第5話 迷宮
「ここはどこだ?」
シンヤは目を覚ますと、廃墟群がおりなす自然のアートが突然、視界に入ってきた。
天井の梁から光が柱のように地面に差し込んでいる。辺りの壁一面には蔦が生い茂りジメジメとした湿気が空間を包んでいる。
錆びた機械。朽ちた椅子。そのどれもがノスタルジックで、圧倒的な世界が広がっていた。
「目が覚めたのね」
「あ!アオイさん!君は何であんなことを‥‥」
「ふん。サキはあなたに心臓を渡すまでここで生きていたのよ。つまりこの場所はサキの生前の記憶が濃い場所でもあるんだ」
「サキ‥‥僕の心臓のドナーですか?」
「そうだ。その心臓の器となった者ならもっと自覚を持て欲しいな」
シンヤは自分が器と言われていることに違和感しかなかった。器なんて勇者とか、ゲーム内でしか聞かない言葉をアオイは大真面目に口にしている。ちらりとアオイの表情を見てシンヤは顔が引きつった。怖いくらいに真剣で、真っ直ぐな表情だ。
「サキは心臓に重要な情報を隠し、死んでいった。その中にはサキが命を掛けて持ち出したモノが眠っている」
「心臓に情報?ってこと?」
首を傾げるシンヤ。そこに会話を割って入ってきた金髪にスーツを着た男がいた。京だ。180センチの背丈、するどい目つきをしているが薄ら笑いでシンヤの前にある椅子に座った。
「どーも、シンヤ君。俺は京だ。まず君には今の話しを信じて貰わなきゃいけないよな」
「まだ何も分らないんですけど‥‥。心臓にある情報って。それは病院で見たりできないんですか?」
「ダメだ。サキの記憶の中にデータがあるんだ」
「ええ!?サキの記憶?心臓でしょ?」
びっくり展開にシンヤは体を仰け反らす。それを見たアオイは「ちっ」と舌打ちした。
「なら、見てもらおう」
アオイがテーブルにクーラーボックスが置いた。
「これは人間が犯した禁忌さ。いいか?サキはこれに命をかけた。たった一本のgimmick《ギミック》だ」
「gimmick《ギミック》‥‥」
シンヤは唾を飲みクーラーボックスを見た。
フタが開くと、中から冷気が溢れ出す。アオイがそこから取り出してのは『注射器』だった。
妖美に鈍く光り、鉄で作られた容器。その中心は、透明なガラスで囲まれ、赤い液体が見える。
「名前はgimmick《ギミック》。臓器に宿る記憶を呼び起こす薬。サキのレシピエントであるシンヤが心臓から記憶を取り出す勇逸の方法なのよ」
「これ使うの?」
「サキが死ぬ前に私に託したのよ。いい?必要なのは記憶に眠るpasscode。そこに隠されている情報は何千億円のものだと聞くが‥‥」
「お金‥‥それが目当て?」
「違う。サキの心臓を商売に使った奴らを私らは許せないんだ。シンヤ‥‥そのパンドラ
の箱を開けるのはあなたにしか出来ない」
「うそでしょ‥‥。まさかだけど‥‥これ?」
✳︎✳︎✳︎
「ちょっと待って!何してるんですか!」
僕は目隠しをされていた。足を引きずられ運ばれていた。
「あー、京さん。そこでいいです」
知らない声がした。
「じゃー、目隠し外す」
ようやくどこかに立たされ、目隠しが外された。
「普通に歩きますから!離してくださいよ!」
工場内にある溶鉱炉の前。稼働をしていないのに。まるで、溶けた鉄が僕に向かって流れ落ちてきそうな感じがして、なんだか怖くなる。
僕の目の前にはカメラと三脚が立てられていた。その横をウロウロするチェック柄のシャツを着たガタイのいい男がいる。
「あ、どーも。僕はマサキって言います。『実験』ということでビデオ係をやらせてもらいます」
「あなた誰ですか‥‥」
「僕は京さんの後輩です。顔認識に大容量の電源。自動追尾モード。たとえ一週間撮影しても表情に息遣いまでしっかり撮りますからご安心ください」
「いや、僕は了承してないんですけど?」
「さぁ、gimmick《ギミック》の投与を開始する!」
京が叫んだ。待って!投与?しかも何で僕が中心になって話が進んでるの?
「嫌なんですよ。撮られるとかホントに嫌だ!」
「お前は女子か‥‥」
「試されるのとか本当に気分悪くなります」
アオイがため息をつき腕を組むと物凄い冷たい目線で見下ろしてきた。
「‥‥さっさと始めよう」
テーブルに並べられたパソコン。
京がENTERを押すと、シンヤの姿が映る。
「アオイちゃん。OKよ〜」
アオイがクーラーボックスからgimmick《ギミック》を取り出すと、僕を優しく見つめてきた。
「シンヤ?サキに手術時に誰が側に居たか聞いてみて」
「そっそれでいいの?」
「そこに居た人物。そして心臓に埋め込まれたpasscode。それが重要よ」
「何かアドバイスは?」
アオイは僕を見つめ、顔を近づけてきた。
甘い匂い、吐息が分かる距離で今度は耳に息を吹きかけてきた。
「うわ!」
こそばゆく、体が跳ね上がった。顎に指を突き刺してきた。
「いい?アドバイスは‥‥。人の気持ちを考えて‥‥」
「え?」
次の瞬間、首に痛みが走った。
gimmick《ギミック》が入る注射針が皮膚に刺さっていた。
「まだ心の準備が!」
「大丈夫。ちょっと痛いだけだから」
冷たい液体が血管を流れていくのが分かった。同時にチクチクと皮膚に針が刺さるような痛みが全身に走り、「こんなもんかと安堵していた」次の瞬間。
鈍器で殴られた痛みがあり、僕は体を仰け反らせた。
「ぐぁぁぁ!」
心臓がしだいに高鳴る。
動悸が激しくなり呼吸が乱れ始めた。
「何ですか!これっ!苦しい‥‥息が‥‥できなく‥‥」
僕は意識をなくした。
それをみて、皆が息を飲んだ。
「大丈夫かよ?死んでないだろうな?」
「息してないっすよ?どうなって‥‥」
「ふん。大丈夫よ。gimmick《ギミック》が心臓の中に混ざったはず‥‥」
「まだ微かに息がありますよ?ビデオが音を拾えてます」
僕の目の前は暗くなり意識が途切れた。
それはまるで夢を見るよう。
それはまるで現実のよう。
それは人の理りのよう。
幾千の細胞が生まれ壊れ、また生まれていく。暗がりの中、業火に焼かれた魂達が「体をよこせ」と無数の手を伸ばしてくる。
「うぅぅ!やめてくれ‥‥」
逃れようと手を払う。すると一瞬、扉が見えた。
「あ、あれは‥‥」
僕はもがき、無数の手の中を泳ぎながら、光が見える扉に手を差し伸べた。すると辺りは白く光りに包まれていった。
✳︎✳︎✳︎
「カキーン!」
河川敷に金属バッドの音が鳴り響く。
アブラゼミに土手の陽炎。
ジリジリと照りつけてくる太陽。
グラウンドで白球を追いかける野球少年の試合。
一体僕に何が起きたのか‥‥。此処はどこなんだ?土手を降り、グラウンド横のベンチに僕は座った。
「はぁ‥‥記憶?現実?分からない‥‥」
頭を抱えていた。すると‥‥。
「行けー!ヒロキー!」
白いワンピースを着た女の子が横で叫んだ。
長い黒髪。白い肌。凛とした姿をしている。
見覚えがある。彼女はサキだ。
「君は‥‥サキ?」
「負けるなー!頑張れー!ナイスボール!」
どうやら、ピチャーを応援しているようだ。こちらにまるで気がついていない。
「ああー!こら!バッター打つなぁ!」
ツーベースヒットを打たれるとヒロキと呼ばれていたピチャーは肩を抑えうずくまってしまった。
「大丈夫かな?大丈夫‥‥?」
僕はサキを見つめた。僕は君の心臓を貰ったんだ。だから生きているんだ。どうしていいか分からなくなる‥‥。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
どうした?サキの呼吸が急に乱れてきた。胸を押さえている。
「サキ!僕は君の心臓を貰ったんだ!」
「誰?‥‥はぁ、はぁ」
「何か、大事なpasscode!」
「嫌、君は私の記憶に居ない。君はシンヤ‥‥。そんな‥‥」
「僕はアオイから!っっっ!?」
「上手くまだgimmick《ギミック》が安定していない‥‥。シン‥‥ヤ‥‥。堤病院に‥‥」
「待ってくれ!安定?しないとダメなんだね?」
僕の体が消えていく。gimmick《ギミック》が体内から薄れていくのが、分かった。
苦しみや痛みが‥‥胸から消えていく。
「な、何も出来ないじゃないか!」
僕は胸の前で強く拳をにぎった。
倒れ込んだサキ。僕はそれを助けることも出来ず。サキの記憶から消失していったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます