエンジンに火が入ったのか、足の裏から小刻みに振動が伝わってきた。
対して、ガッドマンは言う。
「運命は所詮結果だ。自らの行いでいかようにも変えられる」
「わたしが戦いに行くというの?」
「妹を助けるために。それが生きがいというのか、信念めいたものを感じるのだよ」
シセルはガッドマンがただ揺さぶりをかけていると思いたかった。
妹のことをいえば、命を投げ出す覚悟があると思われているのか。あるいは、人質に取るという遠回しな言い方なのか。
判別はできなかった。しかし、胸の奥に重くのしかかる暗澹とした気持ちは嘘ではない。
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