第103話 聖都の闇

 セインカース神殿、その地下にある奥神殿に石棺のような祭壇があり、そこを入り口にしてさらなる地下へと降りる石階段が発見された。


「手の込んだ仕掛けだな」


 俺は奥神殿の内部をきょろきょろ見回しながら祭壇へと歩き寄った。

 祭壇近くで、獅子種のレナン、虎種のカーリー、兎種シーリンが片膝をついて低頭している。


「もう体は大丈夫なのか?」


 俺はカーリーとシーリンを見比べるようにして声をかけた。

 まあ、周囲に散乱した霊鎧だったろう何かを見れば、元気がありあまっているのは分かるが・・。


「はい、おかげさまで・・」


「一度ならず・・命をお救い頂き感謝致します」


 二人が俺を見上げて礼を口にした。


 ヨミを治療した時と同様、身体の組織に固着していた魔瘴を変異させて肉体の一部としてある。もうね、俺の魔瘴治療とか芸術の域に達しちゃってるから・・。


「あそこの猿っぽい人達は?」


 俺は隅の暗がりに縮こまっている黒衣の集団を見回した。獣人というより、純粋に猿に近い姿をしている。猿に服を着せた感じだ。


「皇国で闇妖精ダークエルフが行っている任務を担っていた者達です」


 レナンが答えた。


「ああ・・諜報だっけ? でも、うちの闇妖精ダークエルフさん達、ここに普通に出入りしてたよね?」


 敵側の諜報部隊を入れないようにするのも任務じゃないのか?俺が言うと、獅子種の美人さんが小さく笑みを見せて低頭した。


 どう見てもお猿さん達が怯えてるんですけど?処刑台に居るような顔してるんですけど?俺、まだ何もしてないよ?

 まあ、怖ぁ~いお姉さん方が暴れた後だからかな?


「陛下・・」


 先行して下層へ降りていたラージャが戻って来た。

 見たところ着衣など無事そうである。予想していた罠など無かったらしい。


「お兄様・・」


 ジスティリアがどこからともなく姿を現して俺の前に立った。


「どうした?」


「虜囚・・とは違うのですけれど・・生きたまま動けずにいる者がおります」


 ジスティリアは霞となって神殿の様々な場所へ浸透しながら見て回っていたのだが、こことは別の地下室で奇妙な生き物を見付けたらしい。


「混じっている・・そんな感じの、でも意思が薄くて」


 今は、ウルとヨミがそれの側について見張っているらしい。


「ふうん・・ラージャ、ここの下には何があった?」


「流木みたいな枯れた木が・・こう、立派な容れ物に安置されておりました」


 ラージャが両手を拡げて大きな箱っぽいものを表現している。


「ふむ・・」


 俺は少しの間、考え込んだ。

 ただの枯れ木じゃない。当たり前だ。いや、ただの流木だったりしたら吃驚びっくりですよ。


 特別な木・・俺が知っているのは生命樹くらいだ。

 しかし、箱に入れて安置というのは・・?


「ジル・・ウルとヨミに言って、その・・ちょっと変わった生き物?をここへ連れて来て」


「はい、お兄様」


 返事と共に、ジスティリアがふわっと姿を消した。



「・・なんか、とんでもないね。アンタのところ」


 カーリーがレナンに向かって、そっと囁いている。


「ふふ・・それはそうさ。全世界を統べる御方がお側に置いている方達なんだ。普通じゃないよ」


「はは・・お側にねぇ」


 ちらっとレナンの顔を見て、カーリーが口元を緩めた。


「なんだい?」


「だってさ・・あの獅子種さんが男に仕えてるなんて・・夢にも思わなかったよ」


「恩義・・というだけじゃないね。ふふ・・もうどうしようも無いくらいに惚れちまってんだよ」


「・・ぅわぁ・・レナンが乙女になっちゃってるよ」


「何とでも言いな」


「もう、二人とも・・」


 シーリンが小声でたしなめる。


 そこへ、まずジスティリアが姿を現し、続いて、ヨミとウルが間に白いまゆのような大きな塊を抱える形で転移して現れた。


 

「それが生き物?」


 表面に触れてみると、ざらりと乾いている。


(ふうん・・?)


 俺の指が次々に情報を吸い上げていく。


(可哀相に・・)


 純粋にそう思った。

 それは伐られた生命樹の成れの果てだった。エイジャノタテが護る生命樹が人の姿を模したように、この朽ちた生命樹も人のような姿をとって見せようとしたのだろう。もっとも、これは幻影では無く、肉を得ている生き物だ。


(なるほどな・・)


 ようやく全体が見えてきた。


 誰かは知らないが、童女を容れ物として朽ちかけた生命樹の精神を宿らせようとした結果が、この生きたまま死に続けている繭のような塊なのだった。この仕組みを思い付いて執り行ったのが、神官の身でこの地方の領主となっていた一人の若者だった。

 後に、セインカース教団の前身であるカルダール聖教の高祖となる人物だ。

 

(・・女の子は、奴隷か)


 奴隷商から買い付けた童女を、後に"神下ろし"と称するようになった儀式に使ったらしい。


 その"神"が朽ちた生命樹で、"神下ろし"の結果がまゆのように変じてしまったコレ・・か。


 俺は眉をしかめながら嘆息した。

 これ以上、知る必要は無い。

 さっさと処分しておいた方が良いだろう。

 そう思ったが、念のため専門家に意見を求めてみることにした。


「アンコ?」


『ハイ オヤブン』


 足下の影から、黒い球が浮かび上がってくる。


「俺の知ってる生命樹と違うみたいなんだけど?」


『シンメ ビョウキニナッテ ソノママ ソダッタ』


「・・病気か。ふうん・・呪いみたいな感じか?」


『オヤブン タイジシタ バイキン ニテイル』


「・・ああ、この前のやつか。あれより弱っちぃけどな・・なるほど、上手に隠れてるけど、確かに樹の中に巣喰ってんだな」


 アンコに訊かなければ気付かなかったかもしれない。ごく自然な形で、ほぼ樹の一成分のように擬態したモノが繁殖していた。


(うん・・こいつらは逃げ隠れが上手いだけだな)


 死に際に命力をごっそり持ち去るような悪質さは無い。ただ、ごく少量ずつ命力を吸い続けて、代わりに呪詛のような汚染物を排泄していた。


(魔瘴の・・原型かもな)


 ここまで知ると、もう少し調べてみたくなる。

 俺は繭に両手を当てて、情報を読み取っていった。

 微かに意思のようなものはある。しかし、もう自我と呼べるほどの存在では無く、ぼんやりとした薄いものだった。記憶は残されていたが時系列が入り乱れ、激した感情の棘のようなものが所々を壊している。

 概ね、負の感情だ。


(さてね・・なんだか、死にたがってる感じがするんだけど)


 俺は、ちらっとアンコを見た。

 まあ、なんだ・・俺はこの黒くて丸い奴が悲しむようなことはしたくないんだよ。


「治療・・するか?」


 念のために訊いてみる。


『デモ テキ タスケルト オヤブン コマル』


「敵か・・もう生命樹とは戦いたくないんだけどなぁ」


『アンコ ガマンスル テキ タスケナイ』


「・・う~ん、そう?じゃあ、焼いちゃう?」


『ヤクノハ カワイソウ』


「どっかに埋める?」


『ジメンガ ビョウキニナル』


「そうなると、まず病気を治療しないと駄目じゃん?」


『コマッタ アンコ アタマワルイ』


「いや、おまえは頭良い方だぞ?エイジャノタテとか酷いからな・・」


 黒い球をぽんぽんと叩きつつ、俺はまゆをじっと見つめた。

 繭と朽ち木に別けて保存されていた生命樹だったモノ・・。


(あまり知りたくないけど・・・ここの連中がこいつで何をしていたのか見ておくか)


 どうせ吐き気がするような用途なのだと思うけど・・。

 俺は、できるだけ触れないようにしていた記録を吸い出してみた。


(・・・ああ、吐きそう。これ、きっついわぁ)


 なんとなく想像はできていたんだが・・。

 権力者の欲望が行き着く先は、まあ似たり寄ったりか。


「不老不死の実験に使ってたんだってさ」


 静かに見守っている女性陣にあらましを説明した。



 呪詛を植え付けられて伐られた生命樹・・。


 若い領主に献上された枯れない流木・・。


 まだ自我を残していた生命樹がもたらした数々の知識・・。


 次第に自我を失って朽ちていく生命樹・・。


 延命のための方法の研鑽・・。


 実験で大量に死亡した捕虜や奴隷・・。



「で、何代か領主が代替わりする間に、生命樹そのものを延命するって目的がどっかへ消えて、領主自身を延命する方法を研究するようになって・・・その過程で、化け物やら病気の素やら作れるようになったと」


 人間の欲というのは怖い物だ。

 色欲くらいにとどめておけば良いものを・・。


『オヤブン ヤッパリ ヤイタホウガイイ』


「そう?」


『ソノ セイメイジュ シニタイトオモッテル』


 アンコが殊勝げなことを口にする。でも、本当は助けたいんでしょ?分かっていますとも。子分の願いを叶えてやるのも、親分の器量ってやつさ。


「ふむ・・ちょっと、こいつ見てて」


 俺はウル達に繭を預けて、ラージャが待っている地下の石室へと降りて行った。

 繭の方は自我が消え去っているが、もしかしたら朽ちた樹そのものに残っているんじゃないか?・・そう思ったんだ。


「お手伝いします?」


 ジスティリアが声をかけてくる。


「ん・・そうなるかもね」


 俺はちらと笑顔を見せつつ、祭壇のような安置場に向かって近づいた。広々とした石室だった。ちょっとした練兵場くらいの広さがある。安置場は、ちょうど中央部くらいか。

 なかなかの巨木だった。鮮やかな切り口で輪切りにされていて、根に当たる部分は無い。


(長さは・・10メートルくらいか)


 太さは、輪切りにされた部分で直径3メートル近い。

 砂状に崩れて台座に積もっているが、まだしっかりとした幹が残されている。

 触れてみて、すぐに俺は気がついた。

 激しい負の感情が渦巻いていたが、この朽ち木の幹には、しっかりとした自我が生き残っている。


(分かりやすくて良いね)


 俺はわずかに目尻を下げた。


 怨念めいた激情に埋もれるようにして、なんとか生き延びようとする強い意識がある。


(バイ菌君達も元気そうだ)


 俺は、上から覗き見ている女性陣を振り仰ぐと笑顔で手招きした。

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