第2話 君が消えた日

「やっぱりさ‥‥久々の街は疲れる‥‥サプリメントに麦茶じゃ、体がもたないか‥‥」

目の前に広がるのは社会の壁。ではなくむしろ、昼飯を食べないで街に出たことにより、ただ単に体が疲れやすい状態。一食をサプリメントで楽に抜いたことを後悔してるくせに、怒りを人混みにぶつけながら少年はブツブツと独り言を放っていた。


陽炎と車列。点滅し青に変わる信号機。交差点を行き交う人々。その中を歩く少年は銀髪に黒縁メガネ。ジーパンに半袖シャツを着ている。群衆の中でもとくに目立つタイプではない彼は、しいて言えば、半年間入院していたせいで独り言が多くなって、半分くらい社会性がない。つまりフリーターであり自由に生きていた。


「うーん、やっぱりスタバに入ろっかな‥‥」

『ダメ!行かないで!』

突然、謎の女の子の声が聞こえてきた。

「え?」

慌てて辺りを見渡したが、何故か少年しかキョロキョロしていない。

『私、生きたい!』

今度は「ドックン」と彼の心臓が高鳴った。


たった一回の瞬きの間に。

望郷。

悲観。

失意。

全てに当てはまるような感覚が彼の感情に攻め立ててくる。透明で白い手が見え、彼を包み込むと、風のように体をすり抜けた。そして一瞬で感情を空へと消していく。


一回、瞬きが終わる。


気がつくと、彼の右目からは涙が溢れ頬を伝っていた。

「え?何これ‥‥」

その時、ハッとした。

「スタバがダメ?ってことか!」

人差し指をスタバの看板に差して‥‥交差点の真ん中で答えを発表する。しかし、誰も『正解です』などと言うはずもなく、むしろ返事が来たのは、肩への痛みだった。

「痛っ!何ブツブツ言いながら交差点で止まってんだよ!」

「え?‥‥今。誰か『ダメ!』って叫びませんでした?」

「はぁ?ちょっと裏まで来いよ!」

見知らぬ男性にぶつかった彼は、そのままビルの裏路地に連れていかれ、お決まりのパターンで財布の中身を強制的に奪われた。

「これしかないです‥‥」

「分かってんじゃねーか。前見て歩けよな!」

まるで厄日だ。一発でふさぎ込む出来事とは、まさにこのことだと思った。

男が立ち去ると、少年は落ちている割れた姿見に映った自分の姿を見つめた。

我ながら細い腕と筋肉がない足。弱っちい姿にげんなりして、言葉を失う。絡まれてもしかたない‥‥と両手を組み、納得するほどだ。


堤シンヤ18歳。彼は半年間もの間、心臓手術で入院していた人であり、晴れて退院した今日。最初のイベントで見事にお金を無くしてしまった。

「とりあえず、交番いくか‥‥」

持ち前の前向きさで気を取り直して、裏路地を出ていくことにした。

明るくなっていくビル影。

その入り口に地面に横たわる人がいるのに気がついた。

「こんな所で酔っ払いが寝てる‥‥。大丈夫ですか?」

声を掛けたが反応がない。あれ?どっかで見たような‥‥。

「あ!さっき絡んで来た男!」

しかも、シンヤが取られた財布がある。

両手をワナワナと震わせながら倒れた男のお腹に乗る自分の財布を手に取った。

よし!取りかえした!誰が用意したのか救済ポイントに「本当にありがと!」っと声を出し、路地裏から脱出をはかった。

走りだしたシンヤ。

しかし今度は、浴衣を来た女の子がシンヤの前に立ち塞がって来た。

「あ!ダメダメ!」

「うわ!なっ!何ですか!」

慌てて立ち止まると、少女が悩ましい表情をしてシンヤの顎に人差し指を当ててきた。ピンクの浴衣にポニテールをした可愛い少女。シンヤは一瞬、見惚れてしまい言葉を無くしてしまった。

「うぅ‥‥何がダメなんですか?」

「うーん。君?童貞でしょ?」

「え?っ‥‥」

突然、可愛い子の口から出た言葉にびっくりした。童貞だからダメ?いきなり何が起きたのか分からない‥‥。思わず体を仰け反らしたが、まだジロジロとこちらを見てくる。

「あれでしょ?お姉さん好きでしょ?」

「まぁ‥‥好き‥‥ですかね」

「やっぱり!しかも童顔だし!」

「くっ。童顔です‥‥」

「でも、優しそうな雰囲気してるじゃん。ふーん」

シンヤは女の子の胸に名札が付いているのを見つけた。どこかの店の定員だろうか?そこにはアオイって名前が書いてある。

シンヤの視線に気づき、アオイは慌てて胸を手で隠し、頬を赤らめた。

「胸見たでしょ!」

「えっ!いやそんなつもりは‥‥」

「まだ発展途上なんだから!」

目がおっきくて、背が150センチくらい。胸の大きさなど気にならないぐらい浴衣が似合う子。シンヤもそこそこ顔を赤くしてアオイを見つめた。

「君、堤シンヤだよね?」

「えっと。どうして名前を?」

「いーい?これからは毎日、人の気持ちを考えて行動するんだよ‥‥」

「え?‥‥」

まるで脈絡のない会話にシンヤは眉間にシワを寄せた。

「あと、男として強くなる薬。君にア・ゲ・ル」

「ありがとうございます!?って何ですか‥‥?男として強くなる薬?」

「お試しだからね。最近私、合気道やっててさ。財布を奪ってるとこ見たから、出てきた男にえいっ!って拳突き出したら当たっちゃった。あ!名前はお財布みたから分かったんだよ?」

浴衣の腕袖から、赤いカプセルの薬とペットボトルの水を渡された。

「ほらほら。飲んで?」

シンヤは仕方なくその場でゴクリと飲んだ。

助けて貰ったし、行為は受けとこう。しかし、何だこれ‥‥すごく苦くて不味い‥‥。

「効き目は抜群だからね?じゃー、またね」

「はいっ‥‥」

『じゃーねー』って、シンヤは手を振りアオイを見送った。

効き目抜群!ってやっぱり、やらしい薬なんじゃないの?疑問符を頭上に浮かべながら‥‥。

「あれ?『またね』ってことは、また会えるのかも‥‥」

そう思ったら胸がギュッとした。シンヤはその鼓動を抑えきれずに。

「よっしゃぁ!」っと道端でガッツポーズをしながら叫んだ。


周辺にいる老若男女問わず。「ワン!」って犬まで。シンヤに冷たい視線を送った。

それに気がつくまで、シンヤは5分間もニヤニヤしていた。


✳︎✳︎✳︎



路地裏の入り口。

着信が鳴りアオイの口がこう言い放った。

「堤シンヤに接触した。では次の作戦にに移行する」

アオイがスマートフォンで撮影したシンヤを見つめた。

それは人を見下す様に、冷たい目線。

暗くどんよりとした瞳がビルの隙間から夕日を見つめ、彼女はチッと舌打ちした。



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