第2話
出会ってから三日目の夜。
荒涼とした丘の上。幾億もの星に見下ろされながら、二人は焚き火を向かい合わせに囲った。
「ねぇ。あなたって一体何者なの?」
「唐突になんだ?」
「いや、その、少し気になって……」
少女は少々気まずそうに髪を指にクルクルと巻き付ける。
一緒に旅をすることになったとはいえ、まだまだ関係は浅い。踏み込んでいいものか少女には判断しかねた。
しかし、いい加減このもやもやを晴らしたいと思い、此度に尋ねることにしたのだ。
青年は一つ息を吐くと、呼吸をするが如く淡々と自らの人生を語り始めた。
「そうだな。俺は、貴族の生まれだ。だが家のしきたりやらなんやらがとにかく嫌いだった。外出も禁じられ、半ば監禁状態だった。そんな俺は、よく書物庫に籠り本を読み漁った」
「本……?意外。やんちゃだったわけじゃないんだ」
「好奇心旺盛だったこともまた事実だが、本を読んでいたことが一番多かった。書物は知識の塊であり、浪漫の具現だ。そこには俺の知らない世界があった。歴史。冒険。図鑑。文献。考察書。何でも読み漁った。それに俺は魅了され、引き込まれてしまった。そして、いつしか浪漫は夢へと変わっていった。俺もこんなところへ行ってみたい。奇想天外で破天荒な旅をしたいと。そう思いたった俺は、すぐさま準備を整え親族との縁を切った。反発もあり、いざこざも起きたが、それでも俺は無理やり家を離れた。その瞬間、俺の手元には自由が舞い降りた。そののち、俺はしたいことをし、行きたいところへ赴いた。そうして見ればはや五年。そこでお前と出会ったというわけだ」
「ふーん」
気のない返事だが、少女は真剣に心で話しを聞いていた。
この男の独特な口調の要因に合点がいった。
そんな少女の様子を目にした青年は、軽く口角を上げ尋ね返した。
「そういうお前はどうなんだ?」
「え?わたし?」
「お前以外にいないだろ…………」
少女は自らを指差し、目を白黒させる。
その茫然とした表情に青年は目を細め呆れ返っていた。
少女は誰かに興味を向けられたことがなかったので、自分のことを聞かれているということが素直に脳に認識されなかったのだ。
そんな自分の習性に少女自身も呆れてしまった。
少女は、頭を整理し気を十分に取り直した。
だが、そこで言い淀んでしまう。
自身の過去を語れば、この関係が終わってしまうかもしれない。
その不安が、少女の口をきつく引き結んでいた。しかし、この男にだけは素直でありたいという自分もいた。
少女は意を決して、ナイフを取り出し徐々に言葉を紡いでいった。
「私は、捨て子なの。貧民街で捨てられていた私を、あの男が拾った。そして、私を便利な道具に仕上げた。私は、あんな男のために、何十人もの人を手にかけ、貶めた。そのうち、私は、人を殺しても、何とも思わなくなっちゃったの…………」
少女はうつむき、ナイフを力強く握りしめている。
表情は暗く陰り、夜の闇と同化したようだった。少女の手は小刻みに震えている。
それは、恐怖からだった。
人を殺したという事実に対しての恐怖ではない。命を奪って、何とも思わない自分自身に対してだった。
そして、おそらく自分は見離されるであろう恐怖。見知らぬ人間を助けるほどの善人が、殺人者を許すはずがない。
最悪ここで切り捨てられる。それも、覚悟した。
だが、青年は意外や意外。あっけらかんとした声で言い放った。
「そうか」
「…………え?それだけ?」
少女は顔を上げ、唖然とした表情でまじまじと青年を見つめる。
青年は逆に猜疑心を抱いたようで、首を傾げた。
「それだけだが?」
「あなたは正義感で私を助けたんじゃないの?そんな人間が、人殺しを見逃すの?」
「お前が咎人かどうかは俺のあずかり知らぬこと。お前を助けたのはただの善意だ。そのとき助けたかったから助けた。正義感だなんだというものではない。俺が知っているお前は、素直で心優しいお前だ。もし、それでも自分の行いに悔いがあるのならば、その過去の
青年は清々しい微笑をもらした。
その言葉で驚愕したのち、一縷の涙が頬を伝う。
段々と表情が崩れていき、気づけば滝のような熱涙がナイフに流れ落ちていた。
青年の一言一言が少女の心に染み渡り、枷を外していったのだ。
気を極限まで張り詰め、人生に絶望していた彼女が、ようやく本当の意味で解き放たれた瞬間だった──。
♢
歩み歩んで幾星霜。
二人は多種多様な地へと赴き、目に焼き付けた。
凍る大地。燃え盛りける山脈。どこまでも広がる大海原。
見るもの全てが新しく、新鮮だった。
少女の世界は目にした分だけ広範していく。
今や彼女の目には一点の曇りもなく、温かく透き通った瞳を浮かべていた。
旅と同時に少女は青年より剣術を学んだ。護身のため、そして青年の背中を守れるようにと願い、日々鍛錬を積んだ。
気づけば、青年のスキルを全て盗みあげ、実力で肩を並べていた。
業腹ながら、盗みに関しては天性の才能を持っているようだ。
青年はそれすら、長所だと言ってのけた。
何を習得しようと、この男の寛大さには届かない。
しかし、その事実を少女はちっとも悔やんではいなかった。むしろそんな人間が身近で自分を支えてくれているのだと誇負するほどだ。
毎日が発見の連続で、感動してもしきれないほどの衝撃を受けるのは日常茶飯事となっていた。
あの頃の自分では想像もつかない、幸せな人生を送っている。
ある時、青年は言った。
今まさに、自分達は人生を謳歌しているのだ。生きることは、尊く、時に残酷だ。それでも生きるんだ。例え、何を無くそうとも──
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