第3話 目を瞑る者たち
南の港町へ向けて城から出陣する。
思ったよりもこの日が来るのが早かったのだがそれはいいとして、立案から出陣までの時間が短かったために兵力が北伐の時とほとんど変わらない。
南西の街の商人とは久しぶりの連絡で心配であったが、手紙とはいえやり取りすることができて準備はそれでも整っていた。
その中で、目標である港町の事を聞いてみたが彼は情報をあまりもっていないようで、参考になる話はほとんど聞けなかった。まあ、南に直進して正面から攻めるのだから気にすることはないだろう。
それよりもだ。彼が重要なのは、補給物資の用意と輸送を任せていたからである。北伐に比べると暖をとるための燃料などは少ないが、移動距離が全く違う。そこで移動にかかる日数を削るため、南進する本体の我々に西方から商人の輸送隊が合流する形で補給を行うことになっていた。これにより、進行ルート上に村などへの立ち寄りを設定する必要もなかった。
商人と約束した場所に到着するが、輸送部隊はいない。
代わりに一人の者がいる。その者は商人の使いで、託されたという手紙を俺に渡してきた。
内容は、取引先との交渉など手続きに時間がかかり、予定より物資を集めるための時間がかかってしまったというものであった。補給を間に合わせるために勝手だが、遠征目的地に近い場所に物資を直接運ばせ、そこで集結させるように手配したというのだ。
商人はあくまでもまとめ役で、軍隊を支える大量の物資の仕入れは一箇所や二箇所の取引先との話し合いで終わるものではない。本来であれば、間に合わないでは済まないなのだが、今回は急な作戦であったし、物資を合流先まで運ばないといけないという厳しい条件でもあった。
ここは、撤退か……。
商人が俺を騙すメリットはない。時間がないから伺いを立てる前に輸送隊へ指示をしたのもわかる。
だが、行った先に本当に物資が用意されているのか不安を覚える。側近の将校も当然その可能性を進言する。
俺は結論を出すのに、あまり時間をかけることはなかった。
“作戦を進める”
これは、もっと先で輸送隊と合流し再編成するということで、商人の案を追認するものであった。
物資が揃うまでここで待機していては、作戦に遅れをきたすのでそれしかない。だがもちろん、無条件で商人を信用したわけではない。
商人の使いに確認して、分かったいくつか核になる輸送隊に騎兵を数名ずつ裂いて派遣し、合流場所まで同行させることにしたのだ。どうせ、この時のために雇われたならず者ぐらいしか輸送隊の護衛はいないだろうからこれで安全性が高まる上に、もし輸送隊そのものが準備されていなければ兵により連絡が入るからだ。
将校たちも納得し、その後派遣した騎馬隊からも問題となる情報は入らなかった。
俺たちは進軍を続ける。
天気がよく広がる青空に、黒煙を見る。
もう分かっていたので、そのまま通常速度で進行する。
商人との合流予定であった開けた場所には、焼け焦げた馬車や物資が散乱していた。
彼は約束を守ったようだが、襲撃されてしまっていたわけだ。周辺には死体もあったが、その中に律儀な商人がいるのかを確認することはなかったし、他の者を葬ることもしなかった。
それは、前に進んでも後に戻っても物資が持たない可能性があるほどきつい状況だったからである。
だがすでに、侵攻予定の港町まで遠くないことは分かっていた。
漁業が盛んなだけでなく海運もできる港という情報が事前にあったので、現地で物資を調達できる見込みが高いと踏んだ俺は、ここは引き返さずに進軍することが合理的な作戦であると考えた。
進軍を再開する。
………………。
俺たちは、いくらもしないうちに立ち尽くした。
この道の先に、あるはずだった。
それは想像ではなく確かにあったはずだ。
だが、目の前に伸びるのは街道と呼べるような道ではなく、白く、細く、砂浜とも呼べない頼りない一筋の砂の道であった。
その一筋の線に沿うよう遠くへ視線を上げていけば、真逆の色である黒の何かが、ポツン、ポツンと、点のようにある。
朽ちた船だ。
前に占領した、漁村で聞いた老人の戯言を思い出す。
「海は大地を飲み込み……人々は次々と落ちていくだろう」
逃げる場所もなく、屈辱を受けた老人のつまらない話だった。
しかし、目の前に続く道はない。その先の町へ行く事はできない。
いや、朽ちた船はその町から流されてきたものだろう。そして痛み具合を考えれば、町はもうないはずだ。
増えていく人口を支えるために、敵を打ち倒し国土を広げ進めていけばいいとしか考えていなかった。
海の方から押し迫っていることなんて想像もつかなかったのだ。
ヒュッ! ヒュッヒュッ!
風を切る音がすると同時に、兵士が数名倒れる。
不意打ちだ!
輸送隊を襲った賊か? いや、補給隊でない我々に攻撃してくるとは考えられない。
振り返ると機械仕掛けの弓に、次弾を装填している兵たちがいる。
それは王の親衛隊であった。
城では親衛隊長だけではなく、部隊の連中を見ることももちろんあった。だから存在も、輝く鎧を装備していることも知ってはいた。
だが、城から出て戦うところは見たことがなかった。そんな彼らは機械式の弓矢を持ち、そして鎧は黒いのだ。
第二段の矢が放たれる。
状況は承知している。
「旋回、奴らは敵だ。体制を立て直して応戦しろ」
隠れるところもなく、後ろから矢を射掛けられれば混乱するのは必須だ。しかも攻撃してきているのが誰だかはみな分かっている。黙ってやられるつもりはなくとも、反撃の糸口などなかった。
何より驚いたのは寡黙な親衛隊長の姿ではなく、王も来ていたことだ。
「王よ! 何故だ!」
第三段の矢を準備する親衛隊の中心で、王は答える。
「お前の提案を拒否できなかったからだ。今までのわしの行いを考えれば、道理を示すことができんからな」
「それで進言した時、考え込んでいたのか?」
「ああ、契約商人の名前を出され、お前を討ち取ることに決めた。やつまで手にかけることになってしまったが、それでもこの事をお前に知られたくなかった。お前は優秀で役に立ったが、その活躍で得た求心力とこの事実が一緒になっては困るのだ」
俺は、王やその取り巻きに騙されていたのか?
よく考えれば、強欲な王が豊かな港町の話を聞いて三年も放置しているわけがなかった。
ここが最初のミスである。
そしてもう無駄なのに悪い癖か、戦術を考えるように自分のミスを洗い出す。
すでに功を焦る立場でもないのに浮かれていたのか? 期待を裏切りたくなかったのか? 情報があるからと知らぬところへ十分な物資もなしに攻め込んでしまうとは。
その愚か者は戦士で、知ってはいけないところまできてしまっていたのだ。
前方にある海とは戦えない。
他に選択があったのだろうか?
装填が終わり発射された矢の雨に為す術がない。
俺は、ついてきてくれた兵士たちと共に倒れながら頭の中に最後の答えを出す。
これで俺はレジェンドとなり、王たちによって引き合いに出され語られることになるだろうと。
英雄と国家の成長 深川 七草 @fukagawa-nanakusa
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