第8話
「カービン、シセルは?」
「アームド・ムーバで時間を稼ぐって――」
助手席でハンドルを操作するヘンリーに向かって、今しがた戻ってきたカービンが言う。
「後ろに回って、トラックを押し出してくれ」
ヘンリーはシセルの姿がないのを見るなり、腕を振って誘導する。一人にかまけている余裕はないのだ。移動手段を失ったままでは、自分たちが危ない。
カービンは返す言葉もなく、言われるがままに荷台の方へ回る。すでにバルド、ティータ、それにソフィが車体を押し出していた。だが、幌車はピクリとも動かず往生している。
「カービン――、シセルはどうしたの? 追ったんじゃないの?」
ティータが同じ質問をした。
ソフィは一度手を止めると、長髪のカービンに視線を向ける。シセルを引き留めに行ったはずの彼が一人で戻ってきたことに不安が押し寄せた。
「聞く耳持たなかった。アームド・ムーバで時間稼ぎをするらしい」
「無理をする。早くこっちも動かさないと」
バルドは呆れていたが、カービンの力が加わって車体が少し揺れ動いた。
ソフィは彼らの態度がどうしてもわからなかった。無神経とさえ思える。しかし、赤の他人に命を懸けられるはずがない。ソフィとは立場が違うのだ。
その無神経さが大人なのだろうか、とソフィは疑問にさえ思える。
ソフィが問いかけようとした時、野外ステージの方からジェット音が木霊した。その音に目を向けると、梢のむこうで
「お姉ちゃん、なの?」
ソフィは赤い機体がシセルの操る機体だと思った。
* * *
〔ヴェスティート〕の跳躍は軽々と野外ステージを飛び越えて、広場へと躍り出た。
操縦するシセルは思った以上の反応に驚いた。
「四基のバーニアの出力って凄いの? 反重力流体制御は正常値のはずだけど、軽すぎるっ」
サイド・アーマーにある大型スラスター二基、腰部の長い尾羽のようなスタビライザーを携えたスラスター二基から断続的に噴射され、〔ヴェスティート〕はよろめきながら芝生の上に着地した。
森林の中で繰り広げられている銃撃戦はそれでも止まなかった。
「何だ、アームド・ムーバか?」
先手を取ったのはアン・カーヴェッジの陸戦隊であった。
〔ヴェスティート〕から距離を取る動きを取り、互いに友軍の機体が来たのではないかと推し量る。細身のシルエットは〔ビィ・ツゥ〕に似ていたが、反応がないことが彼らの判断を速めた。
「にしては、反応がない。ということは、敵対機。各員、街の方へ下がれ」
アン・カーヴェッジの陸戦隊は互いに無線で呼びかけながら、茂みに身を屈ませながら町の方へとさがっていく。
これを好機と思ったのは、相対する一団である。
「後退しているぞ! スペースボートを奪えるなら、奪ってくれ」
「無茶を言うな。撃ちあいの中で」
彼らは私服に短機関銃を基本に持ちながら、大声で意思疎通を図る。動きは素人同然で茂みに身を隠しながら、相手のマズルフラッシュに向けて撃ち返すので手一杯だ
だが、中には対
そのような拙い小競り合いでも、流れ弾は容赦なく〔ヴェスティート〕の装甲を叩く。
シセルはそのうちに対
「こっちに来なければいいんだから……」
シセルはシートの脇にあるスイッチを操作し、モニタに映る人の動きに目を細めた。幾らかのフィルターをかけて、人影を浮き彫りにする。数はそこまで多くない。
小規模団体による遭遇戦の配置だ。
「あっちへ行ってよっ」
彼らの予測できない動きに緊張が走る。相手は機械ではないのだ。扱いを間違えれば、簡単に命を奪うことだって
〔ヴェスティート〕は左右の大型スラスターのノズルを森林に向けて、出力を押さえて噴射した。青白く燃焼した推進剤がか弱くノズルで燃えていたが、そうであっても大型台風の直撃を食らったように梢は激しく揺れ、陸戦隊は強風にあおられて転げまわる。
「コロニーで戦争なんてしないでよ……」
シセルは操縦桿を握りしめて、つぶやく。
身勝手な人間の身勝手な行動で殺生がまかり通る現実が受け入れられない。そんなにも命が安い物なのか。膨れ上がった人口を処理したいのか。
それならなぜ、人はこの世に生を受けるのだ。
流れ弾や銃声が止み、〔ヴェスティート〕は後退り森林から距離を取る。
「ソフィ……、みんなは――」
混濁する意識の中で、コックピットのシセルは警報音に我に返った。
森林の中からロケット弾が飛来し、〔ヴェスティート〕の胸部に直撃する。派手な爆音を轟かせて、機体が大きくよろめいた。
シセルが反射的に〔ヴェスティート〕を後退させる。四基のスタスタ―を噴射して、ホバリングしながら目の前の森林から距離を取る。
「撃ってきた。けど、まだやれる」
シセルはメインモニタに映る損害報告を一瞥。胸部装甲がひしゃげた。機体を右手に流しながら、次々に跳んでくるロケット弾に目を見張る。
陽動は成功したが、迫る凶器の圧力に背筋が凍り付く。
〔ヴェスティート〕がゴーグルを下げ、自動で頭部バルカンを乱射する。しかし、込められているのは航空ショー用のスモーク弾だ。
吐き出される弾丸がカラフルな煙の尾を引いていく。しかし、それだけ以上の効果はなく抑止力にもならない。
ロケット弾はお構いなしに突っ切って、次々と野外ステージや地面に落っこちて破裂する。飛び散る破片、抉られる地面。
〔ヴェスティート〕も爆風に煽られながら、体勢を整える。
「武器はないんだ。攪乱するしかない」
シセルは覚悟を決めて、フットペダルを踏み込んだ。
〔ヴェスティート〕が地面を蹴って飛び上がる。深紅の機体は軽いステップで森林を飛び越えて、スラスターの圧力が無防備なスペースボートを横転させる。
「何だあの動き? 」
その軽々しい跳躍は狙いを定めるアン・カーヴェッジの兵士たちには脅威に思えた。
深紅のドレスがスカートをひるがえして空で踊る。狙いをつけさせてはくれない。
だが、牽制とばかりにロケットランチャーを放った。
数は五つ。
シセルはモニタに映るターゲットカーソルを見て対応する。
「スラスターで押し返すっ」
〔ヴェズティート〕は再びサイドのスラスターの角度を調整し、今度は出力を上げて噴射。数発がスラスターから飛散したビームの残滓を食らって自爆したが、風圧を受けた弾頭は勢いを殺されて落下していく。
予期せぬ空爆が森林を襲い、火の手が上がる。火の粉が飛散し、〔ヴェスティート〕は街の方へと流れていく。
「みんなは――、どうなってる?」
方角を確かめつつ、シセルはシャツの襟を緩めて幌車を探した。
〔ヴェスティート〕は公園から脱け出し、背の高いレンガ造りの家屋に足をぶつける。機体はよろめきながら、空中を旋回しセンサーゴーグルを上げた。
その視線が火の手の上がる野外ステージやその近くに僅かに見える林道を捉える。陸戦隊の動きは先の反撃で停滞したらしく、〔ヴェスティート〕の動きに合わせて町側へと移動していた。
しかし、シセルにはそんな動きは目に入ってこなかった。林道に残したソフィたちが気がかりでしかたないのだ。
「動いてないの?」
シセルは鎖骨を撫でるようにして汗を拭き、短く息を吐く。すとんと頭の中でつきものが落ちたように冷静さが戻ってきてた。
そのことが〔ヴェスティート〕の位置の悪さを思い出させるとともに、遠方に見える機影が接近しているのを気づかせた。
「ベスパのアームド・ムーバが二機……、あうっ」
シセルが遠くの敵に気を取られていると、大通りに躍り出たアン・カーヴェッジの陸戦部隊がロケットランチャーを放ってきた。
〔ヴェスティート〕の足元でロケット弾がさく裂し、深紅の巨体がバランスを崩して燃え盛る森林へと落下する。焼けた木々が砕け、火の粉が鱗粉のごとく飛散する。
「陸戦隊はまだ戦う気なの?」
その衝撃にシセルは身をこわばらせ、揺れが収まると同時に機体を立て直そうとした。
そして、赤々と燃える景色の中に倒れている人たちを目にする。軍人らしいタクティカルベルトをした姿もあれば、一般人が銃を引っ提げているだけの姿も横たわっている。樹木の下敷きになっている者さえいた。
外の熱が染み込んできたように体中から汗が噴き出す。だが、芯は極寒にさらされたように震えて冷たくなる。
「戦っていれば、こうなることくらいわかっていた、はず、だけど……」
シセルは奥歯を噛みしめると、操縦桿を一気に引いて機体を起き上がらせる。さきほどのロケット弾が人を殺めただろうという漠然とした想像が、現実に目の前に転がっている。頭が焼けるような痛みが走り、目に涙が溜まる。
〔ヴェスティート〕が起き上がった時、激しい電波攪乱の嵐が舞い込んできた。
それは
「やる、しかないっ」
シセルははっきりと見えてきたスズメバチのような機影に恐怖しながら、〔ヴェスティート〕を跳躍させる。
思考の寒暑。戦場で気を緩めれば、すぐに自分も死に体になる。だからこそ、余計なことは考えず、敵と認識したものに向かう方がまだ心が挫けずに済んだ。
〔ヴェスティート〕のスラスターの残光が空中で膨らんだ。
「見慣れないアームド・ムーバ……。在中軍め、開発していたな」
「そうなれば、重要証拠として捕まえるのですね」
〔ヴェスティート〕を見つけた〔ビィ・ツゥ〕のペアはヴォルトたちの機体であった。
「ああ、アームド・ムーバの開発は個人レベルでできるものではないからなっ」
先輩機が加速して、肉薄する。
モニタに映る赤い機体は丸腰。武器を使わずとも組み伏せると自負していた。一直線で飛行する〔ビィ・ツゥ〕に対して、〔ヴェスティート〕は断続的にノズル光を膨らませるようにしてコロニーの内壁側へ降下していく。
目下にはため池が揺らいでいた。
「先輩、誘われてるんじゃないんですか?」
ヴォルトは自機を追わせながら、無線に呼びかける。
だが、電波攪乱がひどくなり距離の開いた両者の合間にはノイズが走っていた。〔ヴェスティート〕の飛び方は傍から見れば、パイロットが持てあましている風に見えるが、ノズル光の大きさを見えればビーム推進の粒子をまき散らし、なおかつ陽動をかけているとも解釈できる。
だが、先輩機の挙動は荒々しく森林を掠めて低空から攻め込んでいた。
〔ヴェスティート〕の動きが鈍る。
「低空から一機。もう一機は上からか――」
シセルの目には高速で迫る〔ビィ・ツゥ〕が脅威であったが、ヴォルトの操る機体が頭を押さえる陣形を取ったことが気がかりだった。
頭上と足元からの挟撃が考えられる。
だからこそ、ため池を足掛かりにする必要があった。高度がみるみる下がり、激しい振動がコックピットを揺さぶった。
低空からの一機がため池へと飛び出してきた。
「もらった――!」
ヴォルトの先輩は水面を波立たせる〔ヴェスティート〕を睨んで口元を緩めた。
だが、〔ビィ・ツゥ〕の俊敏な肉薄よりも早く、〔ヴィスティート〕の四基のスラスターが高出力で瞬いた。吐き出された推進剤が池を焼いて、水蒸気と水飛沫が暴れ狂った。
まるで津波の様に膨れ上がる水蒸気が〔ビィ・ツゥ〕を軽々と飲み込む。
白い波には上空で備えていたヴォルトも目を見張った。
「こいつ、こんな使い方ができるのか?」
シセルは機体の上昇に歯噛みしながら、上空で待機するもう一機に狙いを定める。
「スモークだって、視界を奪える」
〔ヴェスティート〕はセンサーゴーグルを下ろして、水蒸気に気を取られているヴォルト機に頭部バルカンの照準を合わせる。
シセルは照準を決めると、トリガースイッチを押してフットペダルを押し込んだ。
〔ヴェスティート〕がスモーク弾を放ちながら、ヴォルトの〔ビィ・ツゥ〕に迫る。
「何? いつの間に――」
ヴォルトが警報によって気づいたときには、モニタは色とりどりのスモークで塗りつぶされて反応が遅れた。胴体をすり抜けるようにして巻かれたスモークは射撃位置を知る手掛かりとなっていたが、コンマ一秒でも惑わされれば命取りだ。
池の水蒸気を突き破る〔ビィ・ツゥ〕と対照的に、〔ヴェスティート〕は最大出力でヴォルト機に体当たりを決めた。
衝突の瞬間、シセルは内臓が飛び出るかのような気持ち悪さに襲われた。
〔ヴェスティート〕が放物線を描いて、〔ビィ・ツゥ〕を機体もろとも大通りに叩き付けた。勢い余った深紅の巨体がスラスターの威力に負けて、宙返りをして家屋へと突っ込んだ。
「陽動? ヴォルトが狙われたのか!?」
異変に気付いた先輩は自機を急いで大通りへと跳躍させて、大の字に倒れるヴォルトの〔ビィ・ツゥ〕の傍に着地した。
「大丈夫か? 返事をしろ」
ヴォルト機はバックパックを粉砕され、反応がない。
無線は聞こえているはずだが、最悪の想像が先輩軍人の頭によぎる。
だが、体勢を立て直す〔ヴェスティート〕を見てはその真偽を調べる事は後回しにしなければならない。
「丸腰かと思えば、やる気か」
先輩機の〔ビィ・ツゥ〕が懸架していたビーム・ライフルを手にして、立ち上がった〔ヴェスティート〕に向ける。
シセルは頭を振りながら、正面モニタに映る光景を徐々に理解して血の気が引いていく。
「撃つの……」
ビーム・ライフルの銃口が黒点のように映り、心臓が破裂しそうなほど高鳴る。こみ上げてくる感情の流れが、全身を震わせる。
殺される。ハッキリと向けられた殺意になけなしの理性がすり減っていく。
死にたくない。それが最後の理性のよりどころであった。
ならば、取るべき行動は一つしかない。
シセルは叫び、目を固く閉じて、がむしゃらに機体を動かした。考えなしにフットペダルを踏み込み、操縦桿を押し出し、トリガーを絞った。
〔ヴェスティート〕が狂ったように四基のスラスターを最大出力にして、〔ビィ・ツゥ〕へと突進する。頭部バルカンを放ちながら、低い姿勢で右腕部を引いた。
「こいつっ」
迫る敵機に〔ビィ・ツゥ〕はビーム・ライフルを発射した。
しかし、わずかに照準を外したビームは〔ヴェスティート〕の肩部を掠めて町を吹き飛ばす。
真っ赤に燃える家屋と爆炎でスモークが晴れると、彼我の距離は一足一撃の間合いにまで詰まっていた。
そして、先輩軍人が一呼吸をする間もなく、〔ヴェスティート〕の地を這うようにして繰り出されるナックルガードの拳が〔ビィ・ツゥ〕の腹部正面を捉える。
最大出力スラスターで突っ込んだ正拳突き。
〔ビィ・ツゥ〕の装甲は無残にひしゃげて、勢い余った〔ヴェスティート〕は出鱈目な軌道で飛行し、敵機をもろともに家屋に突っ込む。
盛大な崩壊音が響き渡り、土煙が上がった。
* * *
爆音とは違う轟音にソフィ・メルケルは思わずその方向を見た。
「おい。もっと早く走れないのか?」
揺れる荷台ではカービンが運転席に怒鳴り声を上げている。幌車はどうにか走り出すことができたが、ガタガタと不協和音を立てて、いつ壊れるともわからない状態だ。
「うるさいわね。少しはメットの心配もしなさいっての」
「うぅ、すまねぇ」
メットは添え木と布で固定された左腕を庇いながら、神経過敏になっているティータに言う。
運転席ではヘンリーがボロボロのシートに腰かけながら、助手席に座るバルドにを横目にアクセルを踏む。
「ほんとに、こっちでいいですよね?」
「ああ、もうすぐだ」
幌車が大通りに出ると、正面には灰色のコンクリート塀に囲われた施設が見えていた。火の手は少なく、空襲の被害を受けていないように見えた。
彼らが自分の命の危機を感じているさなかでも、ソフィは遠ざかっていく公園の景色に吸い寄せられるように後部の縁に手をかける。
「お姉ちゃん、嫌だよ……」
今にも身投げしそうなソフィに、ユノは必死に腕を伸ばして彼女の上着を掴んだ。そして、ピリピリと痛む腕で無理矢理に引っ張り、ソフィの体を引き寄せた。
ユノはコロンと転がるように胸に飛び込んできたソフィを抱きかかえる。
「大丈夫。ソフィのお姉ちゃんは、きっとすぐに合流してくるよ」
ソフィは耳元でたどたどしく囁くユノの声に胸が熱くなる。
背中から感じる彼女の鼓動が緊張で早鳴って、温もりが一層辛く感じた。生きている実感を覚えていても、そばにシセルの体温を感じられないのが恐かった。
ソフィは目に涙を一杯に貯めて、赤子のようにユノの胸に顔を押し付ける。甘くもすっと清涼感のある香り。チョコミントを思わせる香りは心を落ち着けてくれるが、姉とは違う人の匂いにソフィは少し戸惑うのだった。
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