第5話 殺人鬼とサラリーマン
「いいねぇ〜 夏! 海! 水着! 最高だ!」
青木の軽さは海に来ても変わらなかった。
俺が恭子と付き合い始めて一ヶ月くらいした頃、青木の提案で俺たちはサークルの一年生で海に来ていた。
「それにしても、悠人もうまくやったよな、ホントずるいよなー。相川もそう思うだろ?」
「はは、でも本当に羨ましいよ。橘くん」
「いつまですんだよその話、なあ?」
「そうだよ、しつこいと嫌われちゃうよ、青木くんさ」
恭子の言葉に青木は思いの外傷ついたようで、ようやく少しだけおとなしくなった。
他のメンバーからの追及もそれとなくかわして、俺たちは海へ飛び込んだ。
それから日が暮れるまで遊んで、本当楽しかったなこの時は。
*
「それ、仮装ですか? リアルですね、その血」
みんなで行った海のことを思い出して感傷に浸っていたら、突然そう声をかけられた。
誇張抜きに心臓が止まるかと思った。
振り返ると二十代後半くらいのサラリーマン風の男がいた。
なんなんだこの男は? という気持ちを抑えて息を吸う。
「ええ、まあ、似てるでしょ? 殺人鬼がモチーフなんですよ」
精一杯声の調子を整えてそう返した。
「はい、気合い入ってますね」
「そちらは、 仕事帰りですか?」
「いや、実はこれ仮装なんですよ、サラリーマンの。……私、こういうものです」
そう言って渡された名刺には、
四月商事、磯崎。
と書いてあった。
「暇ですね」と思わず本音がもれてしまう。
「あなたこそ、わざわざ血なんかつけたりして、凝ってますよ。それとも……」
「本当に殺人鬼とか?」
空気が凍る。
本当になんなんだこの男は。
「はは、まさか」
「ですよね、実はあなたこそやっぱり本当はサラリーマンなんじゃないですか」
「じゃあ、やっぱりあなたは殺人鬼ですね」
なんて軽い会話を交わしながらも、俺は内心気が気じゃなかった。
一刻も早くこの場を離れたい。
その気持ちだけが脳みそを支配していた。
その願いが叶ったのか、磯崎さんは少しすると「それでは」と立ち去った。
「ハッピーハロウィン」
磯崎さんの残したその言葉が、いやに耳につく。
とにかく俺はこんなことをしてる場合じゃないんだ。
彼女の家ももう近い。
一刻も早く彼女を迎えに行かなくては。
その気持ちはどんどん高まっていった。
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