ギミック

@hiroki18

第1話 プロローグ


一年前。


「では、第四号gimmick《ギミック》試験テストを行う。マーク軍曹の心臓を使い、ダヴィンチ・サキ内にて記憶蘇生を起こす」


真っ白な空間。

艶のある鉄製の手術台に横たわる女の子。

6人の医療スタッフがソレを囲む。

白い手術服を身にまとう女性医師がまもなく始まる手術に手を震わせていた。


今、ここで心臓をすり替えなければこの世界は滅びてしまうかもしれない。手術台の四方を囲むカメラ、別室でもスーツを着た十数人が私の手元に集中する。だから?

『この場全員の視線のすきまを探す。誰にも悟られず必ずpasscode制御チップを体内で起動させる』と心に咎める。

そして口を開いた。

「では、メスを。そして液体窒素カプセルからマークの心臓を取り出し、ステロイドを注入して」

女性医師が指示をすると、自動扉が開かれ男の助手が入ってくる。その手には鉄のトレーが持たれ、心臓が運ばれてくる。

「では‥‥心臓の蘇生を」

紫の脂肪色。女性医師が愛したマークの心臓。その固まりに、ステロイド注射が打たれる。

「ウィルス発動まで十二分」

「では心臓をこちらに」

助手がタイマーをかけ、時を刻む。

それを別室で見ている黒いスーツ姿の男たちが騒ついた。その一人が‥‥。

「大丈夫か?まさかここでウィルスが拡散とか勘弁してくれよな」

などと言う。

周りにいる男達は「まさか」と笑う。そこに白衣を着た男性が部屋に入ってきた。

「ご心配なく。一度手術が成功すればあとは陸地でこの子を歩かせるだけですよ」

「ふん。このプロジェクトには何百億が掛かっているんですから心配にもなるさ」

その場にいる皆が再び手術室が映るモニターに注目する。

その時だった。

ブッ!ブブン!

電子音が鳴り響き、一瞬で部屋が停電した。

「何だ?おい!誰か!早く復旧を!」

白衣の男は慌て叫んだ。


暗くなった手術室。

「今だ!」女性は心に叫んだ。

あらかじめ仕組んだ停電。再起動電源装置が起動するまで10秒ともたない。

マークの心臓に触れ、右心房と左心室。その間の肺動脈弁を指先に当てる。指に乗せたわずか5ミリの制御passcodeチップを貼り付けた。『この装置が作動すれば心臓に仕込まれたウィルスは浄化され止まるはず』

彼女は素早く、passcodeチップと肺動脈弁を繋ぐ電子線を弁に刺した。


ブッ!ブブ!

部屋に光が戻る。

「ではアリスにマーク軍曹の心臓を」

「え?ステロイド、注入終わりました。流石ですね先生、この事態にも冷静で」

などと、女の助手が言う。

「失敗は出来ないのよ」

女性はゴクリと唾を飲みながら頷いた。

大丈夫だ。バレていない。

後はサキに心臓を移植するだけだ。

「先生?心臓に、何か糸が」

一瞬、手が止まった。弁に刺した導線が女性医師の手にあたり、心が震える。

「ありがとう」

まずい。このままでは心臓を一度裏に回さなければならない。

制御passcodeチップが見えるギリギリまで心臓を傾けていく。

その時、助手の女は心臓に手を伸ばした。

終わった‥‥。いや、バレたら、この瞬間に全員と差し違えてでも私はウィルスを外に出さない。そして、マークの心臓を取り返す。


ドックン。


ドックン。


一秒が長い。

ゆっくりと伸ばされた助手の手が心臓に触れた。

「これですね。誰かの髪の毛」

助手は心臓についた髪の毛を取り、トレーに捨てた。それを見て女性医師は深くため息をついた。本当に‥‥危なかった。

「では。心臓内のウィルスには異常なし。サキにマーク軍曹の心臓を移植する」


✳︎✳︎✳︎


二日後。

厳重に閉ざされた病室。

それをガラス越しにスーツを着た十数人が集まり見ている。

防護服を着た男性が手を広げ、防護服を着た女性医師を部屋に呼び込んだ。

「見ての通り患者は落ち着いております!ウィルスを入れた心臓手術は成功した!では今からgimmick《ギミック》を投与する!」


女性医師が持つ、鉄でできた注射器。中央部分のガラスからは妖美に光る赤い血が見える。彼女の目にはgimmick《ギミック》がまるで人間を測りにかけているにように見えた。


そして。

防護服を着た女性医師がベッドに寝る女の子の腕にgimmick《ギミック》を打った。

「がはっ!」

女の子はいきなり、吐血した。胸を手で押さえ苦しいと叫んでいる。

全身が血だらけになった女の子が痛みに耐えきれず、唇を自分の歯で切る。

全身が痙攣し、跳ね上がり始めた。

防護服を着た助手が現れ、ベッドにベルトがくくりつけられる。

「大丈夫。正常な反応だ」

防護服を着た男が、身動きが取れない女の子。その姿はすでに目から、耳から、鼻から血を流しているのを見て言う。

女性医師は何が一体正常なのか、分からない。ただこの子に与えた痛みを償うことばかり思っていた。

「ひっ!私は!私は誰なの?この記憶は一体なに!?やめて!」

「落ち着こう。君が見た記憶の名前と出身は?」

防護服の男が女の子に聞くと、さらに怯え、苦しむ表情が曇る。

それを見て、女性医師が女の子の手を取り。目を合わせた。

「白人の彼は、コーヒーが好きで。そうね‥‥フレンチトーストを食べてた?」

すると、女の子はフワリと表情を変えた‥‥。

「その人は、ベルナルド・マーク‥‥ハワイオアフ島‥‥」

しかし、女の子の顔つきは明らかに生気をうしなっている。

スーツの男達はそれを見て拍手を次々と重ねた。すごい!成功だ!と。

「よし!これで各国を必ず支配できる」


また吐血する女の子をみて、女性医師は女の子の手を、強く握った。

防護服を着たまま。女の子を見つめ。

「ごめんね‥‥ごめんね‥‥」

と呟いた。


✳︎✳︎✳︎


gimmick《ギミック》が起こす記憶転移。

亡くなった人の記憶を臓器から取り出すために作られた液体。それを女性医師は作ってしまった。


彼女は亡くなったフィアンセ、マーク軍曹の記憶を臓器から呼び起こし、もう一度会いたいと願った。ただそれだけだった。そのはずだった。


gimmick《ギミック》発動まであと一年。

今、ソレは日本にいる。





〜追憶のレシピエント〜

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