第6話

 ヴォルト・ヌーベンがコロニー内部に入った時にはすでに中の空気は汚れ、戦いの火が燃えていた。


 彼が初めて目にする戦場はとてもではないが、歴史学で知るような陰鬱とした色には見えない。というのも、コロニーの中で、ましてAMアームド・ムーバのコックピットに収まって見下ろす景色はジオラマのようで、そこここで上がる煙などは些末なボヤ騒ぎに思えた。


 ヴォルトの感覚が〔ビィ・ツゥ〕の目を通して肥大し、わずかな機体の揺れも自身の肌身に風を受けているように想像できた。彼と巨人のフィーリングがいいと思う反面、現実をモニタや装甲越しに捉えている抵抗感が少ないことが彼を戦場から切り離している。


「在中軍のやることとは言っても疎らだな。お前は俺の後ろについて、実戦の空気を知るだけでいい」


 ヴォルトはモニタに見える先輩の〔ビィ・ツゥ〕が右腕部で抱えたビーム・ライフルを振って高度を下げるジェスチャーをする。左腕部にはシールドを携えており、対空砲火を警戒していた。


 ヴォルト機も周囲に目を配らせながら、シールドやビーム・ライフルを構えて迎撃態勢を整えている。


「実戦っていってもこれなら」


 ヴォルトがつぶやくと、機体のセンサが戦闘距離に入った敵影をキャッチした。


 彼の操る〔ビィ・ツゥ〕が反射的に振り返り、背後からジグザグに飛んでくる〔ライター・ヘッド〕を捕捉する。


「落とせるっ」


 ヴォルト・ヌーベンはモニタのターゲットカーソルを睨みながら、操縦桿のトリガーを引いた。


〔ビィ・ツゥ〕のビームライフルが火を噴く。赤いビームが〔ライター・ヘッド〕に走る。その光が空中で炸裂して、膨らんだように見えた。


 命中だ!


 その手ごたえをヴォルトは実感したが、ガツンと真横から衝撃が走って機体が傾く。


「バカ野郎! コロニーの中でビーム・ライフルを使うな!」


 先輩の怒号がヴォルトの頭を揺さぶった。


 ヴォルトの〔ビィ・ツゥ〕と無理矢理入れ替わるようにして、先輩機がバックパックのマイクロミサイルサイロから数発のミサイルを放った。


 眩い閃光が消えてくると、命中したはずの〔ライター・ヘッド〕は健在。雲を巻きながら、細長い頭部をスライドさせる。


 ババッと水飛沫のようなビームシャワーが拡散した。それでマイクロミサイルにバリアーを張って、内壁側へと降下していく。


「まだ動けたのか?」

「当たり前だ。向こうにも盾くらいはある。気を抜くな、来るぞ!」


 ヴォルトが驚いているうちに、先輩の〔ビィ・ツゥ〕はビーム・ライフルを腰部のハードポイントに収めて、白兵戦に備えていた。


 しかし、〔ライター・ヘッド〕は眼下に広がる居住区を足場に跳躍。同時に脚部についているグレネードランチャーを打ち上げる。


 先輩機の〔ビィ・ツゥ〕が頭部のバルカンでそれを撃墜させながら、背後でもたつくヴォルト機を巻き込みながら後方へ下がる。目くらましの爆炎が膨らみ、〔ライター・ヘッド〕がそれを利用して固まっているスズメバチマシーンの側面へ回り込んだ。


〔ライター・ヘッド〕のビーム・ライフルが二機を捉える。


「こういう時は横か?」


 ヴォルトは不安定なセンサよりも幾度と積み重ねてきたシミュレーションを思い出して、バックパックのチェーンガンを〔ライター・ヘッド〕に向ける。


 狙いは十分ではなかった。だが、相手からすれば背中の銃口が自分を向いたのを知って委縮したのは無理もない。


 チェーンガンが鈍い音を立てて火線を引く。


〔ライター・ヘッド〕が機体を引いて、ビーム・ライフルを撃つのを躊躇った。


「よくやった!」


 その一瞬のスキを先輩は見逃さず、敵機へと自機を肉薄させる。


 後輩の援護射撃を活かして、〔ビィ・ツゥ〕は鋭く〔ライター・ヘッド〕の懐に潜り込むと、サイドラックのビームサーベルを引き抜いた。


 ビーム刀身が一瞬にして、〔ライター・ヘッド〕を両断し機体は宙を駆け抜けた。


 残心で振り返れば、敵機は爆発して黒煙をまき散らしていた。


「ジェネレーターの直撃はしなかったな……。おう、よくやってくれた」

「いえ、先輩の手がよかったんです」


 ヴォルトは機体を寄せながら、右側面に先輩の〔ビィ・ツゥ〕を入れる。


 その動きに先輩機がヴォルト機が肩部を小突いた。


「謙遜するな。敵機への対応力はさすがだ。大事にしな」


 ヴォルトが返答しているうちに、先輩の〔ビィ・ツゥ〕は足元の居住区に向けて降下を始める。


「けど、撃墜できなかった……」


 ヴォルトがそれに倣って機体を降下させていくと、大通りに装甲車が走っているのを視認する。〔ビィ・ツゥ〕の光学センサアイも車上に対空ミサイルのポッドを積んでいるのを認めた。


 そのことが先輩がだらだらと説教を言わない理由だと思った。


「敵はそこかしこにいる。見つけたもの勝ち――っ」


 敵を発見する力。パイロットに求められるスキル。


 ヴォルトは演習や座学で覚えるよりも早く、この戦場の空気を体感している。


 彼の〔ビィ・ツゥ〕が先輩機の前に躍り出ると、バックパックのチェーンガンで装甲車へ掃射した。大通りにジグザグの列をなしている装甲車の群れはたちまち鉛球の餌食となり、次々と火柱を上げていく。


 二機の〔ビィ・ツゥ〕がその低空へと滑り込み、背部のスラスターを噴射して反動で飛び上がる。その間にも先輩機が後輩のうち漏らした装甲車の頭部バルカンで牽制して見せた。


「狙い目はいい。だが、興奮しているな?」


 先輩機にはヴォルト・ヌーベルが操る〔ビィ・ツゥ〕の挙動をそう感じた。


 初めての実戦だ。動きやセンスは新兵にしてはよく仕上がっているが、まだまだ経験不足。モニタで見る世界に想像力を膨らませていない分、まだマシともいえるが。


      *      *      *


「今の爆発、近くなかったか?」

「そんなこと言ってないで怪我人を担ぎ込めよ」


 ノスタルジックな街並みが特徴のペルパー区に入って、シセル達の難民トラックは怪我人の収容していた。


 ヘンリーとメットは腕から血を流す男性をトラックの荷台に引き入れて、荷台にいるティータとカービンに引き継ぐ。


「おいっ。もっと丁寧に扱え! こっちは怪我人なんだぞっ」


 運び込んだ初老の男はヘンリーとメットを怒鳴りつけた。


 それを見たバルド内科医は顔を顰めて、隣で簡単な消毒をするティータに場所を任せる。


「それだけ元気なら、自分で手当てしろ。他の患者に迷惑だっ。お前たちも上がれ」


 バルドは初老の男の襟首を引っ掴むと、荷台の奥に引きずり込む。


「おっかね。あれで医者かよ」

「元軍医らしいよ。けど、うるさい老人には贅沢なもんだよ」


 ヘンリーとメットは荷台に腰掛ける。


「シセルくん、出していいぞ」

「わかりました」


 バルドは喚き散らす老人を荷台の隅に放って、改めて怪我人たちを見渡す。


 この地区は空爆の被害が多い。一般市民にも重軽症者が出ている。手足を下敷きにされた者もいれば、破片をもろに浴びた人もいる。


 ティータはよく働いてくれる活発な女の子で、傷の手当てに従事してくれた。カービンはその気さくな性格で精神的に参っている人たちを励ましている。


 それに反して、ヘンリーとメットは外の銃声や爆音に気を向けていた。


「出しますからね」


 と、シセルの声にバルドは答えながら、揺れだした荷台で腰を落とす。それから、積み荷の固定紐のゆるみを確認する。そうやって視線を下にしていると、ソフィ・メルケルが怪我人たちからも距離を取って蹲っているのが嫌でも目に入った。


「ソフィ嬢、荷物の隙間にいると危ない。こっちに」


 バルドは蹲っているソフィの手を掴んで彼女を怪我人たちが集まる場所へ移動させる。彼女は神経衰弱しているらしく、大人しく従ってフードを被ったまま黙りこくってしまう。


 そんな彼女を気に掛ける余裕のある大人などいなかったから、一人彼女はふさぎ込んだままだった。


 バルドもそれ以上に何も言えず、運転席側へののぞき窓に身を寄せた。


「どうだ? いけそうか?」

「空にはまだベスパが飛んでますけど――っ」


 シセルが正面に目を向けた時、ちらりと路地裏の方で人影が倒れるのを見た。反射的にブレーキを踏んで、幌車を止める。


 荷台からは不平不満の声が上がった。


「どうした?」

「怪我人ですよ。運転、誰かにやらせてください」


 シセルはバルドにそう言って、運転席を飛び出す。


 周囲を見渡しながら、車道を斜めに走り抜け、通り過ぎた細道を見る。うつぶせに倒れた女の子がいた。


「ねぇ、しっかり!」


 シセルは彼女を仰向けにして、軽く肩を叩く。


 顔は血まみれで、着ているワンピースも血で汚れてしまっている。擦り傷や打撲も見受けられる。意識がもうろうとしているのか、うつろな目で見つめ返してくる。僅かにもれる呻き声。


 シセルは痛々しい彼女の姿に喉の奥がひきつって、緊張した。彼女を抱え上げた時の重さに腰が砕けそうになったが、手につく血の粘ついた感触や冷え切った体温を思えばどうにか踏ん張りがきいた。


「大丈夫だから……」


 シセルは呼びかけながら、アイドリング状態の幌車へ走った。


 すると、背後で爆発音が聞こえた。シセルには見ている余裕はない。しかし、背中を押す熱風に足元がもつれそうになる。


 爆音に驚いたのか、幌車まで走り出してしまう。


「冗談やめなさいよっ」


 シセルは全力で走り、進みだした荷台へと背面跳びで乗り込んだ。


「いいぞ! ヘンリー、メット」


 カービンが飛び込んできたシセルの服を引っ張りながら運転席の方へ叫んだ。


 幌車が一気に加速する。荷台ではうめき声が上がる。


「もうちょっと丁寧な運転しなさい!」


 積み荷から治療道具を出していたティータが怒鳴った。


 その声に驚いたソフィが顔を上げて、後ろの方で怪我人を楽な姿勢にしてるシセルの姿を見つけた。彼女にとって一番安心できる人がすぐそばに来てくれたことがこの上なくうれしかった。


「うるせぇ! 頭のうえじゃ戦闘してるんだぞ!」


 運転席の方からヘンリーの上擦った声が聞こえた。


 ソフィは大きく右へ引っ張られる感覚に襲われながら、這うようにしてシセルの隣についた。


「お、お姉ちゃん」

「ん。ソフィ、ごめんね。タオルと水、ある?」


 シセルは怪我人の女の子を気にしながら、右脇につく彼女を右腕で抱擁する。震えているのが伝わってきて、シセルは今の自分が異常なのではないかと思った。


 こんな状況で人助けをする。そんな余裕などはないはずなのに、やれてしまう。普通、怯えて身動き一つ満足にとれないのが当然ではないのか。


 だが、一年先輩のティータが甲斐甲斐しく立ち振る舞っているのを見てはその考えを否定するしかなかった。


「はい、これ」


 ソフィは抱えていたリュックからタオルとミネラルウォーターが入ったペットボトルを差し出す。


 ありがとう、とシセルは返しながらタオルにミネラルウォーターを染み込ませる。それから、血まみれの少女の顔を拭いた。血が落ちると可愛らしい顔があらわになって、額の方から血が流れてきた。


「お、かわいい子」

「あんたはそんなこと言ってないで、消毒液でも脱脂綿でも出しなさい」


 シセル達の傍でカービンとティータがそんなやり取りをする。


「わかってるよ。しかし、お前もよくやるよ」

「医療機材を勉強してたんだから、これくらいのことは……」


 ティータの言葉にシセルは感心しながら、すっと彼女が脱脂綿や消毒液のケースを差し出した。


「その子、頭を打ってるんでしょう? 針は使えないんだから、せめてこれで塞いで」

「ありがとう。ソフィ、受け取って」


 シセルは怪我人の少女の体を拭き、ソフィが消毒セットを受け取る。


「ありがとう、お姉さん」

「ええ。姉妹だっていうのに、妹の方がいい子じゃない?」

「こんな時に嫌味ですか?」

「まさか。クラブのエースパイロットの妹だから、想像していたのと違ったって話」


 シセルはティータの汗にぬれた顔を見て、言い返す気もなくなった。


 彼女も必死なのだ。銃声や爆音が薄い幌一枚隔てた向こうで響いている。そのことを頭から追い出したくて怪我人を見ているのだ。


 ソフィもティータの些細な所作から同じような気持ちを抱いた。


「みんな、必死なんだ……」

「そうよ。死にたくないからね。起きた?」


 シセルは消毒液を染み込ませた脱脂綿で頭の幹部を触れると、怪我をしている少女はうめき声をあげて目を瞬かせる。


「ここは? わたし……っ」

「頭に怪我してるんだから我慢して。名前は?」

「う――っ。ユノ。ユノ・クックス……」


 シセルは彼女、ユノの名を聞いてほっとした。消毒液がしみて辛いだろうが、命に別状はないように感じられた。


 新しい脱脂綿で頭の傷口を押さえ、ガーゼで保護していく。


 その間にもソフィはタオルでユノの腕や足を綺麗にしてくれていた。それから、ペットボトルを手にして彼女の口元に進める。


「お水、飲める?」

「ありがとう。いただくわ」


 ユノはそう言いながらも手足がしびれたように動かないのに顔をしかめて、苦笑いを浮かべる。


 ソフィはそのことを察して彼女の傍に身を寄せて、飲み口を彼女の唇に合わせた。揺れる車内で少しずつペットボトルを傾け、ユノに水を運んだ。


 シセルはその様子を見て、ソフィの心根の良さに感心した。引っ込み思案な彼女でも親愛を忘れていない。


 ユノの包帯を巻き終えると、幌車がひときわ大きく跳ねた。荷台に乗る全員の体が浮かんで硬い鉄板に叩き付けられる。


「ああ、ごめんなさい」


 ソフィは盛大に水をぶちまけてしまい、びしょ濡れのユノの服をタオルで拭く。


「どうした? 何があった?」


 バルドが運転席に呼びかける。


「チクショウ! どうなってるんだ!」

「なんでベスパのスペースボートが降りてくるんだよ!」


 運転をするヘンリーとメットの弱音はシセル達に届かなかった。


 しかし、シセルはすばやく荷台から半身を投げ出して、幌の支柱を掴んで周囲を見渡す。


 ペルパー区の並木道から外れて、大きな公園の林道を幌車は走っていた。横手の梢の隙間から四角い小型舟艇が少し離れた森林へと着陸していくのが見えた。


 そこで銃声が一層激しくなり、シセルは首をすぼめる。


「近くで銃撃戦をしてるんだ……」


 シセルは嫌な汗をかきながら、正面を見た。


 林道を抜けた先には何かアスレチックのようなものが見える。大きい建造物のようだが、その頭上をまた別の小型舟艇が通過し、頭上の梢を揺らした。


 その途端、幌車が一気に加速してシセルは腕に力を込めて荷台に倒れこんだ。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「スピード、落として!」


 シセルはソフィとユノを抱きかかえて、叫んだ。


 その叫びが荷台にいる人たちを不安にさせ、カービンもティータもバルドも怪我人たちも近くにいる人たちと抱き合って最悪の事態に身をこわばらせた。


 だが、幌車はなだらかなカーブに差し掛かっていた。運転するメットの手が間に合わない。


 十分な減速もできず、幌車が横滑りをはじめ、植え込みの木に車体をぶつける。その衝撃たるや右側にいた人たちが一気にシセル達のいる左側へ押し飛ばされるほどである。


 シセルは人の重みに呻き、両腕に抱えたソフィとユノの体温に少しばかり安堵した。

 

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