終章 人と生きる感覚知ってる?

相川 椪は俺と同時期に恭子に出会い、そうしてやはり俺と同じように、恭子に惚れた。



「俺だけだよ、俺だけが君を幸せにできるんだ。必ず君を幸せにするよ、恭子」


相川は留置所でずっと、そうつぶやいているらしい。


警察の取調べでわかったのはこれくらい。


俺が入院してからどんどん時間が過ぎて、あんなことがあったのに、記憶もだんだん薄れていった。


見舞いに来る連中も減ってきた頃だ、看護師から一つ話を聞いた。


「そういえば一つ伝言を預かってるの」


「伝言?」


「ええ、君が倒れてるのを見つけて通報した人よ。救急隊員に君に伝えってくれって……伝言を残したらしいわ」


初耳だ。俺を見つけて、救急車を呼んでくれた人は、名前も残さず立ち去ったらしい。

その人が俺に……


「恭子を頼むって。それだけ、なんのことなのかしらね」


「え?」


「君の知り合いなのかな? でも一度もお見舞い来てないわよね」


「その人の特徴、わかりますか?」


「詳しいことはわからないけど、金髪の人だったって……」


「……そうですか、ありがとうございます」

なんだか胸をこみ上げる想いがあった。


ああ、そうか俺はたくさんの人に生かされたんだな。


たくさんの奇跡とたくさんの人のおかげで、俺はいまここにいる。


それはとてもありがたいことで、とても誇らしいことだ。


だから俺はこの生かされた命で、毎日、精一杯生きよう。


それが俺にできることだ。


「あ! 悠人、ちゃんと大人しくしてるー?」

そんなことを考えてると恭子が騒がしい声で、やってきた。


「ちょっと、行きたいところあるんだけど、いい?」


「いいけど……どこ?」

恭子が不思議そうな顔でそう尋ねた。


「屋上」



恭子に車椅子を押してもらって屋上に出る。外は少し肌寒く、冷たい空気が流れていた。


「寒いねー、もう直ぐクリスマスだ」

「まだ先でしょ」


「そうかなー、楽しみだね」

恭子はいつも楽しそうな顔をしている。

俺はやっぱりその顔が大好きで、つまり恭子のことが大好きということで、そんな恭子との時間を大切にしたかった。


「なあ」

「なに?」


「幸せになろう」

口からついそう漏れていた。

「なに言ってるの? 当たり前じゃん。私は悠人と一緒にいれて、いまも、これからも、ずっと幸せだよ」


「ああ、ありがとう」


これから先の人生を、ずっと彼女と生きていきたい。

この笑顔をいつまでも守りたい、改めてそう思う。


この笑顔をいつまでも、俺が隣で……



一緒に幸せになろう。

そうなにかに誓った。


恭子の左手では、薬指にはめられた指輪が淡く光っていた。

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人を殺す感覚知ってる? 湯浅八等星 @yuasa_1224

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