第7話

 シセルは荷台にいる人の安否を気にしながら、すぐ近くで響く銃声に恐怖した。


「みんな、大丈夫?」


 抱えていたソフィとユノは軽い鞭打ち症になっていたが、意識ははっきりしていた。周りを見てもバルドがすぐに身を起こしていたし、カービンとティータも無事のようだ。


 シセルはそれだけ見届けると、もみくちゃになっている人の上を跨いで荷台から降りる。


「お姉ちゃんっ」

「運転席の様子を見てくる」


 ソフィの声に返して、シセルは軽く肩を回しながら運転席の方に回った。


 フロントガラスに盛大な蜘蛛の巣のようなヒビが走り、運転席側がひしゃげているように見える。


「メット、ヘンリー! 大丈夫?」


 助手席側を開けると、ヘンリーが運転席で気絶しているメットをゆすっていた。


 運転席のドアは植え込みに衝突しており、ガラス片がメットの膝元に散らばっていた。衝撃をもろに受けたのだろう、体格のいいメットであっても意識が混濁しているようだった。


「メット、しっかりしろ。いくら事故っちまったからってよ、寝てる場合じゃないだろ?」

「すぐに引っ張り出して」

「ダメだ。全然引き抜けない」


 ヘンリーの言葉を聞いて、シセルは正面に回って腰から拳銃を抜いた。フロントバンパーを足場にして、潰れた運転席側のサイドミラーを支えに拳銃のグリップの底で思い切りフロントガラスを割る。


 ばらばらと散るガラス。すでに耐久性がなくなっていたフロントガラスの破砕は容易だった。


 シセルが中を覗いたとき、メットの状態がよくわかった。


「腕をドアとシートに挟まれてる……。みんなに言って車を引っ張ってもらって!」

「こんな状態で――」


 ヘンリーが悲鳴を上げると、頭上で爆音が霊して梢が騒ぎ立てた。


 シセルはトラックから離れると、通り過ぎた広場の方を観察する。木を盾にして様子を窺うと、人影がまばらに走っているのが見える。まだ距離はあるが、広場を挟んだ向かいの雑木林ではカメラのフラッシュのように光が瞬く。


 銃撃戦と気づくのにそう時間はかからなかった。木の幹を握り手に力がこもる。


「このままだと、見つかるのは時間の問題……。どうする?」


 シセルはアン・カーヴェッジが怪我人にまで暴力を振るうとは考えたくなかった。だが、目の前で起きている銃撃戦や空襲を目の当たりにすれば、信じたくないというのも心理だ。


 自分の身を守るため、という強迫観念は彼女を突き動かす。


 すぐそばには野外ステージらしい建造物がある。そこに目を凝らせば、幌で隠れた即席の壁の向こうには何かが鎮座してるように映った。さらに視線を上にあげれば、まだ活きていた立体プロジェクタが『モーターショー』の広告を掲げている。


「建築に使ったアームド・ムーバがあるかもしれないっ」


 シセルは一旦トラックに引き返す。


 と、バルドとカービンが運転席の方に来ており、立ち往生していた。


「出せないのか?」

「車を動かすことくらい、できるだろ?」


 混乱している二人にシセルは声を張って言う。


「先生っ! すぐ近くで銃撃戦をしてます」

「わかっている。だから、これを動かすために」

「こっちで時間を稼ぎます。ソフィのことお願いしますからね」


 シセルは一方的にまくし立てて、すぐさま背を向けて野外ステージの方へ駆けだしていった。


 バルドは一瞬状況が呑み込めず、彼女の背を見送るしかなかった。


「おい。シセル、待て!」


 カービンは突発的に彼女の背中を追いかける。


 シセルはさっさと野外ステージの外周に張り付く。幌の感触を確かめていると、カービンが彼女の背中に抱き付いて引き返そうとする。


「何考えてるんだ。正気かよ?」

「時間がないの! あんた、ナイフ持ってたでしょ? これ切って」

「聞けるかよ」

「意気地なしっ」


 シセルは拳銃のストックをカービンの腰に思い切り叩き付けた。


 その鋭い痛みにたちまち彼は崩れた。


 シセルはカービンのジャケットからジャックナイフを取ると、それで幌を切り裂いた。それでナイフは用済みと早々に捨てて、中へと入っていった。


 モーターショーと銘打っているだけあって、様々なマシーンが展示されていた。四輪車はもちろん、AMアームド・ムーバの展示までされていた。


 とはいっても、武骨な建築用の機体が多く、とてもではないが機動力に優れているとは思えなかった。


「ベルパが見逃すくらいだから、ろくなのは――」


 が、シセルの目が一機のAMアームド・ムーバに止まる。


 ゴーグル型のセンサーマスク。跪いた姿勢で項垂れる真っ赤な胴体と花弁のようなスカート状の白いスラスターは他の機体よりも華やかでスマートな印象であった。


「あれなら……」


 シセルは赤い機体へと走っていった。


 モーターショーに展示されている機体が戦闘に対応できるか疑問ではあった。しかし、彼女の中で次第に大きなっていく赤い機体とのフィーリングが合っている気がしたのだ。


 中央のステージに跪くその機体の傍には展示企業のPRポスターがあり、関係者用の工具台車があった。工具台車の上にはご丁寧にタブレット端末が放置されていた。おまけにバンドケースもついている。


「おいおいおいっ。本気か?」


 シセルがタブレットの電源を入れていると、遅ればせにカービンがステージに上がってきた。脂汗をかき、引き攣った顔をする彼はシセルの強張った顔を見た。


「逃げ回って気を引いてれば、何とかなるでしょ……」


 シセルもカービンの顔を見た時、急に血の気が引いて身体が重くなった。それでも頭上で響く爆音に圧迫感を覚えて、起動したタブレットを操作する。


 案の定、タブレットには機体のマニュアルが登録されていた。おまけに簡単な遠隔操作リモコンの役割もあった。


 カービンはPRポスターを指さして言う。


「こいつは、〔ヴェスティート〕とかいうのは航空ショーのマシーンだ。外見がいいからって戦えるヤツじゃない。アームド・ムーバが来たら終わりだ!」

「何とかする……。そっちは早くトラックを動かして、ハルーミ区に急がせて」


 シセルはタブレットの遠隔操作でAMアームド・ムーバ〔ヴェスティート〕のハッチを開ける。


 ハッチは機体の股間部にあり、リフトワイヤーが降りてきた。ビーム兵器の電波攪乱の影響が薄いここはまだそれくらいの操作は効くようだ。


 シセルが〔ヴェスティート〕の方へ爪先を向けた時、カービンは彼女の手を掴んで引き留める。その掴む手に力がこもるのは、目の間の少女を失いたくない気持ちの現れであった。


「考え直してくれ。死にに行くようなもんだ」

「そうやって言い訳ばっかりしてるから、嫌いなのよ!」


 彼女の言葉にカービンは怒りが込み上げてきたが、彼女の決死の瞳を見ては何も言い返せなかった。


 男として二の足を踏んでいる現状が許せないと思うが、シセル・メルケルの突っ走った考え方に同調する気にはなれなかった。掴んでいた手から力が抜けていく。


 シセルは乱暴に彼の手を振り払い、さっさと〔ヴェスティート〕へ駆け寄り、リフトワイヤーを掴んでコックピットへと上がっていった。


「早く逃げてよ!」


 シセルはハッチからカービンに叫んで、彼がトラックの方へ走っていくのを確認してからコックピットへ入った。


「内装はちょっと違うけど、操縦系は同じはず……」


 シセルは新品のシートの匂いに少しばかり安らぎを覚えて、タブレットを太腿に巻き付け、マニュアルを見比べながらシートの左右にあるコンソールを操作した。


 すると、半透明な内側のハッチと外側のハッチが閉じて機体に火が入る。


 左右正面、天井や床までもモニタスクリーンとして機能し、会場を一望出来た。


「後ろも見える。けどこれ、小型機として緊急脱出ベイルアウトできるの?」


 後方確認を終えたシセルはマニュアルの内容を流し読みして、違和感を覚える。航空ショー向けの機体にしては、妙なギミックが多い気がする。


 操縦桿を握り、フットペダルの感触を確かめる。それから機体の状態を呼び出す。表示されたステータスを見て、シセルは肝を冷やした。


「頭にバルカン砲、マニピュレーターにナックルガード? これ、コンペ負けした機体なんじゃないの――」


 シセルが苦い顔をしていると、センサーが周辺の熱量探査を結果を知らせる。


 大きい熱量を優先して表示しているが、さすがに人影までは精査してくれないようだ。だが、人間相手ならこれで十分だと思った。


 シセルは操縦桿を握りしめて、呼吸を整える。非常用のシートベルトをして、エンジンの高鳴る音に気持ちを落ち着ける。


「時間稼ぎなんだから、無理はしないっ」


 シセルは意気込み、〔ヴェスティート〕を起動させる。


 深紅のスカート付きの機体は立ち上がって、頭部のゴーグルセンサを上げると二つの双眸を模した光学センサを輝かせた。

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