第3話

 月と地球の合間に位置するスペースコロニー群の23号番地コロニーは密集する他の番地に合わせて、自治権を主張し、歩調を合わせだした。


 ドミニオンはそうした自治権を獲得したスペースコロニーの集まりであり、その数は月周辺のスペースコロニー群にしろ、月の周回軌道上に位置するスペースコロニーにしろ増加している。


 宇宙が人類の第二の故郷として機能するための土台作りである。


 が、それを快く思わない人たちがいるのも事実。


宇宙戦艦〔メルバリー〕の艦長、タット・モルドーにしてもその理屈はわかっているつもりだった。


「秘密警察が動いている?」

「はい。支庁に確認を取ったところ、このコロニーが強制調査の対象になっていることがわかりました」


 艦橋の艦長席に座るタットは報告をしてくれる軍人を見た。


 ロディオ・バレッジ中尉。〔メルバリー〕所属のAMアームド・ムーバ隊の隊長。タットと変わらない歳だが、理想に燃える利発的な男だ。短髪に堀の深い目元などは体格も相まって厳つい印象を受けるだろう。


 彼はきっちり着た軍服で模範的な休めの体勢をしているから、タットのようなたたき上げには堅苦しく見える。


「コロニー外壁の観測所からもアン・カーヴェッジらしき艦影も確認されています」

「うむ。こちらが23番地に入港していることを察知したにしては行動が早いな。アン・カーヴェッジ……。ベスパ部隊で島荒らしをしにきたと考えるのが妥当か」


 タットはそう考えて、一度ロディオから視線を外した。


 アン・カーヴェッジは地球政府が運営する地球軍のタカ派が組織した一党だ。彼らはドミニオンのようなスペースコロニー解放運動を快く思っていない。地球と宇宙の力関係が覆ることが、将来自分たちの首を絞めることになると考えているからだ。


 中でもベスパ部隊はアン・カーヴェッジの先兵隊の俗称だ。彼らが扱う〔ビィ・ツゥ〕や部隊の実績がスズメバチのような習性をしていたから、ドミニオンや世間一般ではそう呼ばれている。


 だが、思想的な面では違った解釈もある。


「お言葉ですが、艦長。アン・カーヴェッジは地球汚染を科学でどうにかできると思っている一党です。ここで今流れている放送のような悠長な連中ではないと思われます。結果的には敵性部隊が厄介な位置にいるのですよ」

「秘密警察が動いているってことは大事にせず、改革派を捕まえることが目的かもしれない。上のお祭りはおあつらえ向きだからな」


 秘密警察はアン・カーヴェッジの密偵としてコロニー各所で動いていると聞く。実態は反自由主義で権威主義を志すファシストの寄り集まりなのだが、軍のタカ派にしてみれば使いやすい駒ではある。


「あるいは、陽動か。秘密警察が自分たちの存在をそうやすやすと明るみにしないと思うが……。ロディオ中尉、先ほどの情報どこから仕入れた?」

「ハッ。駐留軍の情報局からです」


 タットは帽子を直しつつ、座位を直した。


 スペースコロニーには地球軍の駐留基地がある。それ自体は珍しいことではない。ドミニオンを名乗るのであれば、タカ派の軍人は体よく部署移動をさせているはず。


 改革とは準備がいるものだ。仮に察しのいい軍人が23番地に不穏な動きを感じ取って、上層部に報告したとしてアン・カーヴェッジが調査をしないはずがない。それに対する隠蔽もしたはずだ。


「機を狙っていたか? こんな式典をするということは、ある程度の軍備を整えているはずだが……」


 妙な引っ掛かり。


 タットはかゆくなる首筋を指先で掻きつつ、ふと思いつく。


 軍備を整えるのに正規兵を引き込む必要がどこにあるのだろうか。革命が市民の中から醸造されて噴き出したように、ここに集まった人たちの中にはそうした改革思想を持った人たちもいるだろう。


「レジスタンスを作っているとなったら、そりゃあ大義名分でベスパが来るか」


 タットにしても地球軍の分派には頭を悩まされるが、ハト派に属している以上ドミニオンの手助けをするのが仕事だ。そうすることでしかハト派は職務全うの意味を持てないのも事実。


 そういう意味ではロディオのような情熱的な考え方は、ハト派の中でも革新寄りの思想の持ち主である。


 ロディオはヤキモキしたように顎を上げた。


「では、この情報はそのレジスタンスを炙りだすため?」

「あくまで仮定の話だ。が、市民上がりでそれも情報の真偽がわからん世の中だ。ゴシップであっても、そのうち効果がわかるだろ」


 タットの慎重な行動方針にロディオはハッキリと進言する。


「外の偵察だけでもさせていただけませんか?」

「許可できない。〔アルミュール・アン〕の性能を確かめたいのはわかるが、慣熟飛行はここを出てからにしてもらう」

「それでは後手に回ります、艦長っ」


 ロディオはついに感極まって声を上げて進言する。


 タットは彼の気性がパイロットの方が向いていると強く思う。それでも、今はじっと待つことの方が得策だ。


「パイロットの練度はわかっているつもりだ。が、性急なのは誰もついてこない。甲板掃除でもして頭を冷やせ」


 そう諭されては、ロディオは階級が上のタットにこれ以上言及できず敬礼する。


 彼はきびきびと艦橋を後にして、タットは深いため息をつくしかなかった。


      *       *       *


 アン・カーヴェッジのベスパ部隊に入隊できた士官は、優秀な人材であると保障されたも同然だ。オールマイティな能力よりもプロフェッショナルな才気を認められ、兵器開発、政治思想、AMアームド・ムーバパイロットなど多岐に渡って招集される。


 アン・カーヴェッジの規模が大きくなった背景はこのエリート選抜であり、士官学校の候補生たちのモチベーションを上げてもいた。


 だから、ヴォルト・ヌーベンはアン・カーヴェッジのロゴが刺繍されたパイロットスーツを着ていることに誇りを持っていた。


 配属になった宇宙方面部隊はドミニオンの苗床になりかけている23三番地コロニーを正面に据えており、ヴォルトが格納庫に入ってすぐ、その巨大な塊を視認することが出来た。


 全長約200メートルの巡洋艦〔デルムント〕が三隻。輸送能力、機動力に優れた艦艇である。


 飛行甲板の舳先からうかがえるシリンダー型コロニーの壁面は彼の目には近く感じられた。すでに宇宙空間にいる体は昂揚した気持ちもあって浮き上がり、並んでいる〔ビィ・ツゥ〕の陳列をキャットウォークから眺めるのが楽しくもあった。


「ようっ。浮かれてんじゃないのか?」

「ああ、先輩っ」


 ヴォルトは背中を叩かれて、手すりにしがみついた。


 そんな彼の背中を叩いた先輩筋の軍人はそのまま宙を流れて、〔ビィ・ツゥ〕の一機へと向かっていった。


 ヴォルトもすぐさま追いかけて、キャットウォークの手すりを足場に跳んだ。床から10メートルはある高さであったが、恐怖はなかった。その下で厚手の宇宙服に身を包んだデッキクルーが流れているのを見たら、恐怖よりも緊張の方が大きくなる。


『偵察隊はコロニーの動きをチェック』


 ヴォルトは先輩軍人が乗る〔ビィ・ツゥ〕の腹部に取りつきながら、ヘッドフォンから聞こえる艦内放送に耳を傾けた。


「先輩。思想犯を捕まえるのに、どうして自分たちがでなきゃいけないんです?」

「そりゃ、逃げ出す船があれば怪しいってもんだからだ。お前は来て日が浅いから、よくわからんだろうけどな」


 先輩軍人はヘルメットのサンバイザーを開けて、顔を見せるとヴォルトの頭を引き寄せて互いのヘルメットをぶつける。


 その楽しげな瞳を見た時、ヴォルトは先輩が何か別の目的を持っている気がした。


「それに相手の出方次第では、アームド・ムーバを使うことになる。そういう柔軟性を持てってことだよ」

「柔軟性って何です?」


 考えろよ、と先輩はヘルメットを離して機体の腹部にあるパネルを操作して、コックピットのハッチを開放する。


「すぐに出るぞ。お前も準備しろ」

「了解。大尉殿」


 ヴォルトは先輩の投げやりな態度に不満顔になるが、せり出したハッチを蹴って自機の方へ流れた。


「あの人は戦争をしたいのか?」


 AMアームド・ムーバパイロットの性なのか。宇宙や地上の巡回だけでは満足できない人種。快楽主義なのだろうか。


 ヴォルトが自機に取りつくと無線を通してデッキクルーの声が聞こえた。


「バックパックのチェーンガンは飾りじゃないんだ。サイロの弾倉を確認しろ」


 ヴォルトは腹部のハッチを開けて、その声を聴きながらコックピットに滑り込んだ。動力に火を入れると、すぐにハッチは閉じて周囲は格納庫を一望できるモニタに変わった。


「ヌーヴェン少尉。初の出撃だがやれそうか?」


 ヴォルトが機体の調整をしていると、正面に宇宙服を着たデッキクルーが降りてきた。宇宙服と機体の接触がワイヤー通信と同じ原理で働き、彼の心配そうな声音が聞き取れた。


「機体の操縦時間は十分こなしました。バックパックもうまく使って見せます」


 コックピット内の与圧を終えて、ヴォルトはヘルメットのバイザーを上げる。


 精悍な顔つきで若々しい。わずかに額から垂れる赤い髪を指先で奥に押し込み、操縦桿を握り直す。


「頼もしいな。だが、取り乱すなよ。前の機体についていくだけでいいからな」


 そのデッキクルーの口振りはヴォルトを下に見ている気がした。


 彼らの仕事はAMアームド・ムーバが出やすいように整理する役職だ。パイロットの気分のコントロールもするのだろうが、おだてて使う気はないのだろう。


 確かにヴォルト・ヌーベンに実戦経験はない。だからといって、士官学校を優秀な成績で引き抜かれた自分が遅れているとは思えなかった。


「これでもすっぱ抜かれた身です。善処します」


 ヴォルトはマシーンの起動手順を踏んで、最後にペダルと操縦桿の遊びを確かめる。と、視線を前に移せば、先輩軍人の〔ビィ・ツゥ〕が甲板に移動を始めていた。


 その背中にはハチの腹のようなマルチサイロを積んでおり、ヴォルト機のような遠距離支援武装は見当たらなかった。すっきりとした風貌で、シールドとビーム・ライフルを装備し、これから巣を飛び立たんとするスズメバチのようだ。


「マイクロミサイルでも積んでるのか? ただの偵察任務で……」


 ヴォルトはデッキクルーが目の端で離れるのを視認して、先輩機の後ろに自分の機体を続けさせた。


 が、そうなって初めて甲板の舳先に小さな光芒が膨らんでいるのを初めて認識する。コロニーの大きさと比較するとあまりに小さな血豆のような光であったが、その膨らみが恐ろしいことの予兆であると彼は瞬時に感じ取った。


「始まってるな。遅れるなよ、ヴォルト」


 先輩の弾んだ声が聞こえて、ヴォルトは心臓が凍り付いたような緊迫感に襲われた。


「柔軟性ってこういうことかよ!」


 彼のぼやきなど誰も耳にせず、アン・カーヴェッジの艦艇から次々とAMアームド・ムーバが飛び立っていく。

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