第104話 朽ちた生命樹

「さて、俺はこの樹を助けることにした」


 整列した女性陣を前に告げた。


「先日、別の生命樹を助けた時とは違って、中に巣喰ってるやつはただの寄生虫だ。命を囓って呪詛という糞をしてる呪詛蟲だ。なので、見つけて潰してしまえば良いんだ」


 俺はこれから起きるだろうことを簡単に説明した。


 まず、中に巣喰っている呪詛蟲を外へ追い出す。これは俺がやる。

 もちろん、周囲をウルの結界で封鎖してからになる。

 そして、外へ出てきた呪詛蟲をみんなで退治する。


 その間に、俺は朽ちかけの生命樹をほどよく治療する。

 ぼちぼち蘇生しかけたところで、繭になってしまった方の生命樹だったものをくっつける。まず間違いなく、ここで一波乱ある。


「で、暴れるようなら押さえつけて、強引に治療を継続して別れていた生命樹を完全に一つに戻したら、その辺に植える。以上」


 俺は説明を聞いていた女性陣を見回した。端っこに並んでいるカーリーとシーリン以外は平然とした顔で小さく首肯した。


「よし、じゃあやろうか」


「結界を巡らせます」


 狐耳の美人さんが全身から黄金粒を舞わせながら、幾重にも特性が組み合わさった結界を張り巡らせていく。


「総員、戦闘に備えなさい」


 白銀の君が静かに号令し、ジスティリア以下、それぞれが武器を構えた。カーリーとシーリンも訳が分からないまま剣を抜いた。


「出すよぉ~」


 俺は両手を朽ちた樹の幹に押し当てた。特別なことはやらない。ただ、中に潜んでいる蟲達を脅すのだ。てめぇ~ら、ぶっ殺すぞ!・・というやつだ。


 効果は覿面てきめんである。


 それこそ、ノミかシラミかという小さな蟲が染み出るようにして幹の表面に湧きあがり、風船でも膨らむかのような勢いで巨大化しながら、次々と跳んで俺めがけて襲いかかってきた。アップで見ると、蟲というよりヤドカリのようだ。


 即座に、ヨミの両手に握られた二丁の拳銃が恐ろしい勢いで閃光を連射した。

 俺に襲いかかろうとした呪詛蟲はもちろん、まだ外に出たての蟲まで撃ち抜かれて石床に転がって落ちる。ごく単純な作りの生き物なのだろう。頭部や腹部に穴が開いたり、手足がちぎれたりしても動いている。

 そこへ、ジスティリアが、レナンが、そしてラージャが斬りかかる。やや遅れて、ようやく事態が飲み込めた二人の獣人が参戦した。


 甲高い奇声をあげる蟲達が派手に甲皮を割られて体液をまき散らすと、石床の方々で強い刺激臭が立ちのぼった。どうやら強力な毒か酸になっているらしい。


「どんどん出すよぉ~」


 俺は委細構わずに追い出すことに専念していた。

 だいたい、うちのお嫁さん達、毒とか酸とか効かないですし・・。

 日々のボディケアが違うのですよ。


「・・って、ああ、あの二人はヤバイか」


 俺はカーリーとシーリンを見た。蟲との戦いは問題無さそうだが、毒だか酸だかの飛沫を浴びて苦しそうである。


「ん・・召喚、白の妖精蜂フェアリーテイルっ!」


 最近、大活躍の白いスズメバチを召喚すると治療を命じた。

 美女と美少女と巨大ヤドカリと白いスズメバチ・・。静かだった地下の石室は賑やかな騒動に包まれた。


「よし、蟲は全部出たから樹の治療に移るよ。ウル、上の繭を結界でくるんで持って来て。この朽ち木が近くにあるって知られないようにね」


「畏まりました」


 ウルが黄金光を纏ったまま、ふわりと上へ舞い上がっていく。


 俺はすぐさま朽ち木の幹を治療し始めた。



(・・はいはい、分かった分かった・・)


 幹の中で渦巻く怨念が実に五月蠅い。アンコが居なければ燃やして畑に蒔いてやるところだ。


(おまえら、アンコに感謝しとけよ?あいつの願いだから治してやってんだぞ?)


 俺は呪詛蟲の汚物にまみれた朽ち木の内部を慎重に浄化していった。

 外に出た蟲も、今、最後の一匹がレナンの一撃で粉々になったところだ。


「ユート様」


 ウルが繭を浮遊させながら立っていた。


「次、良いかな?」


 俺はヨミに訊いた。


「はい」


 白銀の君が、なんの気負いも無く、静かな面持ちで頷いて見せる。


「じゃあ、この辺に運んでくっつけよう」


 俺はウルに指示して、朽ち木の中程に繭を運んでもらった。


「結界から出します?」


「うん、やってくれ」

 

 俺は眼を閉じて指先に意識を手中した。


 次の瞬間、瞼を通して何かが目の前で動いたようだったが、俺は眼を閉じたまま指先が感じ取った"病"を観察していた。繭が加わったことで、先ほど治癒した部分が再び壊疽えそし始めている。


(さあて・・やれるだけやってみるか)


 さすがに長年に渡って蟲共に食い荒らされただけあって、単純な汚染部位もあれば、それが元で呪い堕ちした部分、変質して違う組織になってしまった部分・・と、実に豊かな種類の病根で溢れかえっている。先ほど治癒をした朽ち木の幹に、繭となって切り離されていた部位が合わさって、怨念渦巻く憎悪の意思がより激しく鮮明に感じられる。

 灼けてただれたような怨念の渦で、生け贄として樹の養分にされ続けてきた"巫女"と称される童女達が泣き叫び、騙されたのだと恨み声をあげ、復讐を口にしながら悶え苦しんでいる。


「まあ、そうカリカリすんなって」


 俺は眼を閉じ俯いたまま小さく笑みを浮かべた。


 周囲では派手な閃光が飛び交い、重々しい衝突音や打撃音が鳴り響いている。

 俺が触れているコレが、俺を狙って暴れているのだろう。

 眼を閉じているから分からないけど・・。

 いや、見たくないし・・。

 グロイ魔物になってたら夢に出そうじゃん?

 うっかり悲鳴でもあげたら、後で何を言われるか分かったもんじゃない。


 いつもなら、治癒力でねじ伏せるように回復させてしまうのだが、


(こいつに治癒は効かないんだよなぁ)


 生命樹だった頃の復元力が反作用を起こしているのか、治癒をしてしまうとより酷い状態になってしまうのだ。そうなると、他の生き物などから命力を注いでなだめなければならない。

 セインカース教団が奴隷の娘を買い集めて、せっせと生け贄にしていたのは、他者の命を喰っている間だけは生命樹の力がわずかに活性化するからだ。どうやったのか知らないが、長い研究の末に、それを発見したのだろう。


(だけどねぇ・・)


 それじゃあ駄目なのだ。


 命を喰わせる前に、憎悪で乱れ濁った意識を整えてやらないといけない。苦しみで呻き泣き叫ぶ怨念を整えてやらないといけない。すべてを調整して、コレの中にある意思総てを同じモノに変えてからやらないと、こいつは満腹にならないのだ。この状態のままでは、どんなに大量の生け贄を与えても数秒で食い散らかして終わりだ。何の効果も残らない。


 別に難しいことじゃない。

 飢えた猛獣の鼻先で布きれをヒラヒラさせて小馬鹿にしてやればいい。

 うん・・俺の得意なやつだ。

 言葉じゃ無く、命力を使って煽るんだ。

 

「・・と言うわけで、結構な魔物に化けるんで後は頼むよ」


 俺は硬く眼を閉じたまま、頼もしいお嫁さん達に声をかけた。

 もうね、触れている手の平が、ぐにゅぐにゅと蠢いていて気味が悪いんだ。とてもじゃないけど、眼なんか開けられんよね?至近距離で見たら気絶しちゃうかもしれんでしょ?


「お任せを」


 いつも通りのヨミの声に、俺は少し気持ちに余裕がでる。


「そんじゃぁ・・」


 俺の両手から、命力が暴風のように噴出していく。眩い命の輝きに満たされて、黴臭かった石室全体が浄化されたように淡く輝き始め、地鳴りのように周囲が揺れだした。


 俺の意識があったのは、そこまでだ。

 こいつ、ちょっと計算外の大喰らいでした。

 ・・・おやすみなさい。



「陛下っ!?」


 ラージャが悲鳴に近い声をあげて駆け寄ろうとする。その襟首をヨミの手が掴んで引き留めた。


「カーリー、シーリン、ユート様をお願い。アンコさん、直衛を任せます!」


 ヨミが指示する。


『アンコ オヤブン マモル ダイジョウブサー』


「ああ、任せろ。こっからは、足引っ張っちまう」


 カーリーとシーリンが息の合った動きで前に出ると、倒れたユートを抱え上げて壁際まで後退した。


 全員が見守る中、触手のように無数のしなる枝を伸ばしていた朽ち木の魔物がしおれるようにして乾いていき、表面を引き裂くようにして内部から人を想わせる手が突き出てきた。


「レナン、ラージャ、前へっ!」


「承知っ!」


「はっ!」


 二人がするすると前に出て剣と楯を構えた。全身から揺らぎ立つように魔素光が噴き上がる。


「ジル、上空待機」


「はいっ!」


 蝙蝠翼を背に、吸血姫が舞い上がった。


御師ウル様、雷耐性を皆に付与してください」


「わかりました。任せなさい」


 ウルが金毛尻尾をゆったりと振りながら光る金粒を舞わせていった。全員の体を魔法の防護膜シェルが覆っていった。


「初撃は私が・・」


 ヨミが右足で石床を蹴りつけた。石が砕けて足首くらいまで埋まる。さらに左足を打ち込むと、両手を宙へ持ち上げるようにして長大な銃を具現化させた。銃身が子供の身長ほどもある長大な銃を、真っ直ぐに構えて狙いをつける。

 

 無数の紫雷が大気中を奔り抜け、ヨミが構えた長大な銃へと集まってくる。

 次第に数を増し、太さを増し、激しくスパーク音を響かせる。銃口に吸い込まれるようにして雷光が集中し、ゆっくりと収束していった。


 朽ち木の表皮を引き裂いて外に出て来たものは、人の腕を体側に無数に生やした蜘蛛のような、ムカデのような化け物だった。幾種類もの色が混じった長い蓬髪の隙間から、無数の目玉が覗き見ていた。


「始めます」


 ヨミの物静かな声が死闘の合図となった。

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