第9話 お前は誰だ?

「……なんだよ、なんでだよ、なんで俺じゃだめなんだよぉ!」

金髪の男が顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくっている。


手には俺が鞄から取り出した手紙が握られていた。

俺が彼に渡したのは、恭子から彼への手紙だった。

俺が恭子の家を飛びしてきた後、追いかけてきた恭子に渡されたものだ。


恭子はずっと前からこの手紙を用意していたらしい。

そこには丁寧な言葉で、彼を気遣いながらも、ハッキリと別れの言葉が書かれていた。


「なあ、なんでお前なんだ? なんで、俺じゃないんだよ」


「……それはわかりません。でも……お願いします。もう恭子とは別れてください」

そう頭をさげる。

これが俺にできる精一杯だった。


俺にはヒーローみたいに、こいつを退治するなんてできない……

だから、せめて彼女のために……


殴ったり、殺したり……、俺にはそんなことできないから、だからせめて彼女のために頭をさげよう。そう思った。


「わかった。もうわかったから、お願いだから帰ってくれ」

男がそう言ってドアを開ける。

後ろ目に見る彼は、どこか寂しそうで、なぜかその姿を俺は忘れてはいけない気がした。



ドアを開けると、真っ暗な部屋の隅で彼女がうずくまっていた。


神崎 恭子。


やっぱり綺麗だ。美しい。

そうして俺は彼女に近づく。

一歩、一歩、一歩……


あと少しだ、あと少しで……


彼女が顔を上げた。

暗闇の中、目があう。


彼女の目が大きく見開かれた。

驚いてるんだな、俺が来たことに。

自然とにやける。

そうか、そんなに嬉しいのか、俺がき——


「やめて! こないで!」


は?

世界がひっくり返ったみたいだった。

怯えた目で彼女はそう叫んだ。

彼女は何を言ってるんだ?


俺が来たんだぞ?

そうか動転してるんだな。


「どうしたんだよ? 大丈夫か? 俺だよ俺、彼氏の顔忘れんなよ」


「何言ってるの! やめて! 近づかないで」

彼女は喚きながら、枕を投げてきた。


全く冗談がきついな。

「いい加減にしろよ? ほら、こっちにきなよ。せっかく彼氏が来たんだからさ」


「ふざけないで! 私の彼氏は……悠人は……あなたが……あなたが刺した……」


は? なんだよ、何言ってんだよ。

やめろ。やめろ、やめろ、やめろ。


「どうして…… どうして悠人を刺したの? ねえ、相川君?」


彼女の頬をつたる涙が、淡く光った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る