第5話 殺人鬼とサラリーマン

「いいねぇ〜 夏! 海! 水着! 最高だ!」

青木の軽さは海に来ても変わらなかった。


俺が恭子と付き合い始めて一ヶ月くらいした頃、青木の提案で俺たちはサークルの一年生で海に来ていた。


「それにしても、悠人もうまくやったよな、ホントずるいよなー。相川もそう思うだろ?」


「はは、でも本当に羨ましいよ。橘くん」


「いつまですんだよその話、なあ?」

「そうだよ、しつこいと嫌われちゃうよ、青木くんさ」


恭子の言葉に青木は思いの外傷ついたようで、ようやく少しだけおとなしくなった。


他のメンバーからの追及もそれとなくかわして、俺たちは海へ飛び込んだ。


それから日が暮れるまで遊んで、本当楽しかったなこの時は。



「それ、仮装ですか? リアルですね、その血」

みんなで行った海のことを思い出して感傷に浸っていたら、突然そう声をかけられた。


誇張抜きに心臓が止まるかと思った。


振り返ると二十代後半くらいのサラリーマン風の男がいた。

なんなんだこの男は? という気持ちを抑えて息を吸う。

「ええ、まあ、似てるでしょ? 殺人鬼がモチーフなんですよ」

精一杯声の調子を整えてそう返した。

「はい、気合い入ってますね」

「そちらは、 仕事帰りですか?」


「いや、実はこれ仮装なんですよ、サラリーマンの。……私、こういうものです」


そう言って渡された名刺には、

四月商事、磯崎。

と書いてあった。


「暇ですね」と思わず本音がもれてしまう。

「あなたこそ、わざわざ血なんかつけたりして、凝ってますよ。それとも……」


「本当に殺人鬼とか?」

空気が凍る。

本当になんなんだこの男は。


「はは、まさか」

「ですよね、実はあなたこそやっぱり本当はサラリーマンなんじゃないですか」

「じゃあ、やっぱりあなたは殺人鬼ですね」

なんて軽い会話を交わしながらも、俺は内心気が気じゃなかった。

一刻も早くこの場を離れたい。

その気持ちだけが脳みそを支配していた。


その願いが叶ったのか、磯崎さんは少しすると「それでは」と立ち去った。


「ハッピーハロウィン」

磯崎さんの残したその言葉が、いやに耳につく。


とにかく俺はこんなことをしてる場合じゃないんだ。

彼女の家ももう近い。

一刻も早く彼女を迎えに行かなくては。

その気持ちはどんどん高まっていった。

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